【21-06】「量子情報科学」学科の新設 国が必要とする分野に若者を起用
2021年08月12日 呉長鋒(科技日報記者)
画像提供:視覚中国
中国の経済、社会が発展するにつれて、国家戦略や科学技術イノベーション、社会発展などのニーズを満たすために、高等教育機関の学科の構造も最適化と調整が続いている。中国教育部は今年、普通高等学校学部学科目録を更新し、9類37学科が新設された。
2021年の中国大学統一入学試験(通称「高考」)が終わり、現在、受験生と保護者たちは、大学で何を専攻するかに頭を悩ませていることだろう。教育部は今年初め、「2020年度普通高等学校学部学科の申請と審査結果」(教育部关于公布2020年度普通高等学校本科专业备案和审批结果的通知)を発表し、中国科学技術大学は、5つの学科を新設することが認可された。その一つに、「量子情報科学」がある。
「非常にハイレベル」なイメージのある「量子情報科学」学科とはどのような学科なのだろう? 学部生の段階で、このような学科を開設することは、背伸びし、先走り過ぎていることにならないのだろうか?
量子物理学と情報学を組み合わせた学際的学科
5月24日、清華大学の量子情報クラスが正式に立ち上げられ、コンピューターサイエンス分野のノーベル賞として知られる「チューリング賞」の受賞者である姚期智院士が首席教授を務め、第一陣として20人の学生の募集行われる計画だ。
姚院士は、学科設置セレモニーで、「量子情報テクノロジーの発展が新しい段階に突入し、国家戦略の需要にしても、科学研究産業の発展にしても、先回りして布石を打ち、布陣を整える必要が出てきた。また、長い目で見ると、量子テクノロジーの分野において、破壊的で、オリジナリティなブレイクスルーを実現するための核心となるのが、学際的人材の育成だ」との見方を示した。
中国科学院量子情報重点実験室の副主任を務め、中国科学技術大学・半導体量子ドット量子チップ研究リーダーである郭国平教授は、筆者の取材に対して、「量子情報学科は、単一の学科の分野より、さらに幅広い基礎知識を必要とし、複数の学科の融合に依存している。育成スタイルやカリキュラム設置は、他の学科と明らかに異なっている。そのため、体系化、専門化した育成が必要だ。中国科学技術大学は1990年代には、大学院生を対象にした量子光学、量子情報導論などの選択科目を開設し、その後も、学部生を対象にした関連の選択科目を開設した」と説明した。
郭教授は、「実際には、中国科学技術大学の修士課程や博士課程で学ぶ大学院生のカリキュラムや科学研究において、こうした学科は早くから存在していた。今回、一歩踏み込んで学科名称が統一され学部教育に盛り込まれたのは、タイムリーで非常に意義深い」と語る。
そして、「量子情報科学は、量子物理学と情報学が融合した学際的学科で、今回新設された学科は、物理学系に属する。量子情報科学と技術の主な方向性は、量子テレポーテーション、量子コンピューター、量子測定の3つ。量子テレポーテーションとは情報の発信、量子コンピューターとは情報の処理、量子測定とは情報の収集となる」と説明する。
また、「量子力学と伝統的な情報学の融合は、少しずつ変遷し、互いに促進し合う非常に長いスパンの過程でもある。例えば、量子テレポーテーションは、伝統的な通信の補助を必要としている。また、例えば、量子コンピューターはアルゴリズムを含む伝統的な情報処理を改良しなければならないものの、その本質はやはり伝統的な通信の範疇だ」とする。
この他、「『第14次五カ年計画(2021‐25年)』計画網要準備室の量子情報分野関連の任務を実現するためには、十分な規模の優秀な青年人材チームの下支えが必要になる。学部段階の人材育成を通して、量子情報学科の融合を促進することで、中国の量子テクノロジーの分野の系統的な布石打ちのために、イノベーションのスペシャリストを確保することが可能になる」と指摘する。
量子教育は各国の今後の競争分野
郭教授は、「基礎を広くし、融合を進め、科学研究の実践、理論と実験の結合を重視するというのが、量子情報科学学科の主な育成の特徴。中国は、量子情報科学分野における研究を世界の歩調と合わせ、多くの面で世界においてフロントランナーとなり、中国の量子情報科学の発展のために強固な実験的基礎を築いている。中国科学技術大学のほか、山西大学や中国科学院物理研究所なども、量子情報科学の大学院カリキュラムを開設している。また、中国国内の多くの高等教育機関が、類似の選択科目を開設している」と説明する。
また、「量子情報科学学科の新設は、これまで情報学院やコンピューター学院、物理学院、ソフトウェア学院など、さまざまな学院に分散していたカリキュラムを一つにして、磨きをかけ、融合したと言えるだろう。教育という観点から見ると、これは応用基礎学科で、応用と産業の発展を目標と牽引にしており、単なる基礎学科ではない」とする。
そして、「中国国外の多くの量子技術関連の大企業が量子情報カリキュラムを開設している。量子コンピューター関連の大企業も初期の市場に参入し、ユーザーの使用習慣を養うところから始め、かなり前から一連の量子コンピューター教育カリキュラムを打ち出している。例えば、IBMは昨年、量子コンピューターの夏季実習を募集した」と説明する。
