第52号:植物科学
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スタート段階にある現代植物病理学

2011年 1月13日

周 俭民

周 俭民(Zhou Jianming):北京生命科学研究所高級研究員

1994年、パデュー大学園芸学博士号取得。
2010年~、北京市、国立北京生命科学研究所、研究員
2004年~2010年、北京市、国立北京生命科学研究所、准研究員
2002年~2005年、カンザス州立大学、植物病原菌准教授
1997年~2002年、カンザス州立大学、植物病原菌助教授
1994年- 1997年、パデュー大学、ポスドク準会員
1989年9月~94年5月、パデュー大学、博士研究助手
1987年~1989年、中央研究院遺伝学研究所、研究員
1984年~1987年、中央研究院遺伝学研究所、修士研究助手

主な研究

主な研究は植物病原菌の相互作用のメカニズムである、PAMPが引き起こす免疫とバクテリアによる病原性機序が含まれる。

 過去10年来、中国政府の農業バイオテクノロジーへの大量の経費投入のおかげで、植物生物学は中国で飛躍的に発展してきた。多くの分野において、中国の科学者はアメリカ、日本及びドイツのような先進国の科学者の研究レベルに達しているか或いは接近している。植物生物学のその他の分野と比べて、現代植物病理学が中国でスタートしたのは比較的遅く、全体的にレベルがまだ高くない。然し、帰国ブームに伴い、良好な訓練を受けたことがある一群の植物病理学者が中国で頭角をあらわし始めており、中国の現代植物病理学の研究水準は急速にレベルアップしている。

 重要な農作物病虫害に対する重視のおかげで、中国は水稲病虫害の研究が比較的に際立っている。いもち病はその内の焦点の一つである。早期の代表的な仕事は雲南農業大学の朱有勇教授が2000年にNature誌に発表した研究である。いもち病抵抗性のある稲の品種と大面積にわたって混作した場合、感染品種の発病率は大幅に低下し、生産量が著しく高まった。朱教授のこの研究から、大面積にわたって遺伝多様性の作物を栽培することは効果的な生態的手段として農作物の病害を抑制でき、生産量を高められることが十分に証明された。中国科学院遺伝・発育生物学研究所の朱立煌研究員は若干の抗いもち病の抵抗性遺伝子クローニングを完成した。彼が指導するグループは2007年に独特ないもち病抵抗性遺伝子である----Pi-d2を分離した。Pi-d2は一つの細胞表面の受容体タンパクをコーティングする。さらに2009年に彼らは比較ゲノミクスを利用して、もう一つのいもち病抵抗性遺伝子であるPi-d3を分離することに成功した。Pi-d2と違って、Pi-d3は一つの典型的なNB-LRR病害抵抗タンパクをコーディングする。これらの病害抵抗遺伝子の分離は稲の病害抵抗育種に有利である。病害抵抗遺伝子の分離のほかに、いもち病菌の病原メカニズムも研究の焦点である。例えば、福建農林大学の王宗華教授は2008年にいもち病菌の一つの低分子量GTPアーゼであるRac1が稲を侵入感染する時の重要な機能を報告した。Rac1はChm1と呼ばれるプロテインキナーゼと相互作用して分生子の発生をコントロールすると同時に、NADPHオキシダーゼによって付着器の発育を抑制することができる。分生子と付着器はいもち病菌が稲に侵入感染する病期に不可欠な発育の一環であり、これらの発見は新しい農薬の設計に役立つ。

 華中農業大学の王石平教授は近年、稲の葉枯病の抵抗研究において、一連の進展を得た。彼女の実験室は2004年に稲の葉枯病抵抗の広域スペクトル病害抵抗遺伝子であるXa26を報告した。当該遺伝子は一つの典型的な受容体キナーゼをコーディングし、もう一つ有名な病害抵抗遺伝子であるXa21とよく似ている。2006年のもう一つの研究では、王教授は葉枯病の細菌侵入感染にとても重要な稲遺伝子であるXa13を分離した。葉枯病細菌が侵入感染する場合、Xa13の発現を誘導してはじめて深刻な発病が起こる。xa13変異体はプロモーターDNA配列の変更がもはや細菌に誘導されないことから、稲植物が受ける侵害は軽い。王教授の最近の研究によれば、Xa13は維管束内の銅イオン除去機能を実行する可能性があり、このことはさらに細菌の維管束の中での生存に有利になる。Xa13はブドウ糖輸送タンパクを一つコーディングする可能性があり、葉枯病細菌はXa13を誘導することによってより多くの糖分を獲得するだろうと、最近米国の科学者数名が証明した。また、王教授の実験室は2008年にGH3-8遺伝子の病害抵抗における作用を報告した。GH3-8は一つの酵素をコーディングして、植物オーキシンをアミノ酸結合物に転化し、遊離状態のオーキシンを低下させる。更なる研究では、GH3-8の病害抵抗機能はサイトカラシンタンパクの発現を抑制することで実現されるとしている。

