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【21-03】コロナ禍の爪痕、中国経済はプラス成長実現も心配される「後遺症」

2021年04月28日

柯 隆

柯 隆:東京財団政策研究所 主席研究員

略歴

1963年 中国南京市生まれ、1988年来日
1994年 名古屋大学大学院経済学修士
1994年 長銀総合研究所国際調査部研究員
1998年 富士通総研経済研究所主任研究員
2005年 同上席主任研究員
2007年 同主席研究員
2018年 東京財団政策研究所主席研究員、富士通総研経済研究所客員研究員

プロフィール詳細

 新型コロナウイルスの感染が確認されてから1年以上経過したが、その猛威は依然として収まっていない。とくに、先進国はウイルスの感染抑制と経済活動の維持という二兎を同時に追っているため、コロナ禍の影響が長期化してしまっている。日本はその典型といえる。それに対して、中国は最初にウイルスの感染が発生したとき、その初動こそ遅れ、パンデミック(感染爆発)になってしまったが、その後、思い切った都市封鎖など徹底したウイルスの感染抑制策が実施された。それが功を奏して、世界主要国のなかで中国はいち早く経済活動が回復し、2020年の実質経済成長率は前年比2.3%に達した。2021年第1四半期の経済成長率は前年同期比18.3%と大きく伸びた。

 むろん、中国経済はプラス成長を実現したとはいえ、まったく無傷ではない。米中貿易摩擦とコロナ禍により外需が弱くなり、下請けの輸出製造業がダウンサイズしている。また、サービス産業はコロナ禍によりリストラを余儀なくされている。その結果、雇用が難しくなっている。このままいくと、雇用難は必ずや社会不安をもたらすことになる。

 これまでの40年間を振り返れば、中国経済は奇跡ともいえる高成長を成し遂げた。それは毎年のように繰り広げられていた「階級闘争」、すなわち権力闘争をトーンダウンさせ、政府活動の中心を経済建設にシフトさせたからである。それに、毛沢東時代の鎖国政策に終止符が打たれ、徐々に市場を外国企業に開放して、外国企業の直接投資を積極的に誘致したことも経済成長に大きく寄与した。総括すれば、中国経済の市場化とグローバル化は奇跡的な成長につながったということである。

 一方、コロナ禍が中国経済に残した爪痕の一つは政府が経済活動の回復を急ぐあまり、必要以上に市場に関与した結果、市場メカニズムが弱められたことである。とくに、ここ数年、中国経済のけん引役となっているアリババなどの民営企業は独占禁止法に触れるとしてペナルティを科されている。中国国家市場監督管理総局はアリババに対して、182億2800万元(約3050億円)の罰金を科した。しかし、明白な事実として、中国では、市場を独占しているのは民営企業ではなく、中国石油や中国電信などの巨大国有企業集団である。中国政府の経済政策が国有企業に明らかに傾いている。長い間、専門家に指摘されている「国進民退」は現実的なものになっている。

 そのうえ、米中貿易摩擦はコロナ禍と相まって、中国企業の海外展開が著しく阻まれている。とくに、中国企業が海外で取り組む研究・開発などが実質的にできなくなっている。また、先進国の企業から半導体部品などの調達が難しくなっている。さらに、中国企業は海底光ケーブルの敷設ビジネスなどのインフラプロジェクトも受注ができなくなっている。大きくいえば、中国経済とグローバル経済のディカップリング(分断)がハイテク技術を中心にすでに始まっている。

 ここで重要なのはこれらの問題について、コロナ禍の影響による一時的なものか、それとも長期にわたって影響が残る構造的なものかを明らかにすることである。失業問題を例にあげれば、コロナ禍により経済活動が停滞して失業率が上昇するのは一時的現象の可能性が高いが、部品供給網(サプライチェーン)が再編され、中国の産業構造そのものに変化が生じれば、雇用が戻るには時間がかかる。

 世界主要国の政策当局はコロナ禍による個人消費の低迷を心配して、相次いで大型の生活保障を実施している。同時に、各国の中央銀行はさらなる量的緩和を行っている。その結果、実体経済の企業の業績改善が遅れている割に、株価が先行して急上昇している。株価は景気のバロメーターとよくいわれるが、目下の景気は株価を後追いして改善していけるのだろうか。

 世界主要国の主なシンクタンクによる中国経済に関する研究を総括すれば、概ね二つの重要な指摘がある。一つは中国の経済規模が急拡大し、予想以上に早くもアメリカを追い抜いて世界ナンバーワンの国になるとの指摘である。そのなかで、もっとも注目されている研究結果は、早ければ2028年にも中国の名目GDPはアメリカを追い抜く可能性があるといわれている。こうした主張の延長線上にあるのは、中国の海洋戦略や拡張戦略を材料に中国脅威論である。

 もう一つの指摘は中国のリスクに関するものである。要するに、中国政府はコロナウイルスの感染抑制に成功したが、世界経済のトレンドをみても、中国経済はこれまでと同じようには成長していけない。とくに、米中貿易摩擦は全面対決に発展しており、中国のハイテク技術の発展が阻まれると予想される。しかし、中国のさらなる発展を警戒するのはアメリカだけでなく、その同盟国のほとんどが中国の発展を警戒している。いわば、中国包囲網ができつつあるということである。

 問題をさらに深刻化させているのは中国がその深刻さを十分に認識しておらず、国際社会との協調姿勢をみせていないということである。中国を批判する国に対して、中国政府は容赦なく経済制裁を下している。これは「戦狼」外交と揶揄されている。

 上で述べたように、中国の経済成長は市場化とグローバル化のおかげである。アリババのような民営企業の発展が挫折すれば、中国国内経済は大きく押し下げられる。国際社会との協調姿勢を見せなければ、グローバル経済にアクセスすることが難しくなる。中国にとって残されている道があるとすれば、かつて毛沢東時代に推進された自力更生しかない。しかし、中国経済が自力更生に逆戻りすれば、奇跡的な成長どころか、大きく減速することになる。要するに、今の中国では自力更生の道は袋小路となりうる。

 総括すれば、コロナウイルスの感染抑制に成功した中国は大胆な「改革・開放」を推進すべきである。国内において国有企業を優遇する政策を取りやめ、より公平な市場を構築し、市場メカニズムが機能する枠組みを創り出す必要がある。同時に、国際社会との協調性を高め、国際ルールに則って持続的な経済成長を目指すべきである。