第22号:中国環境と日中協力を考える
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中国の気候変動に対応するための国家方案の概要

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( 2008年7月20日発行)

中国の気候変動に対応するための
国家方案の概要

渡辺 格(JST北京事務所長)


 
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  中国においても、地球規模での気候変動問題は大きな問題であると捉えられている。2007年6月、中国の国家発展改革委員会は、国連気候変動条約に基づい て各国に要請されている実施計画として「 中国の気候変動に対応するための国家方案」を策定した。ここには、現状における中国の気候変動問題に対する認識 と、今後の対応計画が示されており、気 候変動問題に対する中国の基本的スタンスが表れているのでポイントを紹介したい。

 

 

(参考)中国国家発展改革委員会ホームページ
「新聞中心(ニュースセンター)」2007年6月4日付け
「中国の気候変動に対応するための国家方案」
http://www.ndrc.gov.cn/xwfb/t20070604_139486.htm

1.「中国の気候変動に対応するための国家方案」で示された中国政府のこれまでの経緯と現状認識

(1)中国における気候変動の現状

  「中国の気候変動に対応するための国家方案」に示されている中国における気候変化の現状に対する認識は以下のとおりである。

○ここ100年来の中国の平均気温は0.5〜0.8℃上昇しているが、これは全地球的な気温上昇の平均レベルより若干高い。特にここ50年間の上昇 傾向が明らかである。地域的に見ると、西北地方、華 北地方の温暖化傾向が顕著であり、揚子江以南の地域ではこの傾向はあまり明確ではない。季節的に言え ば、冬季の温暖化が最も明らかであり、中国では20年間連続で全国的な暖冬傾向が続いている。

○降水量については、ここ100年間を通してみると、全国平均レベルでは必ずしも明瞭に変化が見られるわけではない。長期的に見れば1950年代以 降、全国平均レベルでの降水量の減少傾向が見られ、1 0年ごとに2.9mmのペースで減少が続いており、特に1990年〜2000年に掛けてややその傾向 が大きくなっている。地域ごとに見ると、華北の大部分の地区、西北部の東部、東 北地方の降水量の減少は顕著であり、10年ごとに20〜40mmのペースで 減少しており、その中では華北地方の変化が最も大きい。華南地方及び西南地方では、降水量は明らかに増加しており、そ のペースは10年ごとに20〜 60mmのペースである。

○ここ50年来は、中国における「極端気象現象」が起きる頻度とその強度は明らかに変化している。華北地方及び東北地方では、干ばつの傾向が大きく、揚子 江中流・下 流地域と東南地方においては洪水の被害が大きい。1990年以来、全国の年間降水量は平年より多くなっているが、南方では大雨、北方では少雨の 傾向が続き、北方での干ばつと南方での洪水の被害が頻発している。

ここ50年来、中国沿海地域での平均海面上昇のスピードは年2.5mmであり、これは全地球レベルの平均値より若干高い。

○中国の山岳地帯にある氷河の退縮が速まっており、そのスピードは加速する傾向がある。

(2)中国における温室効果ガス排出の現状

○1994年における中国の温室効果ガス放出量は二酸化炭素換算で40.6億トン(炭素吸収源を除いた純放出量で36.5億トン二酸化炭素換算 量)。このうち、二酸化炭素放出量は30.7億トン、メ タン7.3億トン二酸化炭素換算量、酸化窒素2.6億トン二酸化炭素換算量である。中国の専門家に よる初歩的な推計によると、2004年の中国の温室効果ガスの放出量は61億トン二酸化炭素換算量( 炭素吸収源を除いた純放出量で56億トン二酸化炭素換 算量)。このうち二酸化炭素の放出量が50.7億トン、メタンが7.2億トン二酸化炭素換算量、酸化窒素が3.3億トン二酸化炭素換算量である。1994 年から2004年までの間、中国の温室効果ガス放出量は年平均4%で増加した。温室効果ガスのうち二酸化炭素が占める割合は1994年の76%から 2004年の83%に増加した。

