アフターコロナ時代の日中経済関係
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【21-03】中国企業・産業のコロナ感染症後への対応と日本企業のあり方(その1)

2021年01月21日 和中 清(株式会社インフォーム 代表取締役)

はじめに:中国経済の基調

 新型コロナ問題、中米問題、香港問題など中国を取り巻く環境は難しい局面になっているが、筆者はJSTのコラム「日中論壇」で「何も心配の必要はない」と述べた[1]

 ウイルス問題の渦中にあった2020年3月の「日中論壇」[2]では、「2020年は小康社会の仕上げの年で、来年は建党100周年を迎える。各地の建設工程のインフラ整備もそれに向けて進んでいる。ウイルス問題で中国経済は一時停滞を余儀なくされたが、重要な年である2021年に向けて、面子にかけても全力で遅れを挽回する動きが強まる。今後、政府はさらに大きな財政投入を行うだろうし、消費刺激策も続々と打ち出すに違いない。中国経済の基調は何ら変わっていないので、これから経済は急速に回復に向けて動き出すと思われる」と述べた。そして今、中国経済は欧米など多くの国が低迷を続けるのを尻目に急速に回復しコロナ前の状態、それ以上の成長軌道に入ろうとしている。その動きは今年10月になりより鮮明になった。なぜ中国経済が一人、別格のように走り続けることができるのか。

 まず中国は、武漢封鎖を決断して新型コロナウイルスへの対応が的確で早期に終息させた。さらに中国経済にある基調は変わらずさらに構造改革が加わり経済は安定し強固になりつつある。それが新型コロナウイルス終息直後の経済の動きに現れている。

 中国経済にある基調とは何か。その象徴の一つが所得である。折しも先の五中全会(第19期中央委員会第5回総会)で国民経済と社会発展に関しての目標が示されるとともに、兼ねて計画されてきた2035年の所得倍増が可能との認識が発表された。

 2019年の中国の一人当り平均国民総収入は1万ドルを超えたが、世界銀行の標準では中等収入国に分類される。中国は世界二位の経済大国であるが国民一人の収入ではまだ中等収入国である。14億人の中等収入国が豊かさに向けて改革開放を突き進んでいる。それが中国経済の基調である。中国には住宅も車も旅行も豊かさへの夢を求める人がまだ無数にいる。コロナが一段落すればその基調に戻り、コロナ下で逼塞した生活への反動が消費に向かい経済活動が早く復活するのは当然である。中国経済はまだ夢を求めて走り続ける。

1.経済成長の12の要因

 これからの中国経済がどうなるのか。基調に何が加わるのか。それが今後の経済にどう影響するのか。コロナ後の日本企業の対応を考える前に少し整理したい。

 筆者は昨年、『奇跡 発展背後的中国経験』(東方出版社)という本を書いた。幸いこれは2019年の国家シルクロード書香工程の"外国人写作計画"で傑出創作賞をいただいた。その著で筆者は中国の成長要因を次の十二の項目で捉えた。
 1. 平和主義
 2. 市場経済と対外解放
 3. 科学技術の発展
 4. 政治の安定
 5. 指導者の理念
 6. 戦略の強みと大胆さ
 7. 社会の風土
 8. 農村の安定と農民工の貢献
 9. 中産階級の拡大と巨大市場
 10. 住宅建設と需要
 11. 経済運営の巧みさ
 12. 上海の役割

 最後の上海は多様化し上海、北京、香港・マカオ・広東のベイエリア、重慶と成都などに分かれ成長を牽引するが12項目は今後も成長を支えると考える。

 その基礎にあるのが「平和主義」である。

 だが、「平和主義」が成長の基礎と言えば多くの日本人は首を傾げる。筆者はそれが日本の大きな問題と思っている。日本企業は国内での一部メディアや識者の中国の負の面を強調する報道や米国発の中国情報に引きずられ中国を否定的に捉える傾向もあり今も続く。なぜ負の側面をメディアや識者が強調するのか、なぜ「平和主義」に疑問が出るのかは紙幅の関係でここでは述べない。興味ある方は拙著をお読みいただきたい。

