【22-52】RISC-Vにより結びつく中国政府の政策と中小企業の活動
2022年10月18日
高須正和: 株式会社スイッチサイエンス Global Business Development/ニコ技深圳コミュニティ発起人
略歴
略歴:コミュニティ運営、事業開発、リサーチャーの3分野で活動している。中国最大のオープンソースアライアンス「開源社」唯一の国際メンバー。『ニコ技深センコミュニティ』『分解のススメ』などの発起人。MakerFaire 深セン(中国)、MakerFaire シンガポールなどの運営に携わる。現在、Maker向けツールの開発/販売をしている株式会社スイッチサイエンスや、深圳市大公坊创客基地iMakerbase,MakerNet深圳等で事業開発を行っている。著書に『プロトタイプシティ』(角川書店)『メイカーズのエコシステム』(インプレスR&D)、訳書に『ハードウェアハッカー』(技術評論社)など
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深圳政府は半導体分野で多様な補助金を計画中、政府と中小企業が連携
10月8日、深圳市発展改革委員会(深圳市发展和改革委员会)は半導体関連のほぼあらゆる産業を対象に大規模な補助金を計画し、パブリックコメント(征求意见稿)の募集を開始している。
深圳市发展和改革委员会关于公开征求《深圳市关于促进半导体与集成电路产业高质量发展的若干措施(征求意见稿)》意见的通告
これは材料や設計ソフト、工業団地の整備など、多岐にわたる半導体産業全体への補助だが、この中に「RISC-V(リスク ファイブ)を用いてマイコンチップの設計する企業で、研究開発費が1000万元を超える会社に対して、その20%の補助金(上限1000万元)」と、RISC-Vの活用について一項設けられている。
以前ならこの手の補助金は国の影響が大きい大企業を対象にしたものが多かったが、深圳市のこれは金額的にも中小企業が恩恵に預かれるものだ。
政府とベンチャーとビッグテック、それぞれの思惑
RISC-VはオープンなISA(CPUの命令セット)として注目を集めている。特に中国では、様々なプレイヤーがRISC-Vへの様々な役割に期待し、投資と投資を加速している。政府・ビッグテック・ベンチャー企業に大きく分けるとこのようなベクトルが働いている。
中国政府:
技術国産化と貿易戦争回避の視点から、いま主流のX86(米インテル)やARM(英アーム)でもないISAを使いたく、オープンソースのRISC-Vに期待をかけている。中国政府は以前からCPUの国産化などには予算を透過していて、中国製X86CPU・中国OSなどを国営企業で開発していたが、市場に広まっていなかった。
中国のベンチャー企業:
新しい用途に向けて自前でCPUを作りたいが、インテルやアームと契約するのは煩雑で数量も見込めないため、自由に開発ができるRISC-Vでマイコンチップを開発する。ビットコインマイニングのBITMAIN、Bluetoothワイヤレスイヤホンやスピーカーなど向けのSoC(システム・オン・チップ、無線チップとCPUなど、複数のチップを一つに統合している)を開発するJieliやBluetrumなどは、以前からRISC-VによるASIC(特定目的に向けた専用のマイコン)やSoCなどのマイコンチップを開発していた。
中国ビッグテック:
巨大なデータセンターを抱えるアリババは2018年、T-Head(平头哥)というRISC-Vチップを設計する子会社を設立した。同社ではRFIDの処理や組み込み用のシンプルなチップから、サーバ用の大規模なチップまで、様々なコンピュータチップを開発している。ファーウェイ、シャオミなどのハードウェア企業もRISC-Vへの投資を加速している。
このように、既存チップの置き換えと新用途でのコンピュータチップ開発という2つの目的に対し、政府とベンチャー企業・ビッグテックそれぞれが活動している状況だ。
中国政府 | ベンチャー | ビッグテック | |
既存チップ置き換え | ○ | ○ | |
新用途 | ○ | ○ |
世界的なRISC-Vアライアンスで中国企業が過半数を占める
RISC-Vはオープンな規格で、誰でも情報を入手して製造することができる。機能追加などもRISC-V Internationalという国際的でオープンなアライアンスで策定されている。そのアライアンスのスポンサーに中国企業が急増している。2015年の開始時はグーグル、クアルコムなどの米国企業がほとんどだったが、現在はプレミアメンバー19社のうち過半数の11社が中国企業だ。サービスを手掛けるアリババ、ハードウェアのファーウェイやUNISOC、投資企業の成为资本など様々な業種の企業がメンバーになっている。
キャプション:RISC-V Internationalのプレミアメンバー。中国企業が増えてきている
また、RISC-V Internationalでの議論は英語なためか、中国国内にも2018年、北京と上海に相次いで協会が発足した。
北京:
中国開放指令生態(RISC-V)連盟(中国开放指令生态 (RISC-V)联盟) 2018年11月設立 中国政府の工信部が主導
上海:
中国RISC-V産業連盟(中国RISC-V产业联盟) 2018年09月設立 民間の芯原微電子(Verisilicon)が設立
会員の顔ぶれや活動状況を見ると2つとも大差なく、ほぼ同時期に成立していること含めて、中国でのRISC-Vの活動が盛り上がっていることがうかがえる。どちらもRISC-Vアーキテクチャの採用状況をシェアするイベント開催やレポートによる報告などを行い、関係する半導体関係企業・大学や政府機関・半導体を使用するハードウェア製品企業の間で情報共有とRISC-Vの普及活動を行っている。
北京の中国開放指令生態(RISC-V)連盟は、
-中央網信辦信息化発展局(中央网信办信息化发展局 )
-工信部信息化和軟件服務業司(工信部信息化和软件服务业司)
-中科院科技促進発展局(中科院科技促进发展局)
の3つの政府系部局がアライアンスを指導団体とし、中国科学院が運営する、国営のアライアンスだ。2022年9月28日、北京に続いて杭州でもアライアンスを発足させた。
2018年に国内アライアンスが発足、2020年から中国のRISC-Vニュースが一気に増加
中国国内で2つのアライアンスが成立した2018年は、中国のRISC-Vが一気に加速した年だ。
中国の産業界が集まって構成している「中国OSS推進連盟」が発表した「中国オープンソース発展ブルーブック2022(中国开源发展蓝皮书)」には、「9.1.2 RISC-Vの中国での普及」として、2018年から急速に盛り上がっているRISC-Vの各トピックがまとまっている。
同ブルーブックのうち、特徴的な部分をピックアップして翻訳した。
これによると、2018年6件、2019年8件、2020年15件、2021年16件と、2020年からRISC-Vに関するニュースが倍増している。ニュースは政府のものもビッグテックのものもベンチャーのものある。
オープンなISAであるRISC-Vは、中国国内の政府・大企業・中小企業の溝を埋める役割を果たしつつある。
高須正和氏記事バックナンバー
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2022年07月07日 中国のオープン推進を引っ張る産学の連携
2022年05月20日 中国政府、14次五カ年計画に「オープンソースの知財戦略」を組み込む