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【19-04】米中知財戦争と日本の対応(下)

2019年5月27日

荒井寿光氏

荒井 寿光:
知財評論家、元内閣官房知財推進事務局長

略歴

通商産業省入省、ハーバード大学大学院修了、特許庁長官、通商産業審議官、経済産業省顧問、独立行政法人日本貿易保険理事長、知的財産国家戦略フォーラム代表、内閣官房知的財産戦略推進事務局長、東京中小企業投資育成株式会社代表取締役社長、世界知的所有権機関(WIPO)政策委員、東京理科大学客員教授などを歴任。 現在、公益財団法人中曽根平和研究所副理事長、知財評論家。著書に「知的財産立国を目指して - 「2010年」へのアプローチ」、「知財立国への道」、「世界知財戦略―日本と世界の知財リーダーが描くロードマップ」(WIPO事務局長と共著)、「知財立国が危ない」(日本経済新聞出版社)など多数。

 前回 は中国の政策をもとにした知財、科学技術、経済、軍事などについて検証を行った。今回は米国を急追する中国の動きを見ながら、日本はどうしたらいいのか。知財戦略をもう一度練り直し、科学技術研究と産業技術力のさらなる発展へ結びつけるシナリオを描くことを試みたい。

1 米中関係は対決か協調か?

(1)米中閣僚協議が決裂

 知財を巡り生じた米中の対決は長期化の様相を見せている。

 5月9日、10日、ワシントンで開かれた閣僚級の米中貿易交渉はまとまらず、トランプ大統領は10日から、2018年9月に導入した第3弾の制裁関税(中国からの日用品など2,000億ドル分の輸入が対象)の税率を10%から25%に引き上げて、制裁を強化した。さらに13日、第4弾の制裁関税として中国からの輸入全て(従来制裁の対象になっていない3,000億ドル分)に拡大することとし、その案を発表した。

 これに対抗するため、中国は13日、2018年9月に導入した米国からの輸入600億ドルに対する第3弾の報復関税に関し、6月から関税率を最大25%まで引き上げることを発表した。

 5月17日になると、米国は次世代通信システム5Gにおいて世界をリードしている中国企業ファーウェイと米国企業との取引を実質禁止した。

(2)米中の覇権争い

 トランプ大統領は、「アメリカを再び偉大にする」と宣言し、中国に強い姿勢で臨んでいる。米国議会では、トランプ大統領以上の「中国タカ派」と呼ばれる対中強硬論が超党派で勢いを増している。

 一方の中国は、2049年の建国100年を目標に「中華民族の偉大な復興」を目指しており、この原則は変えない方針だ。

 米中は世界のトップ争い、覇権争いをしているが、国家の基本理念が米国は自由と人権尊重、民主主義であり、中国は「社会主義現代化強国」という共産党の一党独裁であり、根本的に違う。このため、双方とも簡単には譲らない。

(3)今後の展開予想

 今後の展開は予断を許さないが、理論的には次の2つがある。

第1シナリオ 米中対決 

 米中は短期的には妥協しても、中長期的には覇権争いを続け、知財のみならず貿易、投資などの分野でデカップリング(分離)されていく。米国を中心とした経済圏と中国を中心とした経済圏に分かれ、かつての米ソ(米国とソ連)冷戦構造を思い出させる「米中新冷戦」に入って行く。

 中国は一帯一路戦略により、米国支配の世界経済から中国の影響力のある地域を切り離そうという「中国流のデカップリング」を既に始めているとも言える。

中国と一帯一路の協力協定を結んだ国は130国にのぼる模様。

第2シナリオ 米中協調

 米中が覇権争いをするより、win-winの関係を築いた方が双方の利益になると判断をして米中協調路線に戻る。個別のテーマでは必ずしも協調できないものが出てくるだろうが、全体的には協調路線が進んで経済のボーダーレス化が拡大し世界経済の発展につながって行く。

2 日本の対応

(1)日本のディレンマ

① リスクを抱える安全保障分野

 中国は年々軍事力を増強している。空母を就航させ、戦闘機の近代化を進め、宇宙軍、サイバー軍に力を入れている。

 これに対し、米国の軍事力が中国の脅威を抑止すると受け止められている。

しかしその一方で、中国と協調することによって、日本にとって中国の軍事脅威を下げる可能性があるとの考えもある。

2012年に就役した中国初の空母「遼寧」

② 経済技術面ではどちらの国がチャンスか

 2018年の日本の輸出相手国として米国は15.5兆円、中国は15.9兆円でありほぼ拮抗している。

 当面、中国の経済成長率は米国より高く推移し、毎年のGDPの増加分(毎年生まれる新たな市場)は中国の方が大きい。大まかな試算をしてみると、米国の成長率を2.5%とした場合、(GDP20兆ドル×2.5%)は、5,000億ドルになる。一方、中国の成長率を6.2%とした場合、(GDP13兆ドル×6.2%)は8,000億ドルになる。中国は中堅層以下の消費力の拡大を重点政策にしており、より豊かな生活基盤に向かうことは間違いなく、様々な工業製品の市場拡大が広がっていくだろう。(GDPは2018年の数字、成長率はIMFの2019年の成長予想)

