【14-04】利下げと小型零細企業の資金調達難
2014年12月 9日
露口 洋介(つゆぐち ようすけ):
信金中央金庫 海外業務支援部 上席審議役
略歴
1980年東京大学法学部卒業、日本銀行入行。在中国大使館経済部書記官、日本銀行香港事務所次長、日本銀行初代北京事務所長などを経て、2011年日本銀行退職。同年4月より現職。著書に『中国経済のマクロ分析』(共著)、『東アジア地域協力の共同設計』(共著)、『中国資本市場の現状と課題』(共著)など。
中国人民銀行の金利引下げ
中国人民銀行は、11月21日夕刻、翌22日から金融機関の貸出基準金利と預金基準金利を引下げることを発表した。貸出金利は1年以内の貸出の基準金利が6.0%から5.6%へ0.4%ポイント引下げられた。預金金利は、流動性預金の基準金利は0.35%のまま変わらなかったが1年物定期預金の基準金利は3.0%から2.75%に0.25 %ポイント引下げられた。
貸出金利については昨年7月にそれまで存在した金利の下限規制が撤廃され、上下とも自由に金利を決めることができるようになっている(個人向け住宅ローンについては0.7倍の下限が維持されている)。ただし、人民銀行の統計によると、2014年1-9月の平均で依然として貸出総額の68.3%は基準金利とその1.3倍以下の範囲で行われており、基準金利未満の金利は7.9%、基準金利の2倍以上の高金利の貸出は2.8%にとどまっている。預金金利については従来基準金利の1.1倍が上限とされていたが、これが1.2倍に拡大された。同時に、金利の期間分類の簡素化も行われた。貸出金利については従来の6ヶ月以内と6ヶ月超1年以内が1年以内に、1年超3年以内、3年超5年以内が1年超5年以内に統合された。預金金利については従来の5年物の分類がなくなった。
金利引下げの公表と同時に発表された人民銀行責任者の説明によると、今回の利下げは、企業、特に小型零細企業の「資金調達難、資金調達コスト高」(中国語では「融資難、融資高」)問題を解決することが目的とされている。穏健な金融政策という方向を改めたわけではなく中立的な操作であると説明されている。また、貸出基準金利の引下げ幅を預金基準金利の引下げ幅より大きくしたこと、預金金利の上限を引き上げたこと、金利の期間分類の簡素化を行ったことによって金利の自由化を進める目的があるとも説明されている。
人民銀行の責任者の説明のうち今回の措置が金利自由化を進めるものである点については理解しやすい。一方で、金融政策としては中立的であるといいつつ、企業、特に小型零細企業の資金調達難、資金調達コスト高を解決することが目的であるという説明はわかりにくい。
本コラムの第1回「7月の統計ショック」 で述べたように、名目GDP成長率が依然として年率10%前後を維持している中国において1年物貸出金利が5.6%という水準はかなり低い。窓口指導による量的制限がなければ貸出量は無限に拡大しかねないので当局は貸出量を制限しているが、その結果、不良債権の発生を避けたい銀行は優良な国有企業に貸出を集中し、貸出金利は先に述べたように結局基準金利近傍に集中する。この基準金利を引下げると優良国有企業の資金調達コストは低下するかもしれないが、不良債権を恐れる銀行からの貸出がなかなか受けられない小型零細企業向けの貸出を増やしたり貸出金利を低下させることは困難であろう。小型零細企業は主に人民銀行の金利規制の枠外にある民間金融やシャドーバンキングによって高金利の資金を調達することを余儀なくされている。この部分の資金調達が今回の金利引下げそれ自体によって容易になるということはほとんど考えられない。
新十条措置と「合意貸出」