○中国の温室効果ガスの放出量は歴史的には低く、現在でも一人あたりの放出量は世界平均レベルを下回っている。世界資源研究所の計算結果によれば、 1950年における中国の化石燃料の燃焼による二酸化炭素の放出量は7,900万トンであり、これは当時の世界の総排出量の1.31%に過ぎなかった。 1950年〜2002年の累計で見ても、中 国での化石燃料の燃焼による二酸化炭素の放出量は、世界の同時期の放出量の9.33%にしか当たらない。 2004年における中国の化石燃料燃焼による二酸化炭素放出量は一人あたり3.65トンであり、こ れは世界平均水準の87%、OECD諸国の33%に過ぎ ない。

○中国は、経済を発展させると同時に、単位GDPあたりの二酸化炭素放出量を減らしてきた。国際エネルギー機関(IEA)の統計データによれば、1990 年の中国における単位GDPあたりの二酸化炭素放出量は5.47kg/ドルであったが、2004年には2.76kg/ドルに減った。これは単位GDPあた りの二酸化炭素放出量をこの14年間で49.5%減 少させたことを意味する。同じ時期の世界平均の単位GDPあたりの二酸化炭素放出量の減少は 12.5%、OECD諸国の同じ数字は16.1%に過ぎない。

(3)中国によって行われてきた気候変動抑制のための努力

○中国は、1980年以降、大きな経済成長を遂げてきたが、中国政府はその中で、省資源・省エネルギー政策を進めてきた。1991年〜2005年までの中国の経済成長は年平均で10.2%であったが、同 じ期間のエネルギー消費量は年平均で5.6%しか伸びていない。

○GDP1万元を生み出すために必要なエネルギー量は、1990年には標準石炭換算で2.68トンであったが、2005年には1.43トンに減少している (貨幣価値は2000年価格で計算)。こ れは年平均で生み出す単位GDPあたりに必要なエネルギー量を年平均4.1%の割合で減少させてきたことになる。 また、工業部門での省エネ化も進めた。6,000kw以上の火力発電所においては、1 kwhの電力を発生するために1990年には427グラムの標準石炭 が必要だったのに対して、2004年には376グラムで済むようになった。重 点企業における鉄鋼生産に必要な石炭量も鉄鋼1トンあたり標準石炭量で 997kgだったものを702kgに減らし、大中小企業のセメント製造業の総合エネルギー消費も201kgから157kgに減少させた。こ れらを計算する と、1991年〜2005年の15年間において、中国は経済構造の変化とエネルギー利用効率の向上によって累計で約18億トンの二酸化炭素放出を減少させ たことになる。

○中国では、エネルギー構造も変化させてきている。中国の第一次エネルギーに占める石炭の割合は1990年の76.2%から2005年の68.9%に減少 している。石油、天然ガス、水 力発電の占める割合は1990年にはそれぞれ16.6%、2.1%、5.1%だったが、2005年には21.0%、 2.9%、7.2%にそれぞれ上昇している。

○このほか、メタンガスの利用(年産15億立方メートル)、バイオマス発電(発電容量200万kw;うちサトウキビ絞りカスによる発電170万kw、ゴミ 発電10万kw)、穀 物を原料とするエタノールの生産能力約102万トン、風力発電所60か所以上(発電容量126万kw)、太陽光発電の総容量7万 kw、そのほか太陽熱水器の集熱面積8,500万平方メートルなど、2 005年における中国の再生可能エネルギーの利用量は(水力発電も合わせて)標準石 炭で1.66億トンに達している。これはエネルギー消費総量の約7.5%を占め、3 .8億トンの二酸化炭素放出を削減したことになる。

○中国の人工造林面積は5,400万ヘクタールで、人工林面積では世界一である。国土のうち森林が覆う面積は1990年代初期の 13.92%から2005年には18.21%に増加した。植 林活動による森林面積の増加のほか、「退耕還林還草」(一度人間の手によって耕地になった土地 での耕作をやめ、森林や草原に戻す活動)、都市部での緑化面積の拡大などを行っている。専門家の推計によれば、こ れらの造林活動により1980年〜 2005年の累計で約30.6億トンの二酸化炭素を吸収し、森林管理によって累計16.2億トンの二酸化炭素を吸収し、森林の伐採によって生じる二酸化炭 素放出を4.3億トン減少させた。