 日本企業は、早くから中国に進出して企業活動を展開しており、歴史的にも関係が深くかかわってきた民族同士という親和性もあるので、米国よりビジネスチャンスが大きいと見られている。

 現在の技術力では米国の方が中国より上にあると言えるが、中国は研究力、技術開発力で急速に力を付けてきており、米国を追い越そうとする勢いがある。

(2)理論的な選択肢

第1 米国に協調する路線

 安全保障を全面的に米国に依存しているため、米国との協調が必須であるとの考え。科学技術の研究・実用化や知的財産分野では、戦後長い間、日本は米国に頼って発展してきた。日本の高度経済成長は、米国の支援や協力なくしてはできなかったことであり、米国への協調路線は簡単には変更することはできないだろうとの見方。

第2 中国に協調する路線

 アジアの近い民族で歴史的にも関係が深く、人の行き来が最も多く中国と密接に協調する時代になったという考え。企業活動だけでなく、中国からの留学生や就業者らとの交流も密接である。

 考え方や価値観で日中には隔たりが見られることもあるが、これをうまく乗り越える知恵を出し合えば十分に協調できるとの見方。

第3 米中と等距離を保つ中立路線

 米中と等距離を保ちながら、政治的や軍事的な問題からなるべく遠ざかり是々非々で協調する路線の選択。科学技術、知的財産などのテーマは、絶対的な価値観が世界で標準化されているので等距離協調も実現不可能ではないとの見方ができる。

 ただ米国が中国封じ込め、デカップリング政策を採って日本に協調を求めてきたときには悩ましい状況になる。逆に中国から米国との関係を見直すことを要求されると同じ問題が生ずる。

3 日本の技術安全保障の危機

1)"技術敗戦"

 2018年12月ファーウェイの副会長がカナダで逮捕された。米国は安全保障上のリスクがあるとして日本を含む同盟国に中国のファーウェイやZTEを通信システムから排除するよう要請した。日本政府は国名や企業名を出していないが、通信システムの安全保障リスクを低減するよう関連企業に要請した。

これを受けソフトバンクは、自社ネットワークの通信基地局を中国のファーウェイから北欧のエリクソンやノキアに切替えると報道されている。

 転換先が日本企業でないことに驚いた。かつて日本企業は世界トップの通信技術を誇っていたが、次世代通信「5G」に単独で対応できる通信機器やスマートフォンメーカーがなくなっている。半導体メーカーもディスプレイメーカーもAI(人工知能)に必要なソフトウエア企業も国際競争に負けている。パソコンも純粋の日本メーカーはほとんどない。

 残念ながらデジタル革命時代に必要な先端技術で日本の国際競争力は低下してしまった。技術敗戦の状態だ。

(2)技術安全保障論

"技術なくして日本の安全保障なし"

 技術がなければ強い経済も防衛力も持つことが出来ず、安全保障は確保できない。外国に技術を依存している国は、相手国から技術提供を止められると、石油の禁輸と同じように、経済は成り立たない。国の安全保障のためには自主技術が必要だ。

 米中といかなる関係を持つにしても、日本は自主技術を持っていなければならない。自主的に開発した強い技術力を持っていなければ、米中はもとより海外との連携・協力関係は難しくなり、安全保障は確保できなくなる。

 日本は先端技術で米中に遅れており、今の状態が続けば、技術水準が米中に引き離され、米中に協調するどころか従属することになってしまう。

 技術安全保障の危機だ。

4 新時代の知財・技術戦略の策定

(1)自主技術を「作る・活かす・守る」

 知財の権利は、それに先行する技術開発がなければできない。いま日本は、知財戦略よりも先行する技術開発で後れを取ってきたという現実の方が問題だ。いまこそ自主技術開発体制を立て直すべきだ。自主技術を「作る・活かす・守る」を推進するためにはどうするべきか。

 この20年間の日本の技術開発の停滞を代表的な2つの知財データから検証してみた。

(2)米国特許商標庁の出願動向にみる日本企業の沈滞

 あらゆる技術開発で世界を先導してきた米国で、世界の企業が特許を出願・取得することは先端技術開発で優位になっているという証拠にされてきた。米国特許商標庁(USPTO)が毎年発表している出願統計は、世界中の企業が注目し、技術開発の優劣を占う一種の指標とされてきた。

 知財戦略を一緒に研究している馬場錬成氏がまとめた1985年から最近30年間のUSPTOの出願数の推移をみると、日本企業の停滞が顕著であり代わって韓国が台頭していることが分かる。

 さらにトップ10の国別企業数を調べてみると別表のようになる。

 産業構造が激変したこの30年間の推移をみると、米国はIBMがトップを維持し、産業構造の変革に合わせるように米国企業が入れ替わりながらトップ10でも存在感を出している。

