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【16-003】阿門(アーメン)、素食(スーシー)、放生(ファンション) 中国宗教体験―ことばから見る中国社会

2016年11月17日

河崎みゆき

河崎みゆき:上海交通大学日本語学科常勤講師
國學院大學文学部大学院修士
華中科技大学中文系応用言語学博士学位取得

略歴

1989年、千葉県社会福祉協議会中国帰国者センターで日本語を教える。2005年2月より華中科技大学日本語学科で8年半日本語を教え、現在、上海交通大学日本語学科常勤講師。専門は日本語教育および中国社会言語学。日本語ジェンダー学会評議員

 中国でキリスト教や仏教の信者が増えていることについては日本のメディアの伝えるところである。信者数が一体何人なのかについては、キリスト教徒で2000万人~1億3千万人とその説に幅がある(1)。2014年の人民網の記事では2300万人から4000万人だろうという(2)。一方、仏教徒は比較的信頼のおける記事でも2―3億人(3)

 数ヶ月前日本の某メディアが中国における仏教の広がりを報道し、また同じような論調の記事も目にし、そうだろうかと違和感を覚えた。伝えるところでは、どれも「減速する中国経済、金儲けに疲れて、将来の希望を失い若者の信者も急増」と言った描き方である。

 これを100%否定するわけではないが、少なくとも私の周りで仏教を信じる中高年の友人たちや、学生たちを見ていて、ある種のバイアスのかかった見方であるように感じるのだ。

 全国的な調査をした結果ではないが、私の中国でのキリスト教体験と、最近身辺に多い仏教徒の友人たちのケースから見えてくるものを紹介したい。

阿門(アーメン)―キリスト教の祈り

 上海交通大学に赴任したばかりの時、北京大学大学院を卒業した教え子から、まだ知り合いも少ないだろうから紹介したい人たちがいると言われ、聞くとキリスト教のグループの人たちだという。日本の私の友人にはクリスチャンが何人もいて、どの人も優しく、信念があってボランティア活動にも熱心で、学ぶところも多い。アメリカに1年住んだときにも、教会の英会話クラスに参加した経験もある。「とりあえず聖書を一つの古典としてアカデミックな意味で学ぶのでいい?」と尋ねると、それでよいという答えがかえってきたので行ってみることにした。

 指定されたのは、家の比較的近くの香港料理レストランだった。若い女性が4人ほど。どの人もエリートOLで、1人は武漢の出身で、おそらく私が武漢の大学から移ってきたことを考慮してのことだろうと思えた。最初は上から目線だったが、話をするうちに、次第にそれはなくなり、その日は食事もご馳走してくれた。美味しい食事や、初めてなのに姉妹と呼び合っているその暖かさ。どこの都市へ行ってもそうした仲間が迎えてくれるという。特に都会の孤独な人には居心地がよいはずだと思った。

 彼女たちから、大学の教師グループの方に参加するように言われ、物理学の教授を紹介された。夜の家庭集会まで時間があるのでご自分の研究室で待つように言われ、理系の先生の研究室の立派さにただただ驚きつつ研究テーマについて尋ねた。すると、ダークマタ―(dark matter;宇宙の構成要素の4分の1弱を占める、目に見えない「暗い物質」)だと話してくれた。30代後半で、北京大学からアメリカのコロンビア大学に進み博士を取った宇宙物理学者が、宇宙の目に見えないものを研究してキリスト教にたどり着くというのは必然かもしれない。その夜は、集会場となったある方のマンションから車で家まで送ってくれた。運転しながら、最初はアカデミックな興味でもいいですから…と熱心だった。天主教がカトリックなので、彼らは「新教」プロテスタントに当たる。奥さんは共産党員だそうで、集会は共産党に反対するものでなければいいとされているということだった。信教の自由は憲法36条で保障されている(4)

 集会はお食事のあと、1人1段落ずつ聖書を読み、信仰が長い人が説明を加えていくというもの。そして最後に、毎回、誰かのために祈り、それは病の床にある子どものためであったりするのだが、ある大学の先生が、「私のために今日は祈ってください」と手をあげた。理由は何かというと、「最近、マンションを探している。よいマンションが見つかれば、こういう集会を家で開くこともできる。だからマンションが見つかるよう皆さん祈ってください。」だった。「阿門(アーメン)。」

 そこにいた人が、何事もなく、阿門(アーメン)と口をそろえて言った。あまりに物質的な祈りに唖然していたのは、私だけのようだった。

 2回ほど行って、冬休みとなり、次の学期は授業の関係でそのキャンパス近くの夜の参加は難しくなり、自宅近くの集会場を紹介された。アメリカ暮らしの長い、お金持ちの台湾人の方の自宅で、高層マンションでお手伝いさんが参加者のために何種類もの料理を作っていた。こちらの集会は、あまりにも「入信しなさい」という雰囲気が強く、聖書を読み物としてとりあえず読みたい私には続けられなくなった。

 家庭集会は基本的には持ち回りで、お料理を作って一緒に食べ、聖書を語り、神へ祈ると言うもの。地縁血縁の結びつきが強く、それ以外の人には冷たい中国で、地縁血縁の枠を離れた人のつながりにひかれるのは、特に都会にあっては理解できると思った。

素食(スーシ―)、放生(ファンション)