 コロナ後も「平和主義」の下で成長を続けて「新時代」の領域に入り、市場がさらに拡大する。しかし中国を懐疑的、否定的に見れば拡大する市場には入って行けない。報道の影響だけとは言わないが、中国での日本企業の投資は年々シェアを下げている。中国市場が質的、量的に拡大する時にシェアを下げているが、これは後に述べる。日本企業のコロナ後の対応は「平和主義」を理解しなければ進まないと思う。

2.コロナ後の成長を支える6つの要素

 先の五中全会で「国民経済と社会発展第十四・五年計画と2035年長期目標」として12項目、施策として100の事項が掲げられた。

 この12項目とは、〈科学技術創新〉〈産業発展〉〈国内市場〉〈深化改革〉〈農村振興〉〈区域発展〉〈文化建設〉〈緑色発展〉〈対外開放〉〈社会建設〉〈安全発展〉〈国防建設〉である。

 施策の注目は人口知能と科学技術研究深化、北京と上海とマカオ・香港・広東ベイエリアでの国家科学技術創新センター形成、新エネルギー及び新材料と新エネルギー自動車の発展、インターネットと人口知能の産業融合と高度化、製造業の優位性相互補完と連携発展、現代サービス業と先進製造業及び現代農業の融合発展、消費新モデルと新業態の発展、サービス業活性化、完全有給休暇制度と休日消費拡大、国際消費中心都市の育成、成都と重慶経済圏の発展推進、労働報酬と労働分配率向上、中間所得層の拡大、CO2排出減少への転換などである。

 これらの施策からまとめると次の6項目が今後の成長を牽引すると思われる。
 1. 科学技術力
 2. 製造業高度化と中国ローカル企業の台頭
 3. 所得と内需拡大
 4. 情報化推進、サービス産業の発展
 5. 内陸の発展
 6. 環境・安全対策

 中国が科学技術力を一層高めることはJSTの各種研究で指摘されている。

 製造業は生産年齢人口縮小と内陸成長、さらにコロナで働き手が内陸に止まる傾向も高まり沿海部では募集難が続く。そのため工場自動化が一層進む。情報と製造業の融合、ソフトとハードの結合が進み製造業高度化に拍車がかかる。

 さらに中国ローカル企業が力をつけ台頭する。

 後に述べるが、家電では中国ローカル企業の台頭でパナソニックの中国でのその分野のシェアは2%にまで低下した。2018年には洗濯機では76%、冷蔵庫では66%、テレビでは47%と中国ローカル企業が市場シェアを伸ばした。

 これから多くの製品で同様の傾向が顕著になる。日本製の人気が高い化粧品や自動車も決して例外ではないと思う。

 化粧品もローカル企業はOEM生産や技術力のある製薬メーカーの参入で力をつけ品質も向上した。日本での爆買いで日本の化粧品も一通り中国消費者に行きわたり、その良否も確認され今は選別の時代に入った。ローカル企業も良い製品は評価され販売が伸びている。日本人と違い中国人は合理精神が強い。いいと思えばブランドより機能重視で海外からローカルに割り切りシフトする。家電はその先陣を切った。

 一般消費財だけでなく部品加工もローカル企業は経験を積み実力が上がった。彼らは設備投資にも積極的で日本企業は品質とコスト力を高めないと存続が難しい。

 コロナが終息し懸案の消費も回復してきた。1月から2月に前年比20.5%減に落ちた消費は8月にプラスに転じ、10月は4.3%増、11月は5.0%増になった。インターネットの小売販売は11月まで11.5%増で消費を支えた。自動車市場も急速に動き出した。電気自動車では国産のBYDのスポーツタイプ、四輪駆動の"漢"は理論走行距離が600㎞と向上し、価格は23~27万元(約400万円)だが予約段階から人気でBYDも強気の生産計画に変更している。これは今後のローカル企業の台頭を象徴する動きに思う。

 また重点施策には成都と重慶経済圏建設が掲げられた。中国は日本の東京集中と異なり分散経済だが、さらに分散が進み経済に活力を与える。

 次の表1は2020年上期の東部沿海と中西部都市の比較である。これを見ても分散によるリスク軽減と今後の行方がわかる。

表1 2020年上期の地区別成長率と社会消費品小売総額前年伸率(%)

