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【19-05】「地名は財産」と認識した中国の知財戦略

2019年6月26日

生越由美

生越 由美(おごせ ゆみ):
東京理科大学経営学研究科技術経営専攻(MOT)教授

略歴

1982年 東京理科大学 薬学部卒業後、特許庁入庁。
2003年 政策研究大学院大学助教授を経て、2005年より東京理科大学教授。
2002~04年 信州大学大学院非常勤講師(兼任)、2007年~ 情報セキュリティ大学院大学客員教授(兼任)、2008~2014年 放送大学非常勤講師(兼任)。
2018年より現職。
伝統&先端技術、地域ブランド、農業&バイオ医療の知財戦略を研究。
知的財産戦略本部コンテンツ・日本ブランド専門調査会委員などを務めた。現在、各省庁の委員会委員などを務めている。

地名は財産

 中国では1990年代から「地名は財産」という認識が国民に広まった。これはなぜか。1993年2月22日の第1回商標法改正で「地理的表示商標」が導入されたためである。このように法律の制定は国民の認識を大きく変える。この認識の変化を日本人は「日本地名の先取商標」という形で気がついたのは2003年頃、10年遅れの出来事だった。

 2003年6月、中国商標局に中国現地企業が「青森」を商標出願していたという事実が判明した。「青森」という商標が中国企業に取得されれば、りんご、帆立、イカなどの輸出に大いに影響する。このため、青森県側が異議申し立てを行った。合わせて、三村青森県知事が外務省に働きかけ、支援を要請した。

写真1 弘前市のりんごの木、平内町のほたて広場、八戸市のイカ刺し(青森県観光情報サイト―アプティネット―より)

 青森が中国で周知な地名であることを証明するため、中国語の新聞などのメディアで青森が記載されている資料をたくさん集めて提出するなどの反論を試みた。この結果、2007年12月29日に中国商標局は異議申立を認めた。しかし異議決定書には明確な理由は書かれておらず、結論だけであった。その直後、「青ミャオ(水が3個並んでいる漢字)とリンゴのマーク」の商標が中国企業により出願された。青森県と関係者は引き続き、対応に追われた。

 また、2003年当時、青森以外の日本の地名も既に商標登録されていることが判明した。(表1)日本中で大きなニュースとなった。

表1 2003年当時に中国で商標出願された事例
青森(青森) 防水服、染料、肉、花、果物、野菜など
美濃(岐阜) セーター、靴下、歯磨粉、のり、木耳など
博多(福岡) 米、計算機、旅館・ホテルなど
加賀(石川) 櫛、電気櫛、化粧用具、刷毛、乾燥機など
宇治(京都) コーヒー飲料、茶、茶飲料
近江(滋賀) 肉、ハム、食用動物の骨髄、肉の缶詰等
桐生(群馬) 被服
播州(兵庫) 各種酒、巻タバコ、緑茶、紅茶、烏龍茶等
越前(福井) 調味料、ラー油、胡椒
土佐(高知) 刀、はさみ、かみそり、農業器具
佐賀(佐賀) 野菜、苗木

 2016年8月には、中国・北京市の企業が、青森のローマ字である「AOMORI」の商標を出願した。事前審査を経て2017年10月に公告された。中国の商標法では異議申立期間は3カ月である。2017年11月下旬に公告公報を発見した農林水産省が青森県に連絡した。青森県は2018年1月5日付で関係7団体と連名で中国商標局に異議を申し立てた。このように、青森県側は何度も何度も対応に追われ続けている。いつまで続くのか。

写真2 青森県は中国における商標問題に真正面から取り組む(写真提供:青森県)

外国の地名は商標登録できるか

 外国の地名を表示する文字を商標として中国で登録できる理由は、中国の商標法第10条である。この条文には「公衆に知られている外国地名は、商標とすることができない。」との規定から、中国で公衆に知られていない外国の地名は商標登録できることになっている。

 ところで、2003年の異議申立では、「青森」という地名が「中国において周知である」との証拠が提出された結果、中国商標局は商標登録を認めない判断をしたと思われる。しかし2016年の「AOMORI」の出願では事前審査が通過している。漢字とローマ字では審査基準が異なるのかどうかも未だ不明である。

 日本の地名が中国で商標を先取される事態を避けるにはどうすれば良いか。最大の防御方法は、先に商標を日本側が取得することである。費用がかかるので検討中の自治体や組合も多い。

 では、商標を出願又は取得していない場合はどうすればよいのか。まずは、定期的に中国の商標の公報をチェックすることが必要である。自分の地域の地名商標を見つけたら異議申立期間に手続を行い、登録前に阻止することが重要だ。商標の登録後であれば、「取消審判」を請求する必要がある。これらの争いに勝つための証拠を収集することがまず必要である。

 その地名が中国の公衆に知られていることを証明する資料として、地名が記載された新聞などの資料などが必要である。または、その地名が有名であることを知りながら第三者が商標登録出願したことを示す証拠を提出する必要がある。

日本の地名の無断使用の現状

 現在、農林水産省の海外知的財産保護・監視委託事業の「農林水産知的財産保護コンソーシアム(http://www.maff.go.jp/j/kanbo/tizai/brand/b_conso/)」において「商標監視調査」が行われている。この事業を農林水産省から委託を受けている「株式会社マークアイ(http://mark-i.info/)」の報告によると、さまざまな地域の地名などが商品に使用されている。全てが商標登録されているわけではないが、日本の地名や商品の人気度は相変わらず高いようである。

