第172号
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発明・創作能力向上で世界に貢献を 荒井寿光氏が知財力の重要性強調

2021年01月26日 公益財団法人 全日本科学技術協会

 企業や国立研究開発法人の特許担当者たちに特許権などの知的財産(知財)を活用してイノベーションを生み出してもらおうという研修プログラムが始まった。まずは知財の重要性を理解する人材育成を、というのが主催者である全日本科学技術協会の狙い。オンラインで行われる4回続きの講義・演習に先立って22日、特許庁長官や知的財産戦略推進本部初代事務局長などを務め、知財の重要性を長年唱え、制度強化などを先導してきた荒井寿光氏が講演し、知財をめぐる世界の潮流と日本が直面する課題をわかりやすく解説した。

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荒井寿光氏(元特許庁長官・知的財産戦略推進本部初代事務局長)

経済発展促してきた知財

 荒井氏がまず強調したのが、知財がますます重要視されている世界の現状。特許出願数は年々増え続け、2018年には世界で332万6,000件に上る。これは10年前の1.8倍という数。この間、世界のGDP(国内総生産)は1.3倍しか伸びていないから、特許出願数は経済の伸びを上回る速度で増えていることを裏付けている。一部の先進国だけが特許を重視している結果でないことは、世界知的所有権機関(WIPO)に加盟している国が191カ国に上る事実からも明らか。193の国連加盟国中、WIPOに加盟していない国がわずか2カ国しかないことを示しているからだ。

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(荒井寿光氏講演資料から)

 1760年ごろに始まった第一次産業革命の引き金になった蒸気機関の発明、さらに1870年ごろに起きた第二次産業革命を代表する人物といえるエジソンは、蓄音機、映画など1,300件の特許を所有していた。パソコンの普及による第三次産業革命、2007年のインターネット登場によってもたらされたデジタル革命。荒井氏はこうした歴史を振り返り、知財が科学技術とともに発展してきた事実に注意を促した。

 第一次産業革命当時の知財の対象は製品だった。しかし、第二次、第三次産業革命、デジタル革命になるにつれ、製法や物質、ソフトウエア、システム・データと主たる対象は変化している。米国の代表的株価指数である「S&P500」に入っている500社の時価内容を見ると、時価総額に占める無形資産の割合が年々、増え続け2015年時点で84%に上る。こうした事実を列挙して荒井氏は、知財が企業を越えて経済力、政治力の強さをもたらす国家の資源ともなり、国際競争力の源泉となっている現状を明らかにした。

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(荒井寿光氏講演資料から)

建国以来、知財を重視してきた米国

 荒井氏が次に指摘したのが、米国の知財重視の伝統。1776年に英国から独立し、11年後の1787年にできた憲法に知財尊重が明記されている。1790年には特許法、著作権法がつくられ、初代大統領のワシントン、第三代大統領のジェファーソンが大きな役割を果たした。「特許システムは天才の火に利益という燃料を加えた」。米商務省の玄関の上にこんな言葉が掲げられているリンカーン第16代大統領も特許を重視したことで知られる。自身、浅瀬で浮揚する船に関する特許を1849年に取得している。

 こうした独立当初からの歴史に触れたうえで、世界の知財基準を主導することが米国の国家戦略となっている事実も荒井氏は詳しく紹介した。特許の対象を医療やソフトウエアに広げたことに加え、氏が挙げたのが、1995年の国際貿易機関(WTO)の発足。多角的貿易体制の基礎を築いたガット(関税および貿易に関する一般協定)の役割を拡大する形で設立されたWTOの設立協定付属書としてTRIPS協定がある。この協定は、国際的な自由貿易秩序維持形成のための知的財産権の十分な保護や、権利行使手続きの整備を加盟各国に義務付けている。「知的財産を保護しない国には貿易の自由を制限してもよいという規約が入った」。荒井氏はWTO発足が米国の戦略に合致していることを、このように解説した。

 米国の主要IT(情報通信)企業であるマイクロソフト、アップル、アマゾン、グーグルなどが特許件数の多い企業の上位を占め、これらIT企業は知財取引も活発。さらに特許に絡む裁判で確定した賠償額をみると米国がほかに国より突出して高額、つまり知財の価値が際立って高い。こうした現状も紹介し、「知財を重視し、世界の覇権を狙う」のが米国の戦略となっていることを荒井氏は指摘した。