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 分散経済は対応スピードが速い。政治では競争原理が働き、企業も地域本社をつくり機動性を発揮する。後に述べるBAT(バイドゥ、アリババ、テンセント)の戦略にもそれが現れ、リスク軽減のために事業を分散し同時に機動性を高める。それが、どこからビジネスチャンスがもたらされるかわからない時代、迅速な意思決定が必要な時代に合っている。

 環境、安全への対応も加速する。「新時代」の政策基礎には2015年の中国共産党第18期中央委員会第5回全体会議での「五大発展理念」がある。それは[イノベーションによる発展][調和による持続的発展][グリーン(環境)による調和のある発展][より高いレベルの開放型経済の発展][共に成果を享受する、分かち合いによる発展]である。政権の信念とレガシーからも環境、安全への取り組みは進む。その象徴がCO2排出減少転化(カーボンピークアウト)や排出ゼロ目標(カーボンニュートラル)である。

3.2035年の所得倍増の意味

 コロナ後に日本企業が最も注目すべき事項は所得増加と内需拡大である。習近平政権は貧困対策に力を注いできたが、今後は内需拡大のためにも中間層の所得拡大に全力を注ぐ。

 五中全会で確認された所得倍増とは何かをわかりやすく考える。

 貿易摩擦、米中対立で輸出が低下しても中国は内需切り替えに有利な立場にある。なぜなら14億人の人口を抱える中等収入国であること。所得上昇で莫大な国内市場が控える。貿易摩擦のリスクは所得と内需が緩衝材になる。

 2020年の前半は新型コロナウイルスが所得に影響したが、それでも上期の都市住民平均(名目)可処分所得は1.5%増、農村所得は3.7%増加した。

 中国の都市住民一人平均可処分所得は表2のように5段階に区分されている。

表2 都市家庭の階層別一人平均可処分所得(2019年)

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 2019年と同じ増加率で計算すると2020年の高収入家庭の一人平均所得は約97,000元になる。都市平均家族数で計算すると家計所得は日本円で434.5万円、2035年には869万円になる。同じ計算で中上位家計所得は501.7万円になる。都市人口は8億4,800万人なので3億3,900万人の家計所得が2035年に5,00万円を超える。

 さらに図1のように現在の中国は都市より農村の方が所得増加率は高い。金額ではまだ差は大きいが、それも年々縮小している(図2)。

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(出典)『中国統計年鑑』各年版より筆者作成

図1 都市・農村所得の対前年増加比率

 
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(出典)『中国統計年鑑』各年版より筆者作成

図2 都市住民所得に対する農村住民所得の割合

 農村の高収入家庭(最上位層)所得は、2035年に日本円で500万円に近づく。農村人口は5億6,400万人で、農村人口が減少しても1億人の所得がそうなる。つまり2035年には都市と農村で4億3,900万人の家計所得が500万円を超えて、所得が伸びない日本との差は拡大する。

 中国では統計外の庶民の裏所得も多く現実の差はさらに拡がる。

 中国の驚異はそれだけではない。都市の中位及び中下位の所得も増加する。習近平政権が掲げる「新時代」は「共同富裕の時代」である。中間層の労働分配率向上は政権使命となった。また産業構造転換でハイテク産業とサービス業賃金が中間所得も押し上げる。その結果、都市中収入家庭1億6,900万人の家計所得は2035年に400万円あるいはそれ以上になる。

 中国人民銀行は全国30省で3万戸の都市家庭資産調査をした。調査では都市家庭平

均総資産は318万元、日本円で5,090万円、純資産は289万元で4,600万円、うち住宅は3,000万円だった。所得が上昇すれば資産もさらに増える。

 2035年に14億人の3分の1の中国人が日本人より豊かになる。それが所得倍増の意味である。14億もの人が同時に豊かになれる社会などあり得ないはずなのに、日本では長年、中国が格差社会だと批判してきた。だが気が付けば、中国はそんな国になっていたということである。これはコロナ後の中国を考える上で日本企業が最も着目すべき事柄である。

その2 へつづく)


1.2020年10月06日 和中清の日中論壇「日本企業はコロナ後の中国にどう対応すべきか

2.2020年03月13日 和中清の日中論壇「新型ウイルスと武漢そして今後の中国経済