 トビイロウンカは中国南方の稲産地で深刻な虫害で、大面積にわたって稲の減産、倒伏をひきおこし、全く収穫できなくなる場合もある。微生物による病害と比べ、人々は植物をどのように識別して昆虫に抵抗するのかについて、知識が非常に少なくて、研究も非常に難しい。武漢大学の何光存教授は最近重要な飛躍を遂げた。はじめてトビイロウンカ抵抗性稲の遺伝子を分離したのである。当該遺伝子は典型的なNB-LRRタンパクを一つコーディングし、多くのよく知られた病害抵抗タンパクに非常に似ており、稲が類似する分子メカニズムでトビイロウンカと病原微生物を識別していることを示している。

 小松菜キサントモナスはアブラナ科植物例えば、油菜、キャベツ等の作物における重大な病原体である。中国科学院微生物研究所の何朝族研究員、方栄祥研究員、および広西大学の唐紀良教授はゲノムと機能ゲノミクスの比較を通じて当該病原体の進化の法則を発見した。同時に一群の新しい病原遺伝子も発見した。多くの細菌はクォーラムセンシングで一連の重要な生理機能に関連する遺伝子発現(ホストに対する病原性を含む)を調整する。中国科学院微生物研究所の方栄祥研究員は小松菜キサントモナスのゲノムにluxR-lux box-luxIに類似するクォーラムセンシングの遺伝子座(xccR-pip box-pip)が存在するのを発見した。PIP(プロリンイミノペプチダーゼ)がXcc病原性に必須であることを証明した土台の上で、方教授は細菌が植物に侵入し感染する時、XccRはpip boxがPIPの発現をポジティブコントロールすることによって、植物の中に細菌に識別される特殊なシグナル分子が存在することを示唆していると発見した。油菜生産のもう一つの主要病害は真菌による菌核病である。華中農業大学の姜道宏教授は最近この真菌からはじめて独特の一本鎖DNAウイルスであるSsHADV-1を分離した。重要なのは、SsHADV-1の感染によって真菌の病原性の低下に繋がることにある。これらの発見は油菜の菌核病の抑制に新しい考え方を提示した。

 遺伝子サイレンシングは植物のウイルス抵抗において重要な役割を果たしている。また、RNAに依存するRNAポリメラーゼのRDR6とRDR1はこの過程において重要な役割を果たしている。中国科学院微生物研究所の郭慧珊研究員は最近タバコRDR1 の新しい機能を発見した。彼女達の研究の結果、RDR1がRDR6の抑制しているウイルス抵抗遺伝子サイレンシングに対してネガティブレギュレーションの役割を果たしている可能性があるということがわかった。

 植物病害抵抗の科学的問題は実質的に免疫学の問題である。動物と同じように、植物も自分の免疫系を持っていて、侵入する病原微生物を識別することにより、防衛反応を有効に活性化する。但し、一部の病原体はそれでも植物の免疫系を克服し、病害を引き起こしてしまう。これらの病原体は農業生産において往々にして深刻な危害を引き起こし、食糧生産の安全を脅かす。農作物の病害をよりよく抑制するためには、植物がどのようにして病原体を識別しているのか、病原体がどのようにしてそのホスト植物に侵入して感染したのかを把握する必要がある。動物においては、細胞表面にある免疫受容体が強大な監視システムを形成し、微生物特有の一部の分子を直接に、迅速に識別し、シグナルを細胞核内に伝達し、防衛遺伝子の発現を起動する。植物細胞の表面にも機能の類似する受容体がある。例えば、植物細胞表面のFLS2とEFRタンパク質はそれぞれ細菌フラジェリンと細菌EF-Tuタンパクの受容体であり、CERK1とCEBiPは真菌細胞壁フラクションキチン質の受容体である。但し細胞表面の受容体が構成する免疫系の植物の病害抵抗における役割は2004年まで明確ではなかった。多くの病原微生物や、はなはだしきは昆虫すらも自分自身の一部の病原性タンパクをホストの細胞内に「注射」できる。これらのタンパクは病原体の病原性能力に不可欠である。例えば、モデル病原性細菌であるシュードモナスシリンゲはホスト細胞に対して30もの病原性タンパクを分泌することができる。但し、これらの病原性タンパクがどのように細菌の侵入、感染に協力したのかははっきりしない。細胞表面の免疫受容体のほかに、植物は胞内免疫受容体も沢山持っており、植物細胞内に侵入する病原体病原性タンパクを特異的に識別することができる。これらの胞内免疫受容体はどのようにして病原性タンパクを識別して、また免疫反応を起動するのか、及びそれらはどのように進化しているのかはまだ不明である。技術手段の制限や遺伝の複雑さのために、植物病害抵抗メカニズムの研究は重要な農作物の中で深く展開することが難しい。従って、研究しやすいモデル植物から必要な理論的知識を獲得する必要がある。シロイヌナズナと呼ばれるワイルドマスタードは「植物の実のハエ」という美称を持ち、植物病害抵抗遺伝と分子生物学研究の好材料である。