○中国では1970年代から「計画生育政策」(いわゆる「一人っ子政策」)によって人口の増加を抑制してきた。この「計画生育政策」により2005年まで の累計で3億人以上の人口を抑制したと見積もられている。人口一人あたりの二酸化炭素放出量を用いて計算すると、これにより2005年の1年間だけで約 13億トンの二酸化炭素放出を削減したことになる計算になる。

○このほか、省資源・省エネ関連の各種法令により、中国は温室効果ガス削減に努力してきている。また、「全地球気候変動予測・影響及び対策に関する研究」 「全地球気候変動と環境政策の研究」な どの国家重大研究プロジェクト、「中国の重大気候と気象災害発生機構と予測に関する理論研究」「中国の陸域生態系と 炭素循環及びその機構に関する研究」などの研究プロジェクトを実施し、「 気候変動に関する国家評価報告」をとりまとめて、国連気候変動枠組み条約における 検討に対して科学的データを提供した。

(4)気候変動問題に関して中国が持っている特徴

○中国は、北アメリカや西ヨーロッパに比べて自然条件が厳しい。冬は厳しい寒さ、夏は過酷な暑さになる地域が多く、生活のための温度調整には多くのエネル ギーを消費する。また、中 国の降水量分布は地域的に不均一である。中国の気象災害は、その被災面積が広く、災害の種類も多く、災害の程度も大きく、被災人 口も多い、という点では、世界にほかに例を見ない。

○2005年における中国の森林面積は国土の18.21%に過ぎない。4億ヘクタールの草原があるが、その多くは高地寒冷地帯の草原またはステップである。2 005年における中国の砂漠の面積は263万平方キロであり、これは国土面積の27.4%に当たる。

○中国は石炭の生産量が豊富なため、第一次エネルギーは石炭が主となる。

○中国は人口が多く、2005年には大陸部だけで13.1億人に達している。これは世界人口総数の20.4%に相当する。このうち都市に住んでいるのは 43%に過ぎず約7.5億人は農村部に住んでいる。従 って、中国の一人あたりのエネルギー消費量は低い。2005年の一人あたり商品となって売られている エネルギーの消費量は標準石炭換算で1.7トンであり、これは全世界平均の3分の2しかなく、先 進国の水準には遠く及ばない。

○さらに中国の経済発展の程度は一人あたりにするとまだ低い。2005年の一人あたりGDPは1,714ドルであり、全世界の平均レベル の4分の1程度である。中国国内での地域格差も大きく、2 005年の数字では中国東部地区での一人あたりGDPは2,877ドルであるのに対し、西部地区 では1,136ドル程度しかない。都市と農村の格差も大きく、2 005年の都市部の一人あたりの可処分収入は1,281ドルであるのに対して、農村住民の 純収入は397ドルしかない。2005年末の時点で、中国の農村部には一人あたりの年収が683元(約10,000円)に 満たない貧困人口が2,365万 人もいる。

2.「中国の気候変動に対応するための国家方案」で示された中国政府の到達目標

(1)温室効果ガス抑制のための目標

○2010年の単位GDPあたりの二酸化炭素放出量を2005年のそれより20%前後低くする。

○原子力発電の建設を強力に進め、2010年までに一次エネルギーにおける原子力発電の割合を10%前後に高める。

○金属、建築材料、化学工業などにおける温室ガス放出削減を進め、2010年までに工業部門における酸化窒素放出量を2005年の水準に留めるよう努力する。

○2010年までに森林カバー面積20%が実現できるよう努力し、二酸化炭素吸収量を2005年よりも5,000万トン増加させる。

(2)気候変動適応能力増強に関する目標

○砂漠化防止、塩害地域での灌漑農業の拡大、気候変動に対して脆弱な水資源確保システムの改善など。

(3)科学研究と技術開発の強化に関する目標

○2010年までに気候変動研究に関する領域で国際的な研究水準に到達する。

○エネルギー源の開発、省エネ・クリーンエネルギーの開発を行うほか、農業、林業等において気候変動に対応した技術水準を向上させる。

 

