【24-04】GPLv2ライセンスを自力で中国語訳した裁判官、盗用認めない判決下す
2024年05月13日
高須 正和: 株式会社スイッチサイエンス Global Business Development/ニコ技深圳コミュニティ発起人
略歴
略歴:コミュニティ運営、事業開発、リサーチャーの3分野で活動している。中国最大のオープンソースアライアンス「開源社」唯一の国際メンバー。『ニコ技深センコミュニティ』『分解のススメ』などの発起人。MakerFaire 深セン(中国)、MakerFaire シンガポールなどの運営に携わる。現在、Maker向けツールの開発/販売をしている株式会社スイッチサイエンスや、深圳市大公坊创客基地iMakerbase,MakerNet深圳等で事業開発を行っている。著書に『プロトタイプシティ』(角川書店)『メイカーズのエコシステム』(インプレスR&D)、訳書に『ハードウェアハッカー』(技術評論社)など
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中国でまた、新たなオープンソースに関する訴訟が結審した。ソフトを盗用した開発者が苦し紛れにGPL(General Public License)を主張し、法廷が権利について警告するという、これまでと同じような流れだが、裁判官が書籍数冊分に及ぶ量のGPLのドキュメントをこのために中国語訳し、GNUの背景にあるオープンソースの思想まで深く理解して開発者の意図を確認した判決を、中国のオープンソース界は深く歓迎している。
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GPLライセンスのソフトと自社開発のソフトの組み合わせ
今回は、OfficeTenという名前のネットワークゲートウェイソフトウェアが題材となった。開発元の蘇州網絡科技有限公司は2009年以降、総額2589万元(1元=約22円)の研究開発予算を投じてこのソフトウェアを開発し、中国の携帯キャリアである中国移動、中国電信など、多くのクライアントを得ている。
このソフトウェアはOpenWRTという著名なオープンソースソフトウェアをもとに、追加のソフトウェアを開発してソリューション化したものだ。OpenWRTはGPLv2ライセンスで公開されている。
GPL系のライセンスは、元になるソフトウェアのライセンスが派生物に継承されるライセンス継承義務で知られ、十分に理解せずに自分のソフトウェアに組み込むと、自分たちの開発したものが意図せずにGPLソフトウェアの派生物とされてソースコード公開を求められることから「伝染性」と呼ばれることもある。この伝染性という用語は中国でも広く知られており、内容をきちんと把握せずに避けられることも多く、今回の判決を「裁判所がきちんと判断し、GPLの伝染性を認めなかった!」的なタイトルで紹介するブログなどもある。
実際には、別の独立したソフトウェアを開発して、GPLのプログラムを連携させることで、OfficeTenのようなソフトウェアを別のライセンスのもとで開発し、自社独占とすることはもちろん可能だ。LinuxのカーネルはGPLだが、Linuxをもとにした多くの独占/商用ソフトウェアが世の中には存在している。
ソースコードの盗用が露見した被告がGPLv2を主張
今回の被告となった浙江電信科技有限公司は、OfficeTen開発元の蘇州網絡科技有限公司から従業員を引き抜き、さらにソースコードと顧客リストを持ち出させて、コピー品の販売と営業を行ったことで、開発元から蘇州の法廷に提訴されるに至った。従業員の引き抜きを隠すために他の会社を経由するなどの行為をしたことから特定を難しくさせたが、90.2%のソースコードが一致していることや、ソースコードを盗み出したログが確認できたことなどから、盗用が明らかになり、蘇州人民法廷は被告の浙江電信科技有限公司に賠償金を課す判決を下した。
被告は判決を不服として最高人民法院に上告し、「GPLv2のため侵害は成り立たない」と主張した。事実関係の話が中心だった蘇州人民法廷とは異なり、最高人民法院ではGPLv2の解釈と、OfficeTenソフトウェアの実装がテーマとなった。
