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【23-74】急速に進化するOpenAtom Foundation、中国のソフトウェア開発を主導

2023年12月28日

高須 正和

高須 正和: 株式会社スイッチサイエンス Global Business Development/ニコ技深圳コミュニティ発起人

略歴

略歴:コミュニティ運営、事業開発、リサーチャーの3分野で活動している。中国最大のオープンソースアライアンス「開源社」唯一の国際メンバー。『ニコ技深センコミュニティ』『分解のススメ』などの発起人。MakerFaire 深セン(中国)、MakerFaire シンガポールなどの運営に携わる。現在、Maker向けツールの開発/販売をしている株式会社スイッチサイエンスや、深圳市大公坊创客基地iMakerbase,MakerNet深圳等で事業開発を行っている。著書に『プロトタイプシティ』(角川書店)『メイカーズのエコシステム』(インプレスR&D)、訳書に『ハードウェアハッカー』(技術評論社)など
medium.com/@tks/takasu-profile-c50feee078ac

 2021年発布の「第14次5カ年計画」でオープンソース技術開発への注力を掲げた中国政府は、さまざまなアクションを起こしている。その一つに「開放原子開源基金会(OpenAtom Foundation)」の設立がある(公式サイト )。

 2020年の発足当時はスローガン先行が目立ったOpenAtom Foundationだが、官民両方のオープンソース運動の盛り上がりを受け、活動を充実させている。

中国「OpenAtom Foundation」と欧米のオープンソース基金会の違い

 多くのオープンソースソフトウェア開発で、コミュニティの運営はLinux Foundationなどの中立・非営利財団が推進している。特定の企業やグループが開発の中心を担うよりも、より開かれたパブリックなプロジェクトとなるほうが、多くの開発者が参加しやすく、ソフトウェアが良くなりやすいためだ。

 ほとんどのオープンソース財団は米国に法人登記し、英語を言語としている中、OpenAtom Foundationは中国政府工業・情報化部  のサポートで北京に本拠を置き、中国語で活動している。

 オープンソース開発に関する情報を共有し、開発者大会などのコミュニティ活動を行うこと、多くのテクノロジー企業がスポンサーし、活動をサポートしていること、スポンサー予算を得て大規模な開発者コンテストを行うことなどの活動はLinux Foundationなどと共通しているが、政府の監督下にあることが異なる。欧米と中国の体制で「パブリック」という概念が異なるため、OpenAtom FoundationはオープンソースFoundationと、米国国防高等研究計画局(DARPA)のような政府系研究機関/シンクタンクの両方の役割を持っているといえる。

急速に進化するOpenAtom Foundation。企業が開発したソフトをパブリックにする受け皿に

 OSS Foundationが新しいソフトウェアプロジェクトを受け入れ、ソフトウェアのプロジェクトマネージャやプロジェクトマネージャの選定方法、ドキュメントの整備方法など「ソフトウェア開発の方式」を整備するインキュベーションは、Foundationの大きな役割だ。Linux FoundationやApache Software Foundationなどの代表的なOSS Foundationは、多くのソフトウェアをインキュベーションしている。Googleなどの企業が開発したソフトウェアも、こうしたOSS Foundationに寄贈しパブリックなものとすることで、よりコミュニティ主導の開発が可能になる。

 中国企業もこうしたソフトウェアのオープン化に参加している。2021年にApache Software Foundationがインキュベートしたプロジェクトは5つ、すべて網易(ネットイース)やWeBankなどの中国企業から寄贈されたものだ。

 現在、OpenAtom Foundationのサイトには、19のインキュベーションプロジェクト(ソフトウェア)と、さらに多くのインキュベーション準備プロジェクトが掲げられている(プロジェクトページ )。

中国企業による、欧米と中国OSS Foundationの使い分け

 欧米のOSS Foundationには世界中の開発者が参加しているが、OpenAtom Foundationはコミュニケーションが中国語メインで、中国の開発者しか参加していない。そしておそらく中国の開発者であっても、OpenAtom FoundationよりもLinux Foundationのプロジェクトに触れる機会の方が多いだろう。開発コミュニティを大きくするためには、中国語圏内に閉じたOpenAtom Foundationに寄贈する意味は見つけづらい。

 一方で、ハードウェアに近い組み込み用ソフトウェアや、ほぼ中国企業同士で使っているオープンソースソフトウェアなど、中国語コミュニティのほうが新しい開発者を見つけやすいソフトウェアは存在する。これまではオープンソース化と英語化はほぼ同義だったのが、中国語メインでもオープンソース活動が行えるようになったことは、国内の開発者を増やす効果があり、中国政府の目的の一つだろう。

クラウド技術促進の大規模開発をオープンソース手法で

 ソフトウェアの役割が増え続けるほど、ソフトウェアの数や開発者の数は増え続ける。Linux Foundationは、AIやクラウドなど、技術カテゴリ別のコミュニティを増やし続けている。ある程度の技術カテゴリで括って大会などを開くことで、技術へのアクセスは容易になり、コミュニティは活性化する。

 開設3年目のOpenAtom Foundationも、早くも内部に別カテゴリを開設することになった。2023年12月19日に開かれたOpenAtom Foundation開発者大会で、クラウドネイティブのソフトウェア開発を中心にする、OpenAtom Clowd Communityの設立が宣言された。(中国CSDNの報道 )。

 大規模言語モデルほかAI技術、データベース、webアプリなど、多くのソフトウェアがクラウド上で実行されるようになり、クラウドを前提としたクラウドネイティブ用途のソフトウェア開発はますます盛んになっている。企業中心のソフトウェア開発が行われている中国では、さらにその傾向が強く、中国語に限られた部分でも、クラウドネイティブソフトウェアの開発を進めることは、産業界と政府どちらの意向にも沿った動きだ。OpenAtom Clowd Communityの初期メンバー  29グループの多くは、アリババ・テンセント・JD.COM・招商銀行など、クラウド技術を多用している企業だ。

 現在、OpenAtom Foundationで関わるソフトウェアの規模はソースコード5億行、開発者25000人にのぼるという。また、オープンソースソフトウェアを前提にした、賞金総額5000万元(1元=約20円)  のコンテストを行う(リンク )など、OpenAtom Foundationは企業と政府の後押しを受けたアクティブな活動が目立つ。

「固有の企業によらず、パブリックなプロジェクトの受け皿になる」というOSS Foundationの活動は、企業が中心になってオープンソースソフトウェアを開発している中国のOSS開発のなかで、日本や欧米とは違う社会の仕組みながら、独自の役割を果たしていると言えよう。


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