3.中国の気候変動に関連する対応政策及び措置

(1)温室効果ガス抑制に関するもの

○水力発電の開発、原子力発電の開発、火力発電の改良、バイオマス・エネルギーの活用、風力・太陽エネルギーなどの再生可能エネルギー利用の推進などエネルギー生産の転換を図る。

○産業における省エネ・省資源を推進する。

(2)気候変動への適応推進に関するもの

○農業分野において、乾燥、高温、病虫害等に強い品種を開発する。

○森林資源と自然生態系システムの保護を強化する。

○「南水北調」(揚子江の水を黄河より北の地域へ送るプロジェクト)を進めるとともに、揚子江、黄河、淮河、海河の4つの大河を結ぶ水路を建設し、継続して水資源の調整と水利政策を推進する。節 水型かんがい手法や乾燥に強い節水型植物の開発などを行う。

4.気候変動に関する中国の国際協力

(1)中国の基本的立場

○中国は、気候変動枠組み条約の締約国としての「共同に果たすべき各国の役割に応じた責任」を果たす。発展途上国においては、歴史的には温室効果ガスの放 出量は少ないほか、現 在でも一人あたりの温室効果ガスの放出量は少なく、一方でその主要な任務は持続的な発展を実現することである。中国は発展途上国とし て、持続可能な経済発展路線を進める中で、エネルギー効率を高め、省 資源を推進し、再生可能エネルギーの利用を進め、生態系を保護し、植樹造林等を強力に 実施し、温室効果ガスの放出抑制に努力し、全地球の気候変動抑制に対して貢献する。これらが中国の基本的立場である。

○中国は、国際社会とともに、気候変動適応分野における国際活動と条約の制定に積極的に参与する。

○地球規模で技術の恩恵を享受するため、国際協力と技術移転を促進すべきである。国際技術協力基金を設立し、幅広い発展途上国が環境にやさしい先進的な技術を導入したり利用したりできるようにすべきである。

○気候変動枠組み条約は、気候変動に対する目標と原則を承諾するように求め、「京都議定書」の基礎の上に立って先進国による2008-2012年の温室効 果ガス放出削減目標をさらに一歩進めて規定し、各 締約国が気候変動枠組み条約と「京都議定書」の各条項を承諾し、先進国が率先して温室効果ガス削減のため の行動を実施し、発展途上国に対する資金提供と技術移転をすることを承諾するよう求めている。中 国は責任ある国家として、気候変動枠組み条約と「京都議定 書」に示された責務を履行する方針である。

○気候変動枠組み条約と「京都議定書」は、地域ごとの気候変動に対する協力を排除するものではない。いかなる地域ごとの協力も「気候変動枠組み条約」と 「京都議定書」を補充するべきものであって、そ れらに代わったり、それらの効果を弱めるものであってはならず、気候変動に対する各分野において前向きな意 味を持つものでなければならない。中国はこのような精神に則って、気 候変動に関する地域協力を進めていく方針である。

(2)気候変動に関する国際協力

○「気候変動観測技術」「温室効果ガス放出抑制技術」「気候変動に対応する技術」の各分野において技術移転と国際協力が必要である。

○以下の点での国際協力が必要である。

  • 基礎研究、政策分析のための人材養成
  • 気候変動への適応に関する研究プロジェクト、極端気象現象に関する分析研究、沿岸部・水資源と農業との関係における気候変動適応能力の向上
  • 先進技術を移転し、それを消化吸収する能力の向上
     
  • 一般公衆の意識の高揚
     
  • 気候変動情報データ共有プラットフォームと国際的な情報提供サービスの確立
     
  • 気候変動の影響の評価、将来の温室効果ガス放出予測の方法、温室効果ガスデータベースの確立など。