それでは、人民銀行の責任者の説明は何を意味しているのであろう。本コラムの第1回 に登場したが、国務院弁公庁(日本の内閣官房に相当)は本年8月14日に「企業の資金調達コスト高問題を緩和する諸措置に関する指導意見」を公表した。10項目の措置が挙げられているため「十条措置」と呼ばれており、その第1項目が「マネーサプライと貸出の合理的で適度な増加を維持すること」であった。今回11月21日の利下げ公表直前の19日に李克強総理が主催して国務院常務会議が開催され、「企業の資金調達コスト高を緩和する更なる有力措置を採用する決定」がなされたことが国務院のホームページで公表された。そこでは新たな10項目の措置が挙げられており、「新十条措置」と称されている。内容を見ると、小型零細企業向けの貸出を直接的に増大させるような措置、担保制度や信用評価制度の改善など小型零細企業向け貸出の信用を補強する措置などが並んでいる。その第1項目は、「預貸率規制の弾力的運用、合意貸出の管理改善、小型零細企業に対する不良貸出の税前償却の整備等の政策により金融機関の小型零細企業、農村貸出等の能力を増強すること」である。
預貸率規制は、銀行の貸出総額は預金総額の75%以内という規制であり、銀行業監督管理委員会の管轄である。小型零細企業に対する不良貸出の税前償却とは銀行が利益から法人税を支払った後に不良貸出の償却を行うこととされているのを、償却を先に行い減少した利益から法人税を支払う制度に変更しようというもので、小型零細企業の不良債権処理に伴う銀行の負担を軽減する効果を持つ。これは財政部の管轄である。残る合意貸出の管理改善が中国人民銀行の管轄である。
合意貸出(中国語では「合意貸款」)とは、金融機関が自己資本比率や経済成長率などに基づく一定の公式で算出した貸出増加額の総額や業種別の貸出額を人民銀行と合意して、原則としてこれに従って貸出を実行することである。人民銀行は11月6日に公表した貨幣政策執行報告の中でこの合意貸出について詳細な説明を行っている。合意貸出は本来個別の銀行の経営の健全性を確保するために導入されたものであり、これを遵守すると、預金準備率の引下げという優遇政策を受けることができる。これを差別的預金準備率とよぶ。人民銀行の説明によると、合意貸出はルール化された透明性のある制度で窓口指導とは異なるとされているが、計算公式は公表されていないし、実際の運用では合意貸出の金額は弾力的に決められ、状況の変化に応じて適宜増減されるようである。従って、合意貸出は、事実上窓口指導の一部として金融機関の貸出総量や重点的な分野への貸出をコントロールするために機能しているものと考えられる。人民銀行のホームページを見ると、人民銀行の市や県レベルの地方支店で、小型零細企業に対する貸出が比較的多い地方銀行や農村信用社などの小規模な金融機関に対して合意貸出の達成を厳しく指導していることがわかる。国務院常務会議の決定で述べられている「合意貸出の管理改善」は、貸出限度額を緩和し小型零細企業向け貸出の比率を引き上げることによって金融機関による小型零細企業向け貸出を増加させ、資金調達難や資金調達コスト高を緩和することを目的としている。そしてこれは前回の「十条措置」の「マネーサプライと貸出の合理的で適度な増加を維持する」政策の下で行われる措置であり、従来の穏健な金融政策を変更するものとは位置づけられていない。
今回の金利引下げの目的
今回の人民銀行の利下げは、国務院の「新十条措置」において提示された「合意貸出の管理改善」を実行するために行われたと考えるべきである。前述のように金利の引下げそのものが小型零細企業の資金調達難を緩和したり資金調達コストを低下させる効果はほとんどないものと思われる。しかし、従来から人民銀行による貸出、預金金利の変更はそれ自体の効果を主たる目的としたものではなく、窓口指導による貸出増加額のコントロール政策を変更する際に金融機関に対して人民銀行の意図を伝えるためのシグナルとして行われていた。今回の利下げも国務院から義務付けられた「合意貸出の管理改善」の意図を金融機関に周知徹底するためのシグナルであり、そのために責任者による説明を公表し「小型零細企業の資金調達コスト高を解決すること」が目的であると明示したと考えられる。すなわち今回の利下げはその直前に国務院が関係官庁に一斉に指示した「新十条措置」の他の措置と一体となってその一部として行われたものと理解すべきである。