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【13-008】跳槽 (ティアオツァオ)―転職と大学生 ことばからみる中国社会(その2)

2013年10月25日

河崎みゆき

河崎みゆき:上海交通大学日本語学科日本語教師、
応用言語学(文学)博士

略歴

國學院大學文学部大学院修士、華中科技大学中文系応用言語学博士学位取得
1989年、千葉県社会福祉協議会中国帰国者センターで日本語を教える。2005年2月より華中科技大学日本語学科で8年半日本語を教え、現在、上海交通大学日本語学科日本語教師。専門は日本語教育および中国社会言語学。

その1よりつづき)

 大学生の就職先が国家によって分配される時代ではなくなり、社会全体で職業選択の自由が保障されるに至り、転職は中国社会で容認される行為になっている。

 中国の論文有料ダウンロードサイト「中国知網(CNKI)」の全文キーワード検索に「大学生 離職」と入力すると6780件の論文がヒットし、俗語的な「大学生 跳槽」で検索しても53件がヒットした(2013年10月5日現在)。本来学術用語ではないが、普通に使われ、中国の研究者たちさえ使用することばとなったというわけである。

 中国の高等教育の調査研究を行って定評のある麦可思データ(MyCOS<My China Occupational System> Data)の2011年の大学生の就業調査(59.6万人へのサンプリング調査で回答率43%)によれば、大卒で約38%、高等職業学院・高等専門で48%が半年以内に離職するとあり、就職後3年の2007,2008年卒業生の追跡調査では大卒の平均61%が、高等職業学院卒では79%が離職しているという。そして短期間に辞めていく大卒をメディアが「跳早族(ティアオザオズー)」と呼んでいる。

 そこで、実際、華中科技大学日本語学科2006年卒業の学生に尋ねたところ、クラス19名の卒業生のうち、いまだに同じ会社に勤めている人はたった1人だそうだ。2007年卒は追跡できなかったが、2008年卒28人は、分っているだけで9名が転職、2009年では18人中11人、2010年卒業生も27人中11人がすでに転職をしている。また、この年から、大学院進学者もぐっと増え(7名)たため、最近就職したばかりの学生もいる。

 日本語学科卒業生の3年後の跳槽率は特に異常な状況であるのではなく、かなり一般的な大卒の離職率を反映していると言える。

 先述のMyCOSの調査によれば、離職の原因は割合の大きい順から次のとおりである。

  1. 個人の発展の機会が不十分(30%)
  2. 給料・福利厚生への不満(21%)
  3. 職業、業種を変えたい(17%)
  4. その他(12%)
  5. 企業の管理制度や企業文化に馴染めない(8%)
  6. 仕事上の要求とストレスが大きい(5%)
  7. 就業上の安心感がない(4%)
  8. 進学準備のため(3%)

 我々日本人にとって、もっとも驚かされるのは、そうした数の多さもさることながら、冒頭に書いた大企業を簡単に辞めてしまうという事実であろう。

 企業名とクロスさせることは差し控えるが、学生たちから聞いた理由は、Aさん「挑戦性がないから」、Bさん「親の希望の公務員になるため」(実際、公務員試験に合格して、辞めた)、Cさん「仕事がつまらない」、Dさん「仕事に疲れた。親元で暮らしたい」、Eさん「10年後も同じ仕事をしていると思うと、自分がもっとやりたいことをしたいと思った」、Fさん「彼氏の故郷にある企業なので務めたが、彼氏と別れたので、沿海地区へ変わった」。

 また、Gさんは卒業後、北京大学の大学院に進んだため、給料は他の大学卒の2倍だった。それは会社が超優秀大学・大学院卒を引きとめるための優遇策であったが、それでもあっさりと1年前後で辞めてアメリカ留学へと旅立った。

 Aさんは所謂「跳槽(ジョブホッピング)」によって、広州の自動車会社、上海の損保、武漢の損保と移るたびに、給料が倍になっている。

 転職をした卒業生たちの声を聞けば、MyCOS調査が挙げる1-8の理由が日本語学科の学生にすべて当てはまると考えられるが、恋人や親との関係はMyCOS調査では表面には上がっていない。親の希望で公務員を目指す学生も多いし、当初上海、深セン、広州など大都会の沿海地域へ出て、しばらくしてやはり親元でと、出身地に戻ってくる学生もいる。中国の「孝」の思想は、一人っ子ということもあって日本より強く、親子の双方でそれを望む例も多いと感じる。また一方で公務員の転職率は低いとされている。

 広州市(郝登峰、卓晓岚2007)や江西省景徳鎮市(程淑辉2007)、北京市(呉氷2009)等の実証調査よれば、転職の意識は男女、学歴、専門、業種、就業年数や仕事への満足感、帰属感の有無によっても異なる。他にも会社の前途や、人間関係、上司の能力などもこれらの研究で項目に挙げられている。広州市の調査によれば、女性の平均転職期間は13.02カ月で、男性より0.8カ月早い。