裁判官は複雑なライセンスの把握と、ソフトウェアの実装に踏み込んだ解釈が必要
この「独立した別個のソフトウェアか、同じソフトウェアの一部(この場合全体がGPLの派生物となる)か」は解釈が難しい問題で、GPLライセンスに関するGNUのFAQも、以下のように多くの文章を費やしている。
「しかし多くの場合、GPLの及ぶソフトウェアをプロプライエタリ・システムと一緒に配布することは可能です。これを妥当な形で行うには、自由なプログラムと自由ではないプログラムとがそれぞれ独立を保った形でコミュニケートし、それらが事実上単一のプログラムとなってしまうような方法で結合されていないことを確認しなければなりません。
GPLの及ぶソフトウェアを一緒に配布することと『組み込む』こととの違いは、ある点では実質的な問題であり、ある点では形式の問題です。実質的な問題とは、二つのプログラムが結合され、それらが事実上一つのプログラムの二つの部分となるならば、あなたはそれらを二つの別々のプログラムとして扱うことができないということです。よって、この場合GPLは全体に及ぶということになります。
コンパイラとカーネル、あるいはエディタとシェルというように、二つのプログラムがきちんと分離されたものであれば、あなたはそれらを二つの別々のプログラムとして扱うことができます。しかし扱いには気を付けなければなりません。ここで問題となるのは、あなたが何をしているのかちゃんと記述するという単純に形式のことです」(リンク)
さらに、これを踏まえて第三者が「このソフトウェアは独立したものか、違うのか」を判断するのは難しい。このFAQは、GNUライセンスについての質問全体で日本語訳のものが7万文字程度、別のGPL V2.0のFAQも4万文字以上ある。しかも、GNUのこの文章は「ソフトウェアはすべて自由/フリーであるべき」という思想を背景に書かれているので、実際のGPLライセンスに違反しているかどうかと、GNUの掲げる理想と合致しているかどうかが見分けづらくなっている。
今回のようなケースでは、書籍数冊分に匹敵する説明を理解し、GNUの理想とライセンス文に記載されている中身を正しく把握したとして、さらに実際のプログラム構成や動作に踏み込んで、「2つのソフトウェアが独立しているか、同じ一つのシステムか」を判断する必要がある。今回の最高人民法院はそれを成し遂げたことでニュースとなった。
関連文書を自力で中国語訳し、ソフトウェアの構造と開発者の意図に踏み込んだ裁判官
最高人民法院でこの訴訟を担当した孔令明裁判官は、GNU公式の中国語訳がなく、さまざまな有志によるバージョンの異なる中国語版が散在し、かつ英米の法律を意識して書かれたこのGPLに付いての解釈を、大学で国際法を学んだバックグラウンドから、FAQ含めてすべて中国語に翻訳し、さらには海外のGPLを巡る判例を含めて、裁判官の間でシェアした。
そして、開発元の蘇州網絡科技有限公司が「OfficeTenソフトウェアをGPLv2の範囲外になることを意図して開発し、ライセンスを理解してそうなるように実装した」という意図を確認し、実際のソフトウェアがその意図に応じて実装されていることを確認して、開発元の著作権を認め、控訴を棄却した。
中国法曹界でも大きなニュースに
今回の件は、①GNUの思想とGPLライセンスへの理解、②著作権者の意図、③ソフトウェアの実装と、それぞれ別方面の知識が必要とされる問題を対処したことから、中国の法曹界でも話題になっている。判決後、この訴訟の袁暁祥裁判長は、今回のケースを著作権の視点からより深く議論するために、産業界と学会から専門家を招いてセミナーを行うことを提案した。
オープンソースによる開発が、実際のビジネスと相まって社会に広まることで、今回のようなケースはより増えてくると思われる。中国の法廷は、こうした問題に対する解決方法として、課題整理や判例を積み重ね、オープンソースによる開発やビジネスを社会実装する働きを続けている。これも、中国政府がオープンソースによる開発を重視し始めた流れの一つと考えられる。
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