知財強国路線突き進む中国

 米国の知財重視戦略に対する脅威となっている中国の現状はどうか。特許法を制定したのは1984年と先進諸国に比べ遅い。しかし「知財を無視した偽物づくりはやめろという米国からの圧力を理解した上で、2001年に国際貿易機関(WTO)に加盟し、輸出を拡大した」と荒井氏はみる。2008年には知財大国を目指す国家戦略が打ち出され、2016~2000年の基本方針を定めた「第13次5カ年計画」では、「知財大国」からさらに「知財強国」へと目標が強化された。

 特許協力条約(PCT)に基づく国際特許出願数で中国は2019年に5万9,000件と、2位の米国(5万8,000件)、3位の日本(5万3,000件)を上回った。企業別でもファーウェイが4,400件と1位だ。大学・研究機関も知財に関する教育だけでなく、知財の創出、実用化を重視している。さらに知財司法制度では米国を参考に整備を進め、2014年に北京、上海、広州に知識産権法院が設立され、2019年には日本や米国の最高裁判所に相当する最高人民法院に、知財を専門に扱う知識産権法廷が設けられた。「27人の専門裁判官がいる」と、荒井氏は中国で知識産権法廷が重視されている実態を解説している。

 証明が難しい知財をめぐる争いの特徴に対応するため「法定賠償」という米国にも日本にもない制度を導入していることにも注意を促した。賠償額が100万元(約1,600万円)以下の場合には裁判官の判断に任せるという制度だ。さらにインターネット放送による裁判の公開と判決の国際発信という知財裁判のIT化と国際化も新型コロナウイルス感染拡大前から進めている。

「米国が知財戦略に力を入れているのに対し、中国もきちんとやっていることを世界にアピールするのが狙い」。荒井氏は、科学技術、イノベーションの振興やベンチャーの振興といった目的のほかに、米国への対抗心が知財強国を目指す根底にあることを強調した。

日本も知財立国で経済社会の活性化を

 荒井氏が米国と中国の実情を紹介する中で繰り返し強調したのは、米中の知財戦争は必然という見通しだ。米国企業の技術や知的財産を中国企業に強制移転させたり、コンピューターネットワークへの不法侵入やサイバーを活用した知財の窃取に対する不満や、技術獲得を目的とした米国企業の買収に対する警戒感が米国に強いことを理由に挙げている。

 こうした状況にあって、日本がとるべき道は何か。荒井氏は、明治維新以来、知財が日本の工業化に貢献してきた歴史を紹介し、特に「知財立国を目指す」と表明した2002年2月の小泉純一郎首相の所信表明演説を機に「知的財産基本法」の制定をはじめとする40の法律制定・改正が行われたことに注意を促した。司法では東京高等裁判所の支部として知的財産高等裁判所が新設され、行政では荒井氏自身が初代事務局長を務めた知的財産戦略本部の新設といった推進体制整備が行われている。これらが十分、効果を上げていないというのが、荒井氏の懸念だ。

 米中新冷戦、新型コロナウイルスの感染拡大、デジタル革命といった新しい動きの中で、知財戦略を再点検する必要がある。このように指摘した上で氏は、良い製品を作る、新しい技術を開発すること以上にルールを決めるという国際標準化戦略が重要になっている現状と、そのための知財の重要性が一層高まっている現実を注視することを受講者たちに求めた。企業には知財を念頭に置いた研究開発など攻めの知財経営に加え、営業・技術秘密管理の点検といった知財防衛策を、大学・研究機関に対しては、知財を生み、育て、守るほか知財教育を強化する戦略が必要としている。

 さらに司法面でも損害賠償額の引き上げや権利者に役立つ法律改正、インターネットやデジタル技術の活用によって必要な時にはすぐ裁判にかけられる体制の整備が必要としている。こうした知財立国を目指す戦略の強化によって、日本人の発明・創作能力を発揮させ、日本の経済社会の活性化と世界文明の発展に貢献することを荒井氏は強く訴えた。

関連サイト

全日本科学技術協会「『知的財産力』養成・強化プログラム

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