 前任大学のある武漢でも、一番親しかった友好協会女性副所長のZさんは仏教徒で、よく一緒に食事すると、お寺の近くの素食(精進料理)のお店だったり、自宅に呼ばれて手作りの料理をご馳走になっても、野菜中心で、お鍋などを一緒に食べる時には、「あなたは肉を食べなさい。私は野菜を食べるから」と言われた。

 上海でも、東京の友人に紹介された上海人も仏教徒だ。お食事会に顔を出すと、6-7人の集まりで、某航空会社で同僚だったという中年女性ばかりだった。武漢などのお寺の経営する精進料理ではなく、南京西路の繁華街のビルにある精進料理のお店で、話によれば商才のある若い女性が、美味しくて新しい精進料理を研究しメニューに出している店なのだそうだ。

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写真1 まるでお刺身かお肉のようなおしゃれな精進料理

 上海の精進料理といえば、谷崎潤一郎の『上海交遊記』にも出てくる老舗「功徳林」が有名だが、そこはどうかと聞いたら、こちらの方がおいしいそうだ。このようなカジュアルなお店を含め上海にどのくらい素食のお店があるか、中国のグルメサイトで「上海、素食」で検索してみると何と200軒以上ある(5)。確かに、自宅近くにも」創作精進料理のやや高いお店があって、食べたことがある。

 友人は某大学教授夫人であるが、このグループの人たちは日本で暮らしたことがある人が2人、欧米で暮らしたことがある人が3人。国際的な感覚もあり、豊かな生活をしている人たちだ。集まった人のほとんどが仏教を信仰しているという。肉を食べる人と食べない人がいるが1カ月に1度集まってランチを楽しんでいる。

 一度、「放生」に誘われたが、忙しくて行けなかった。「放生」とは何かと言うと、魚屋に売られている生きた魚を買い取って、川や海に戻すのだそうだ。仏教信者の善男善女が千匹の魚を湖に戻したというような記事も目にする(6)が、確かに壮観だ。きたない川に戻したら魚が死んでしまったというような皮肉もネットで語られている。

 若者の信者についていえば、今の教え子の中にも仏教徒が3-4人いるが、話しを聞くと親の影響で、親に連れて行かれ、山にこもったとか、休みの日にシルクロードの寺院に行ってきたなどと言っている。少なくとも彼らを見ていると、「減速する経済、希望の持てない社会に不安を感じて」仏教を選択したとは思えない。理由を聞いてみても、なんとなく親からの影響でと言う。

 タクシーに乗るとよく運転手さんと話をするが、運転手さんのお母さんが熱心に仏教を信じていると言う。封建主義の時代に生まれ、共産党の嵐に巻き込まれ、文化大革命、改革開放と価値観の変化を体験して、動かぬものを信じたいからという説明を聞きなるほどと思ったことがある。

 友好協会の友人は、離婚がきっかけになったようだった。北京大学大学院卒の教え子はお母さんの病気がきっかけだと聞いている。

 学生の親たちと、前述の素食を食べに行くグループのたちと同年代だ。ある男子の家庭は肉なしで育っている。貧乏なのだからではない。父親は国学を愛し、中国の文化に詳しい。

 むしろ衣食足りて礼節を知る。国が豊かになって、心の豊かさを求めるようになり、中国文化を取り戻そうとするとき、仏教が中国人の理想の生活の形にフィットするのだと思う。宗教は人の心を救うものなのだから、確かに心の安定を求める気持ちはあるだろう。放生は2万匹規模のところもある。飢えていてできることではない。街には、仏像の似合うお茶屋さんができ、まるで日本の旅館かと思えるような静かな空間の本屋も現れている。中国茶をたしなみ、古琴を弾き、そうしたライフスタイルに仏教が馴染むのだと思う。文化の復興とも関係しているだろう。

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写真2 静かな和風とでも言いたくなる本屋 中国茶も注文できる

 一部の日本のマスコミは中国崩壊の絵図を描くのが好きなように思えてならない。

 キリスト教の家庭集会で会った人たちの多くは、欧米の留学経験や、外資系会社に勤めている人たちだった。

 それぞれの生活スタイルの選択。そこにそれぞれの中国の宗教の拡大が関係しているのではないだろうか。

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写真3 あるインテリア雑貨店に売られていたブッダ


(1)中国的基督徒人数到底是多少?(中国のキリスト教徒は一体どのくらいの数か)中国民族宗教網 呉貴華 2012-04-02 http://www.mzb.com.cn/html/report/289230-1.htm

(2)中国基督教信徒人数在2300万至4000万之间(中国乃期リス呂京信者数は2300-4000万人の間) 人民網 2014年08月06日 Http://politics.people.com.cn/n/2014/0806/c1001-25409597.html

(3)复兴三十年:当代中国佛教的基本数据(復興30年:現代中国仏教の基本的データ) 易網2016-02-24 http://foxue.163.com/16/0224/09/BGJ3KPR003240M1I.html#

(4)中華人民共和国憲法 http://www.gov.cn/gongbao/content/2004/content_62714.htm 第三十六条 中华人民共和国公民有宗教信仰自由

(5)上海 素食(上海精進料理)大衆点評 http://www.dianping.com/search/keyword/1/0_%E7%B4%A0%E9%A3%9F/p17?aid=17166215%2C66533377%2C5669340%2C58980605%2C20780013%2C5414740&cpt=17166215%2C66533377%2C5669340&tc=2

(6)济南善男信女花千元买鱼扎堆放生 场面壮观(済南で善男信女 千元払って魚を放流 壮観な眺め) http://news.youth.cn/jy/201602/t20160223_7662978.htm


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