写真3 商標監視調査を統括する農林水産省

 例えば、昨年度、上海でスーパーマーケットなどを調査した結果、一番使用されていたのは「江戸/エド/EDO」だった。これは韓国の菓子メーカーが使用しているためと分析させている。2番目が「秋田小町」、3番目が「北海道」と続く。その他、「喜多方」、「尾張」、「越前」なども使用されている。

 「商標監視調査」により中国で商標登録されているものをみると、アルファベット表記、ピンイン表記、漢字表記などで異なるが、調査対象となった北海道、沖縄などの多くの自治体の地名が商標検索でヒットした。具体的な調査方法は、調査を希望する地名を対象に、①当該地名と同一又は類似の商標登録出願が行われていないかを監視するウォッチング調査、②出願公告中の商標及び過去に出願又は登録された商標に、当該地名と同一又は類似の商標が無いかを調査するスクリーニング調査を行っている。その後、この調査結果を踏まえて、漢字表記で地名が使用されている登録商標について、自治体が異議申立を行うなどの対策を取る場合もある。

外国出願費用の半額補助

 自治体や地域の組合が中国企業・中国人よりも先に商標出願することが重要である。しかし海外への出願には多額の費用がかかるため躊躇している自治体や組合も多い。現在では、さまざまな支援制度が設けられている。

 令和元年度の「外国出願費用の助成(中小企業等外国出願支援事業:(https://www.jetro.go.jp/services/ip_service_overseas_appli.html)」が日本貿易振興機構(ジェトロ)のホームページに掲載された。応募受付期間は、2019年6月24日(月曜)~7月29日(月曜)17時00分であるので注意されたい。

 補助内容は、ジェトロや都道府県中小企業支援センターを通じて、中小企業等に対し、外国出願に要する費用の1/2の助成制度がある。対象となる経費は、外国特許庁への出願手数料(直接出願費用、マドプロ出願費用)、国内代理人・現地代理人費用、翻訳費用などである。

 補助率は1/2であり、上限額は1企業あたり300万円、1案件あたり商標は60万円、冒認対策商標は30万円である。冒認出願とは、悪意の第三者による先取出願のことである。

 また、海外企業に自社の商標を先取出願された場合の「冒認商標無効」や「取消係争支援」など訴訟の支援もある。補助率は2/3で、上限額は500万円である。(公募は2019年10月31日:予算内で随時採択)

 是非、ホームページで支援対象や支援要件を確認されたい。もちろん、特許や意匠などの外国出願も助成されるので早めにジェトロや特許庁のサイト(https://www.jpo.go.jp/support/chusho/shien_gaikokusyutugan.html)を御覧いただければと思う。

地理的表示保護制度

 地名を守る手段は商標以外にはないのか。「地理的表示(GI)保護制度(http://www.maff.go.jp/j/shokusan/gi_act/)」が考えられる。国によって制度は異なるが、日本でも2015年6月から施行されている。

 日本では、地域で長年育まれた特別な生産方法と結びついた高い品質・評価といった特性を有している農林水産物、食品等をその名称や品質、生産の方法等とともに国に登録し、その名称を知的財産として保護する制度である。正式な法律の名称は「特定農林水産物等の名称の保護に関する法律(平成26年法律第84号)。以下「GI法」という。」である。2019年6月14日時点で、登録申請の数は200産品を超えており、81産品が登録されている(http://www.maff.go.jp/j/shokusan/gi_act/register/index.html)。

 GIが付与された産品はGIマークを包装などに表示することができる。(図1)GIマークは、登録された産品の地理的表示と併せて付すもので、産品の確立した特性と地域との結び付きが見られる真正な地理的表示産品であることを証するものである。このマークを不正に使用した場合は、地理的表示法の規定に基づき、罰則が科される。

図1 地理的表示及びGIマーク(大きな日輪を背負った富士山と水面をモチーフに、日本国旗の日輪の色である赤や伝統・格式を感じる金色を使用し、日本らしさを表現している。)

 2018年7月に署名された日EU・経済連携協定(EPA)では、GIの相互保護を行うことに合意された。協定の発効と同時に日本のGI48産品、EUのGI71産品が相互に保護されることとなった。現在、タイやベトナムとも相互認証が検討されている。このように相互条約が締結されれば、国内のみの保護ではなく、外国での保護も可能となる。このため、多くの国が相互条約の模索をしている。

写真4 日EU・経済連携協定の文書署名(外務省HPより)

 現在、中国はEUのGIに10産品登録している。これは相互条約に基づくものではなかったので、中国がEUに出願した結果である。EU側も中国のGIにフランス35件、イタリア19件など数十産品を登録している。

 2017年の中国の会議資料によると、中国のGIは現在3,000件を越え、海外からのGI登録は87件という。(アメリカ14件、タイ5件、日本0件)。日本からの出願が期待されるところである。

 しかし、日本から中国、中国から日本へとそれぞれの組合が出願するのは大変な労力であろう。中国との間に相互認証する条約の成立が期待されていると考える。

今後の課題

 日本の地名の保護には「商標制度」の活用は不可欠である。これに加えて、相互認証がEUと実現した「地理的表示保護制度」の戦略的な活用も重要であろう。

 2017年に中国は「一帯一路」においても「地理的表示保護制度」の活用を発表した。日本は中国とのGIの相互認証など、攻めの戦略の構築が必要だと考える。次回は、「一帯一路と地理的表示保護制度」を述べたいと思う。

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