米国では2018年に「国家量子イニシアティブ法」が可決され、量子情報科学の学科発展や人材育成をサポートしている。そして、2019年には、量子情報科学をめぐるK-12教育(幼稚園から高校までの教育)イニシアティブ計画を発表した。欧州連合(EU)は「量子宣言」において、量子情報技術人材的の育成の計画を策定している。グーグルやIBM、インテル、マイクロソフト、ハネウェル、アマゾン、そして、中国の阿里巴巴(アリババ)、騰訊(テンセント)、百度、華為(ファーウェイ)といった超大手テクノロジー企業も量子実験室を設立している。
郭教授は、「学部の段階に開設された量子情報科学学科は牽引の役割を果たし、今後は、一学科から、一つの学部、ひいては学院の設立へと発展する可能性がある。それが、今後の発展の方向性だ。学部の段階は、基礎を築き、方向性を定めるに過ぎない。本当にその分野の仕事に従事したいと考えているなら、修士課程でさらに深く研究する必要がある」とする。
そして、「例えば、量子コンピューターの研究開発は、非常に大きな系統的プロジェクトに属し、多くの基礎産業やプロジェクトにより各パートが実現するため、非常に多くの学際的人材を必要とする。極めて複雑で、先進的な分野であるため、量子コンピューターに精通する学科人材は、世界的に非常に貴重な資源となる。現時点で、高等教育機関や企業だけでなく、政府も、量子コンピューターを発展させるうえで、人材がボトルネックになっていることに気付くようになっている。そのため、量子情報科学学部学科を新設するというのは本当にタイムリーで、本当に必要なこと。国が量子テクノロジー産業を重視していることも反映している。まさに国が必要とする分野に若者を起用する取り組みと言えるだろう」との見方を示す。
産業の牽引と融合をさらに重視する必要あり
郭教授は、「この学科の中心となるカリキュラムは、もちろん、量子情報の最先端カリキュラムを含んでいる。例えば、量子情報実験、量子テレポーテーションとパスワード、量子コンピューター科学などだ。学部の段階で基礎を築かなければならず、まず、情報学、量子力学、量子情報導論などの基礎カリキュラムをきちんと学ばなければならない。そして、線型代数学などの数学という基礎ツールをマスターしなければならない」と指摘する。
そして、「国はテクノロジーの発展のための布石を打つことに着目し、学部の段階で量子情報科学学科を開設した。人材の育成という観点から見ると、学科による牽引が始まると、大学院生の募集基数も大きくなる。そして、各層の人材が大きく補充・育成される。パイロットを募集する場合、中学生や高校生の中から選抜すれば、プロフェッショナルなパイロットを育成できる可能性も大きくなるのと同じだ」と説明する。
また、「量子情報科学学科の人材を育成するためには、産業の牽引や融合をもっと重視しなければならない。例えば、金融学院の学生に量子情報学科のカリキュラムを選択科目として選んでもらえれば、量子コンピューターを金融の分野で活用できる人材になる。世界を見ると、IBMやグーグルなどは、早くから、各種高等教育機関と連携して量子情報を含む人材を育成してきた」と述べた。
IBMやグーグルのノウハウを参考にして、合肥本源量子計算科技有限責任公司(本源量子)などの中国の一部の量子関連の企業はすでに2,000分以上の時間のオンラインカリキュラムを製作しているほか、専門の量子コンピューター、量子プログラミング教材なども刊行している。郭教授は、「中国が世界と比べて、最も大きな差が生じているのは、産業に融合させる要素に注目できていない点だ。新設の量子情報科学学科は融合発展、学科共同建設の道を歩み、量子技術に従事する企業が参加するようにしなければならない。量子情報は全く新しいもので、産業の最先端に立たなければ、何が最も有用か、方向性はどこに向かうのか、どんなスキルを磨かなければならないかを知ることはできない」と指摘する。
その他、「新設の学科であるため、運営方針、カリキュラム設置、育成の方向性などの面で、新たな模索をしてみるのもいいだろう。新設学科は中国国内の量子関連のリーディングカンパニーと共同で、融合、共同建設を模索したり、ひいては『双導師制(学内と学外の指導教授2人から指導を受ける制度)』を導入したりして、産業界との交流を強化しなければならない」との見方を示す。
習近平総書記は、「中国の量子テクノロジー発展の成功の経験を系統的に総括し、国外の有益なノウハウを参考にし、量子テクノロジー発展の大勢を一歩踏み込んで分析して見極め、中国の量子テクノロジー発展の糸口と突破口を正しく見定め、基礎研究、最先端技術、エンジニアリング技術の研究開発を統一的に計画し、量子テレポーテーションなどの戦略的新興産業を育て、国際的な量子テクノロジーをめぐる競争において優位性を確保し、発展の新たな優位性を構築しなければならない」と強調している。その点について郭教授は、「量子テクノロジーを国民経済の主戦場の各分野に浸透させることこそが、国際的な量子テクノロジーをめぐる競争において優位性を確保するために本質的に必要なことだ」との見方を示した。
※本稿は、科技日報「本科設"量子信息科学"専業 国之所需,少年所行」(2021年7月5日付6面)を科技日報の許諾を得て日本語訳/転載したものである。