 華中科技大学の学生たちの動きから、一流大学卒者の離職を防止するための対策を考えるならば、次の5つが挙げられよう。

  1. 配置転換の希望が出せるなどの、会社制度上の工夫。日本語学科と言え、ことに男性は通訳だけを一生の仕事とはしたがらない学生が多い。
  2. 目に見える形での昇給、昇進制度。若いうちから家(マンション)を買い、自動車を所有していることが最低条件となる彼らの結婚にとって、よい給料はやはり大きな魅力となる。目に見えた昇給制度の提示も一定の効果が見込めるのではないだろうか。
  3. 業種、職種のマッチングが適正かどうかも慎重にすべきである。勤めてから自分に合っていない、つまらないと思い、辞める学生もいるため、お互いの確認も必要だろう。
  4. 親元への回帰を見込んで、最初から地元または周辺地区出身かどうかを考慮にいれることも対策となるだろう。事実、現在教鞭をとる、上海交通大学では、上海という地元への就職が多く、他の地域の大学生より、転職が少ないようだ。
  5. 消極的対策となるが、辞められることを見越した方策を考えておく。以前、同じ武漢にある名門・武漢大学の日本語学科卒業生が、就職後1年もたたないうちに辞めるというのでなぜかと尋ねると、戻ってきた返事は「同じ仕事をずっとするのは、馬鹿のやることですよ」であった。

 優秀な学生たちのこうした意識が背景にあれば、転職は必至であるとみたほうが賢明かもしれない。また、そうした自信のある学生は、やはり「次」を見つけていく。武漢大学法学部から東京大学で修士、六本木ヒルズの法律事務所に勤務し、中国弁護士として働き、筆者は日本人学生でもなかなか入れない場所だろうと思ってみていたが、2年で辞職し、今はニューヨーク市立大学で学んでいる。一層の高みを目指して、世界的な「跳槽」を狙うグローバル人材のひとりだ。

写真

華中科技大学西運動場

 さまざまな例をみてきて、これをくい止めることは、社会経済や構造的な変化、国による法制化、親の強い意見、そして人と比較して考える今の中国的価値観が変化していくまで、難しいのではないかと感じる。

 日本語学科卒業生に限るなら、中国の日系企業での日本語人材はすでに飽和状態になり日系企業の他のアジア地区への転出に伴い、日系への就職が難しくなりつつあるともきく。そのため需要と供給のバランスが崩れれば変わってくることも考えられるが、高効率でコミュニケーション能力の高い人材を必要とするのは日系企業だけとは限らないし、学生自身も日系企業だけを視野に入れているわけではない。

 全体的な景気は影響するはずだが、多くは英語や副専攻をも生かして、道を切り開いていき、しばらくはこうした状況が続くのではないだろうか。

 しかし、北京の日系企業に関する意識調査(18歳から46歳以上130人の職員を対象)(吴冰2009)では、転職を考えている人は4分の1に留まっている。MyCOSの中国全体の調査結果と比べるとかなり低い割合だ。男女でもほぼ差がなく、日系企業の育児休暇制度に満足しているという女性の意見も載っている。

 武漢で日系企業の方々にある調査でお世話になったが、日系企業では会社内のマナーを含め、「郷に入りては郷に従え」という考え方が予想以上に多かった。また、ある卒業生の会社では、現地化を進め、日本人職員の数を減らして中国人職員を幹部に登用しているという。

 跳槽は大卒だけの特徴ではなく、中国全体を覆う風潮でもある。日系企業の経営者、採用担当の方には、どうか会社に忠誠を尽くさないよう見える若い彼らを取り巻く中国の状況をご理解していただいた上で、優秀な人材の獲得をお考えいただけたらと思う。(おわり)

参考文献およびサイト(言及順):

  1. 華中科技大学(Science Portal China)
  2. 中国科教評価網(中国科学評価研究センター)
  3. 中国青年志愿者注册管理办法(試行)》颁布
  4. 关于印发《中国注册志愿者管理办法》的通知 中国共青团网 2006/11/8
  5. 麦可思データ公司(MyCOS<My China Occupational System >Data
  6. 程淑辉. 大学毕业生频繁跳槽的成因及其治理[J]. 江西科技师范学院学报第5期, 2007
  7. 江沈红. 大学生就业跳槽现状及对策研究[J]. 学校党建与思想教育总第454期, 2013
  8. 郝登峰、卓晓岚「广州市大中专毕业生跳槽问题的实证研究」[J]. 中国青年研究, 2010,(1)
  9. 耿俊华. 日企人才离职多[J]. 人力资源, 2006(2)
  10. 吴冰.北京日资企业中国员工不稳定因素分析[D]. 中央民族大学修士論文, 2009