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【24-80】中国でオープンソースハードウェアに向けてのライセンス整備開始

2024年08月26日

高須 正和

高須 正和: 株式会社スイッチサイエンス Global Business Development/ニコ技深圳コミュニティ発起人

略歴

略歴:コミュニティ運営、事業開発、リサーチャーの3分野で活動している。中国最大のオープンソースアライアンス「開源社」唯一の国際メンバー。『ニコ技深センコミュニティ』『分解のススメ』などの発起人。MakerFaire 深セン(中国)、MakerFaire シンガポールなどの運営に携わる。現在、Maker向けツールの開発/販売をしている株式会社スイッチサイエンスや、深圳市大公坊创客基地iMakerbase,MakerNet深圳等で事業開発を行っている。著書に『プロトタイプシティ』(角川書店)『メイカーズのエコシステム』(インプレスR&D)、訳書に『ハードウェアハッカー』(技術評論社)など
medium.com/@tks/takasu-profile-c50feee078ac

CERNのオープンソースハードウェアライセンスが中国を動かす

 2021年、CERN(欧州原子核研究機構)の公開したCERN OHLv2(CERN Open Hardware License Version 2)が、米Open Source Initiative(OSI)に承認され、承認済みライセンスの一覧に掲載された。(リンク

 OSIはあくまでソフトウェアを扱う組織のため、このライセンスの承認は「ソフトウェアについての部分のみ」としているが、実際にこのライセンスを活用したプロジェクトも、Covid-19下でマスクの設計を共有するプロジェクトなど、すでにいくつか公開されている。(リンク

 CERN OHLv2は、オープンであるが利用についての制限がゆるいパーミッシブなライセンスCERN OHL-P(リンク)、派生するハードウェアに対して公開を強く定義づける強い相互主義ライセンスCERN OHL-S(リンク)、弱い相互主義ライセンスCERN OHL-W(リンク)の3つで構成され、いずれも「ハードウェア設計者間のコラボレーションを促進し、ハードウェア設計の使用、研究、修正、共有、配布の自由を支援する法的手段を提供すること」を目的としている。

ハードウェアのオープンソース化が限定的になる要因

 こうした新しいライセンスが必要とされるのは、ハードウェアのオープンソース化という試みが、ソフトウェアのオープンソース化に比べて構造的な課題を多く抱えていることによる。

 電子的な存在であるソフトウェアでは、「ソースコード=最終的なソフトウェア」と見なせるが、物理的な存在であるハードウェアでは、同じ設計データから違う最終成果物になることが多々ある。

1. ハードウェアの量産には工場が不可欠だが、設計データを最終的なハードウェアにするための調整は工場ごとに違う。たとえば同じ外装のCADデータを実際のハードウェアにする際、3Dプリンティングや金型射出成形などの加工方法によって大きく異なるものになる。そこまで詳細に定義したとして、具体的にどうやって加工するのかは個々の工場に大きく依存し、「オープンでどこでも同じ」ものになりえない。

2. ほとんどのハードウェアは他のハードウェアを材料・部品とするが、「オープンで誰でも入手できる」ものは限られる。また、どの材料・部品でも、企業によって独占的に製造・販売されているものがほとんどだ。

3. ソフトウェアの開発環境はオープンでフリーなもので揃えることができ、それがオープン・フリーソフトウェア運動の大きな目的でもあった。一方でハードウェアの設計ソフトや工作機械の制御ソフトなどは独占されているものが多い。

 一方で、これらの要因はあくまで「効果が限定的になる」ということで、知財をたとえ限定的であってもオープンに共有し、それまでよりも多くのパートナーに参入を促すことで、関連製品(スマートフォンに対するケースなど)などを開発しやすくすることには大きな意味がある。CERNがハードウェアに対して新しいオープンソースライセンスを定義した理由も、これまでのライセンスでできなかった共有を行うことで、研究成果の社会実装を促進する効果を狙っていると、メディアに対して語られている。(リンク

中国でもライセンスの開発が開始 RISC-Vや自動運転など、進むハードウェアのオープンソース協調

 オープンソースハードウェアに関するライセンス絡みの話は珍しい。このニュースは中国のオープンソース界でも注目され、中国の法制度に合わせたオープンソースライセンスを開発する「木兰开源社区(木蘭開源社区)」(Mulan Open Source Community, リンク)で同種のライセンスの検討が始まっている。

 この8月2日にも、中国の技術標準を作る中国电子技术标准化研究院(中国電子技術標準化研究院)を会場に、同コミュニティが音頭を取る形で、パブリックコメント募集のためのたたき台を検討する会議が開かれた。

 会議をサポートしたOpenSDV汽车软件开源联盟(汽車軟件開源連盟)は、自動運転などの中核を形作る、自動車の制御ソフトについてオープンソースで開発を進めるためのアライアンスだ。

【23-30】オープンソースで次世代車のフレームワークをつくる中国のOpenSDV連盟

 木兰开源社区は、コミュニティと冠されているが、中国のOpen Atom Foundationや米国のDARPA等と同様の国家研究機関であり、中国の技術開発を進めるためにオープンソースプロジェクトのインキュベーションや、ライセンスの策定などを行っている。

【23-74】急速に進化するOpenAtom Foundation、中国のソフトウェア開発を主導

 木兰开源社区そのものが中国の国家プロジェクト「云计算和大数据开源社区生态系统(クラウドコンピューティングとビックデータのオープンソースコミュニティ構築)」の成果として成立したもので、オープンソースの学習環境を整えることと、企業と個人との協力を進めることを目的としている。

オープンソースでイノベーションを加速させる中国政府の狙い

 オープンソースとハードウェアは、長らく技術開発の上でさほど注目されるテーマではなかったが、近年は事情が変わりつつある。自動運転やオープンのロボット制御オペレーションシステムROSなど、高度なハードウェアのために、オープンなソフトウェアの開発が不可欠になりつつある。また、オープンなISAであるRISC-Vなど、オープンソースによりハードウェア開発を促進する事例が、特に中国では効果を発揮しつつある。

【22-52】RISC-Vにより結びつく中国政府の政策と中小企業の活動

 今回の木兰开源社区、ひいては中国政府の動きは、ここ数年のオープンソースによる産業政策を強く反映していると言えそうだ。実際にどういうライセンスが発布され、どのようなプロジェクトが活用するのか、注目し続ける必要がある。


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