 北京生命科学研究所の周倹民研究員はその他のホストからのシュードモナスシリンゲを研究した時、これらの細菌はシロイヌナズナにおいて細胞表面の免疫受容体システムによって識別され、防衛反応を活性化できることを発見した。人為的にこの免疫系を妨害した場合、それらの本来シロイヌナズナ植物に病原性のない細菌も侵入、感染の能力を獲得した。この免疫系の形成により、陸地植物が大多数の病原体に侵入感染されないことを確保した可能性が高いと、これらの結果からわかった。もう一つ面白い結果はすでにシロイヌナズナに適応した病原性細菌に対し、この免疫系は侵入者を発見するのが難しいことである。更なる研究から、これらの細菌はまさにホスト細胞内に病原性タンパクを注射し、植物の免疫系を攻撃することによってステルスを実現していることがわかった。その次の5年間の研究では、彼らはシュードモナスシリンゲ菌の若干の病原性タンパクが植物の免疫系を攻撃するメカニズム(図1)を系統的に詳述した。例えば、HopAI1、HopF2、AvrBの3つの病原性タンパクはそれぞれ異なる生物化学活性によって、免疫シグナル通路にあるプロテインキナーゼであるMAPKを攻撃する。MAPKがリン酸化によってその基質タンパクを活性化するのは、動植物免疫シグナル通路において不可欠な一環である。HopAI1は動植物病原細菌の内の保守的な病原タンパクであり、それは直接にMAPK上の燐酸を不可逆的に取り除き、MAPKを不活化することができる。HopF2 はMAPKの上流キナーゼのMAPKKにADP-リボースを添加することにより、MAPKKの活性を抑制し、それがMAPKを活性化できないようにする。HopAI1やHopF2と違って、AvrBはMAPKを抑制しないばかりか、MAPK族の一つの特異なメンバーであるMPK4を活性化することができる。その他のメンバーと違って、MPK4の活性化は免疫反応を低下させる。AvrBがMPK4を活性化する生物化学メカニズムはまださらに究明する必要があるが、その機能は分子シャペロンのHSP90との相互作用で実現するのである。もう一つ重要な病原性タンパクはAvrPtoである。北京生命科学研究所の柴継傑研究員との協力研究から分かるが、AvrPtoがプロテインキナーゼの抑制剤である可能性が高い。植物細胞表面の免疫受容体のFLS2、EFR、及びCERK1はみなプロテインキナーゼであり、AvrPtoが攻撃するターゲットになる可能性が高い。周教授の実験室の研究では、AvrPtoが確かに直接にFLS2やEFRのような受容体を攻撃することによって植物の免疫反応を遮断することが証明された。最近、ドイツとイギリスの科学者はもう一つAvrPtoBと呼ばれる病原性タンパクも FLS2 とCERK1を攻撃することをそれぞれ報告し、これら免疫受容体は細菌が攻撃する重要なターゲットであることを示した。最近の一つの研究では、周教授のグループは病原性タンパクAvrPphBの新しいターゲットタンパクであるBIK1を発見した。AvrPphBはタンパク加水分解酵素であり、ホスト細胞内でその基質タンパクを特異的に分解することができる。BIK1はFLS2、EFR、CERK1の3つの受容体のいずれとも複合体を形成でき、病原体からの異なるシグナルを整合し、防衛反応を活性化することができることも彼らは発見した。遺伝実験で示されたのは、BIK1は植物免疫シグナル通路での重要なタンパクであることである。これらの結果からシュードモナスシリンゲの病原性タンパクはホストの免疫系の重要なタンパクを攻撃することによって、自分の侵入がホストに検知されにくくすることがよく分かった。また同時にもう一つの角度から、細胞表面の受容体の抑制する免疫系の植物に対する重要性を説明した。AvrPtoとAvrPphBに関する研究は、胞内免疫受容体が病原性タンパクを識別する進化方式と病原性タンパクがホストタンパクを攻撃する内在分子のつながりも明らかにした。

