【13-007】跳槽 (ティアオツァオ)―転職と大学生 ことばからみる中国社会(その1)
2013年10月22日
河崎みゆき:上海交通大学日本語学科日本語教師、
応用言語学(文学)博士
略歴
國學院大學文学部大学院修士、華中科技大学中文系応用言語学博士学位取得
1989年、千葉県社会福祉協議会中国帰国者センターで日本語を教える。2005年2月より華中科技大学日本語学科で8年半日本語を教え、現在、上海交通大学日本語学科日本語教師。専門は日本語教育および中国社会言語学。
跳槽(ティアオツァオ)とは、家畜がつぎつぎと別の桶の餌を食べること、つまりくら替え、転職を意味する中国語だ。
トヨタ、ホンダ、日立、シャープ、全日空、三井住友海上火災、三菱東京UFJ銀行、新日鉄、日本IBM、マイクロソフト...日本人がこれらの企業名をきけば、名だたる大企業で、常に日本の大学生の就職希望先ランキングの上位に名を連ねる企業であると思うだろう。だが、これらは、筆者が8年半の間に教えた湖北省武漢市の華中科技大学日本語学科の卒業生が入社して3年以内に辞めた会社である。
華中科技大学は中国教育部直属の全国重点大学で、2000年に華中理工大学、同済医科大学、武漢城市建設学院が合併してできた大学であり、中国ランキングでも第8位(中国科学評価研究センター2013年)にランクされる華中地域屈指の名門校である。
理工系を母体とし、機械工学、光学工学、電気工学、生物医学工学等の国家重点学科があり名称から理系の大学と思われがちであるが、現在は経済学、法学、教育学、文学等の文系学部をも擁する総合大学であり、学生数は、学部生数3万2863人、修士生1万6493人、博士生6282人、留学生数1629人(2012年)となっている。
筆者は、2005年2月から2013年6月末まで同大学外国語学部日本語学科で教鞭をとり、院生を含めて約300人余を、また副専攻(第二専攻)の学生を含めれば500人ほどを教えてきた。1学年1クラスで、平均25人であった。が、2011年など東北大震災の起こった年などは、9月の新入生は17人程度と、日中関係などの影響も関係して毎年ばらつきがあった。
れっきとした総合大学の外国語学部日本語学科であるが、筆者が着任した当初は、花形の理系志望で入試成績が足りずに日本語学科へ分配された学生たちが多く、希望して入ったかどうかを尋ねて、手を挙げた学生が2-3名しかおらず、驚愕したことを覚えている。理系志望の男子学生たちの日本語学習へのモチベーションは低く、また周りからの圧力(日本への反感)も関係して、半年後に試験を受けて転学していく学生も毎年3-4名ほどいた。しかし残りの学生たちは、日本語や日本文化に関する先生方の熱心な指導により、日本語や日本への愛着を高め、かつ本来優秀で勉強家の人たちであるため、3年生の冬で約80%が日本語能力一級試験に合格し、4年の卒業までにはほぼ全員が1級と英語4級(日本の英検2級程度)、または英語6級(日本の英検1級程度)に合格し、かつ副専攻で、経済、金融、法律、情報工学といった学位をとり卒業していく。全寮制の4年間の生活のほとんどを勉強に費やし、朝6-7時からの朝の朗読、8時から18時(冬は5時半)までの授業、夜の選択科目や、教室での「自習」は夜の11時まで続く。
華中科技大学の食堂の様子
華中科技大学のマスコット「熊の博士」と博士学位証書
2006年12月に「中国登録ボランティア管理法《中国注册志愿者管理办法》」が施行され、大学の単位の中にボランティアの時間が設けられ、国家も学習以外の体験的な活動を奨励するようになり、かつ経済発展に伴いアルバイトや旅行をする学生も増えて、勉強一色だった生活にさまざまな変化も現れてきた。また所謂「90後(90年代生まれ)」になってくると日本のアニメや文化が好きだという日本語学習希望者が多く入学するようになってきた。
このような数々の変化を目の当たりにしてきたが、私自身、上記の有名企業をあっさり辞めてしまう学生たちの行動には当初、驚きを隠せなかった。しかし、これが中国の現代の若者の姿であるということを受け入れざるを得なくなったことも事実である。
次稿では大卒の「跳槽 ―転職」問題がなぜ起きるのか、対策はあるのかということについて、関連研究と筆者の周りの学生への聞き取りからまとめてみたい。(その2へつづく)
参考文献およびサイト(言及順):
- 華中科技大学(Science Portal China)
- 中国科教評価網(中国科学評価研究センター)
- 《中国青年志愿者注册管理办法(試行)》颁布
- 关于印发《中国注册志愿者管理办法》的通知 中国共青团网 2006/11/8
- 麦可思データ公司(MyCOS<My China Occupational System >Data)
- 程淑辉. 大学毕业生频繁跳槽的成因及其治理[J]. 江西科技师范学院学报第5期, 2007
- 江沈红. 大学生就业跳槽现状及对策研究[J]. 学校党建与思想教育总第454期, 2013
- 郝登峰、卓晓岚「广州市大中专毕业生跳槽问题的实证研究」[J]. 中国青年研究, 2010,(1)
- 耿俊华. 日企人才离职多[J]. 人力资源, 2006(2)
- 吴冰.北京日资企业中国员工不稳定因素分析[D]. 中央民族大学修士論文, 2009