 その反対が日本企業である。ランキングに出てくる企業はいわば常連の電機産業企業であり、産業変革に対応した新顔は出てきていない。2005年を見るとサムスン電子がすでに6位に出てきており、2017年には2位になり韓国から3つの企業がトップ10に入った。

 米国の企業も従来から存在感のある企業がでているが、いずれもクラウド時代を先取りした技術革新に切り込んでいることが分かる。まだ、中国企業の存在感はないが、間もなく中国企業が顔を出すようになることは間違いない。中国の特許出願動向は、世界の技術開発の伸長と平行しているからである。

(3)PCT出願に見る10年間の推移

 もう一つ企業の技術開発と知財戦略の動向を見るのは、特許協力条約(PCT)による国際特許出願数のランキングである。世界知的所有権機関(WIPO)統計からトップ15の2006年と2016年の推移を比較してみると、中国企業が躍進していることが分かる。2006年にトップ15に入っていた中国企業は、13位のファーウェイだけだった。それが2016年には、ZTEなど3社がランキングに顔出しをしている。これに対し日本企業は、どちらも4社が顔を出しているが、出願件数を見ると他社に比べて相対的に減ってきていることが分かる。

2016年、国際特許出願数ランキングで8位となったBOE(京東方科技集団)。液晶・有機ELディスプレイデイバイス、医療、車載・移動体などの表示機器の開発・販売を主要事業とする。

(4)日本が復活するための方策

 この傾向で推移すると日本はアジアで中国、韓国の次に位置する工業国家になり、かつてアジアの技術開発の雁行の先頭を飛んでいた日本は、存在感がなくなっていくだろう。そのためにどうするか。技術開発を見ながら知財面からの試案を提示してみた。

<作る>

① 個人発明家の成功時のプライズ(賞金)を大きくして、日本人の創造心を目覚めさせる。日本人は古来から創造的な考えができる民族として評価されてきた。

 たとえば中国から持ち込まれた漢方医学は、日本で独自に進化をはじめ、江戸時代の漢方医学は中国を超えていたと評価されている。

 明治維新以降も西欧で発明され実用化されていたものをいち早く日本に持ちこむと、模倣しながらも独自の技術を開拓してキャッチアップに役立てた。特に戦艦、空母、戦闘機など軍事技術では、またたく間に追いつき追い越そうというレベルに達し、誤った道に踏み込まなければ、日本は先端技術国家として繁栄できた可能性もあった。

 戦後はゼロから再出発しながら主として米国から技術導入をし、製造業で優れたものを安く大量に生産する独自のシステムを作り上げ、経済大国へと復活した。こうした歴史を再認識し、日本人の創意工夫を生かす戦略に取り組むべきだ。

② 企業は、守りの経営から攻めの経営に切替え、デジタル革命に対応した技術革新を実現する。それをしなければ、国際競争に生き残れない。

③ 大学は教育研究の国際競争に参入し、学生の資質を高める教育インフラを強化し、独自の研究成果を実用化へ役立てるシステムをつくりあげ、社会に役立つ大学を目指すことが大事だ。

 国の研究予算を増やすことは必要だが、国に頼るだけでは限界がある。大村智先生は、「研究を経営する」という考えで自分で米国の製薬企業から研究資金を集め、その研究成果がノーベル賞につながった。大村先生は「金がないから何もできなという人間は、金があっても何もできない人間である。」という同じ山梨県出身の実業家・小林一三さんの言葉を良く引用される。

ノーベル生理学・医学賞を受賞した大村智博士

<活かす>

 明治以来、企業の創業者が日本の産業を先導した。そういう創業者がデジタル革命時代に出てこないのは寂しい。ベンチャーを振興するためには、創造性を活かす社会システムが必要だ。世界で初めてという技術開発や発明が出てきても、それを評価して活かす精神風土も企業システムも不足している。

 日本発の国際的なベンチャーの誕生を目指すにはどうすればいいのか。米国や中国の制度ややり方を単に導入するのではなく、日本の社会システムにあった独自のやり方や制度を構築する必要がある。

<守る>

 21世紀に入ってから日本は、知財立国を目指して司法、行政の知財制度を再構成し、産学連携を活性化する政策に切り替えたはずだ。当時はその取り組みを「知財バブル」と語って冷ややかに見ていた人たちがいた。旧来からの居心地のいい位置に満足していた保守的な階層であり、不幸にしてその人たちの思惑通りに日本は停滞している。

 知財の保護制度はすでに中国にも抜かれ、知財侵害の損害賠償額も米中よりも低くなり、発展途上国モデルの知財を守らない国になってきた。知財の保護を米中並みにするべきだ。

 刑事面でも、営業秘密の流出防止やサイバーセキュリティ対策のため取締まりを強化し、そのため情報機関との協力体制を作る必要がある。行政面では、ビッグデータなどの独禁当局の取締を強化することも迫られている。


(2019年5月24日現在の情報による)

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