図1

図1. 病原性タンパクが植物免疫系を攻撃する図

◆植物細胞膜(plasmamembrane)にある免疫受容体であるFLS2、EFR、或いはCERK1がBAK1やBIK1と共に受容体の複合体を形成できる。
◆この複合体は生物からのフラジェリン(flagellin)、EF-Tuタンパク、或いはキチン質(chitin)を感受すると、下流のMAPKKとMAPKを含むシグナル通路を活性化し、免疫反応を起動する。シュードモナスシリンゲの病原性タンパク(赤色楕円)はこの通路の異なるタンパクをそれぞれ攻撃することにより、免疫反応を発生させないことができる。

 北京生命所の柴継傑研究員は構造生物学的手段で、胞内免疫受容体がどのように病原体の病原性タンパクを識別して免疫反応を活性化するのかについて回答した。トマトのPtoは胞内免疫受容体であるPrfがAvrPtoとAvrPtoBという2つの病原性タンパクを識別するための重要なタンパクである。Pto-AvrPtoとPto-AvrPtoB複合体構造の解析を通じて、柴教授のグループはPtoタンパクの中でPrfを活性化する重要なエリアを発見した。これらのエリアはAvrPtoとAvrPtoBを結合した後、直ちにPrfが抑制している免疫反応を活性化することができる。

 植物病原体の病原性タンパクは往々にして特殊な分泌通路から直接にホスト細胞内に入るが、高等病原体、例えば真菌や卵菌の病原性タンパクがどのようにしてホスト細胞に入るのかは今までよくわからなかった。西北農林科技大学の単衛星教授はアメリカのバージニア工科大学のBrett Tyler教授及び中国の南京農業大学の竇道龍教授と協力して、卵菌と一部の真菌病原体がホスト細胞に病原性タンパクを輸送する分子メカニズムを発見した。これらの病原体の1種の病原性タンパクはその特殊なアミノ酸配列がホスト細胞膜のホスファチジルイノシトール-3 - リン酸と結合し、細胞のエンドサイトーシスによってホスト細胞内に入る。これらの病原性タンパクは同じメカニズムで動物ホスト細胞に入ることができることも彼らは発見した。

 北京生命所の張躍林研究員は免疫受容体の作用メカニズムにおいて重要な進捗を遂げた。遺伝学と分子生物学の手段を利用し、張教授のグループはBIR1、SOBIR1、及びBAK1から構成する新しい細胞表面の免疫受容体の複合体を発見した。また彼らは、この受容体複合体のシグナル通路と胞内免疫受容体の機能とはカップリングであることも発見した。もう一つの研究で彼らは、SNC2と呼ばれる胞外免疫受容体型タンパクが胞内免疫受容体から独立するシグナル通路を抑制していることも発見した。また彼らは、SNC2がWRKY70と呼ばれる転写因子によって免疫反応を起動することも発見した。分子シャペロンタンパクHSP90及びその補助タンパクは胞内免疫受容体タンパクの正しい折畳み、成熟及び安定性に重要なコントロール機能を果たしている。張教授の実験室は、最近、SRFR1が新しい分子シャペロン補助タンパクであることを発見した。SRFR1がない植物では、複数の胞内免疫受容体タンパクの含有量が異常に多くなり、このことからSRFR1の機能はこれら胞内免疫受容体の水準を正常に維持し、エンドサイトーシスの発生を防ぐことにあることがわかる。彼らは、遺伝と生物化学分析によって、胞内免疫受容体のSNC1が直接に細胞核内のTPR1タンパクと作用し、ヒストン脱アセチルカアーゼのHDA19の機能に影響することにより、防衛反応遺伝子の発現をコントロールしている可能性があることも発見した。

 サリチル酸は植物免疫の中の重要なホルモンであり、病原体が侵入感染した時に大量に合成され、植物の病害抵抗性を強めることができる。但し、通常では、レベルが比較的低く、植物の通常の発育を保証する。周教授の実験室はEIN3とEIL1という2つの転写因子が正常の植物においてサリチル酸合成に重要な酵素遺伝子であるSID2の発現を抑制することを発見した。張教授の実験室はSARD1とCBP60gが、植物が侵入感染された時にSID2の発現を活性化する転写因子であり、植物の病害抵抗性に非常に重要であることを発見した。この2つの研究はサリチル酸合成の細かいコントロールメカニズムを詳述した。

 以上から分かるように、中国の植物病理学は重要な農作物、モデル植物、あるいは病原体の研究においても喜ばしい進捗を遂げている。2006-2010年に発表された高水準の論文は2000-2005年の5倍に相当し、研究水準は急速に発展する道に入ったことを示している。人材が増大するのにつれて、中国の科学者が植物病理学にさらに大きく寄与するであろうことは間違いない。