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【21-011】《量子技術》中国の量子技術開発の方向性について

JST北京事務所 2021年02月25日

1. 概要

 世界各国で量子技術に関する研究開発競争が激化している中、中国においても量子技術は重要な分野とされ、研究開発に力を入れている。最近の中国の動きを見ても、2020年7月に量子科学実験衛星「墨子号」を介した1,000kmクラスの距離での量子機密通信を実現[1]し、また無線通信と比較して光子の減衰率が高い光ファイーバーを用いる有線通信においても、同年9月に10kmの距離を4kb/sの通信速度による量子秘密電話実現が発表[2]された。更に同年12月には中国量子コンピュータ「九章」による量子超越性が実証されたと発表[3]され、活発に研究開発が推進されていることが見られる。

 このような流れの中、中国共産党中央政治局は、2020年10月16日に習近平総書記が主催する量子技術の研究と応用の展望に関する第24回研究会を開催した[4]。習総書記は主催者としてスピーチを行い、現在世界は百年ぶりの大変革の渦中にあり、科学技術イノベーションは重要な変数の一つある。大変革の渦中にありながらも新機軸を打ち出し、科学技術イノベーションに解を見い出す必要がある。そして科学技術の発展を推進する重要性と緊迫性を十分認識し、量子科学技術の発展戦略計画とシステム配置を強化し趨勢を見極めた上で、先手を打つ必要があると強調した。

 そして清華大学の薛其坤副学長・中国科学院院士は、この問題について説明し、意見・提案を述べた。

2. 研究会における習総書記スピーチのポイント

・ 量子技術は従来の技術システムに影響を与え再構築する大きな破壊力を秘めた技術イノベーションであり、技術革新と産業革新をけん引する。

・ 量子技術の開発を加速することは、国家安全保障を確保する上で非常に重要な役割を果たす。

・ 当研究会を開催する目的は、世界の量子技術の開発動向を理解し、中国の量子技術の開発状況を分析することにより、中国の量子技術の研究開発をより促進することである。

・ 中国の研究者およびエンジニアは国際的な影響力を持つ多くの主要なイノベーションを起こしており、量子技術の分野においても国際的にそん色のない能力を有している。

・ しかし同時に、中国の量子技術の開発には多くの欠点があり、開発は複数の課題に直面していることも認識する必要がある。我々は、独立したイノベーションの道を確固として進み、キーテクノロジーおよび主要な分野で自立し、産業チェーンとサプライチェーンのセキュリティを確保し、国際的なリスクと課題に対処する必要がある。

・ そのためにも、中国の量子技術の開発を経て得た経験を体系化し、外国の有益な知見に学び、量子技術の開発動向を詳細に分析し、突破口を見出すことを通じ、量子通信等の戦略的振興産業を育成し、量子科学技術の国際競争においてトップを占め優位性を確保する必要がある。

・ 体系化能力を形成するために、長期間の重大プロジェクトの中でトップレべルの設計と展望を強化し、学際的研究や多くの技術分野の統合イノベーションを強化する。

・ また支援のための政策改善も重要であり、量子技術分野への設備投資の確保し、地方政府や企業、社会からの投資を促し、基礎研究への資金投入を増やし、研究管理と組織を改善する必要がある。

・ さらに高度な才能を有する人材チームを育成する必要がある。重大な発明や創造、破壊的イノベーションの鍵は人材にある。体系的でハイレベルな才能トレーニングのプラットフォームを構築の上、カリキュラムを形成し、「未開の地」に果敢に挑む若く才能に富む世界クラスの研究者および軍を率いる人材を育成する。

・ 一流の研究者に財政的な自主権と技術路線の決定権を与える信頼を前提とした責任体制を確立する。併せて研究者に対する業績評価体系を充実させ、研究者を不当な経理管理や人材評価等から解放し、科学技術イノベーションを促すエコシステムを構築する。

・ 教育の改善により育成された高度な人材が、大学および研究機関において量子技術の基礎研究を進め、その成果を積極的に企業に移転するという、教育・研究・生産の統合を深化させた共同イノベーションを促進する必要がある。

・ また量子技術分野での国際協力も強化し、国際競争力を高める必要がある。

3. 清華大学の薛其坤副学長による説明および提案等の解説[5](後日行われたインタビューから。上述の内容と重複する部分は割愛。)

・ 量子技術の開発を加速することは、国家安全保障を確保する上で非常に重要な役割を果たす。

・ 量子力学は100年以上にわたって確立され、現代の情報技術、コンピュータ、通信、高密度情報ストレージおよびGPSにつながっている。これらにはすべて量子技術が応用されている。

・ 本研究会の対象である量子コンピュータおよび量子通信は、量子システムの積極的な設計と量子の応用開発に重点を置いた第二世代の量子技術である。情報化時代の到来は、実際には量子技術と密接に関係している。第二世代の量子技術は、より明白で直接的になった。

・ 例として、北斗[6](中国版GPS衛星)の時間測定システムでは量子精密測定センシングにより高い精度を実現しており、量子技術がGPSや衛星ナビゲーションへの重要な応用である。また最近の量子衛星での実験では千キロ級の量子鍵の配布が実現した。基礎研究にしても、量子通信・量子コンピュータにおいても中国には多くの利点がある。

・ 中国でも多くの成果を生み出しているが、同時に多くの欠点もあり、現在の情報技術の欠点と少し似ている。例えばサポート機器や主要なコアコンポーネント等が挙げられる。欠点を解決するために、ハイエンドの技術材料や機器等のコアコンポーネントを強化することが必要である。

・ 量子技術の中には短期間に経済社会の発展が見込める技術もあるものの、未だ多くは量子コンピューティング等の基礎研究の段階である。現在国際的に提出されている技術案は7、8種類あり、依然として基礎研究は必要である。基礎研究段階を突破することで量子コンピュータ開発段階に進めることができるため、国際協力を進め、求められる人材育成を強化する必要がある。

・ 明確な応用目標を持たない多くの基礎研究や科学的調査とは異なり、量子情報技術を含む量子技術はより明確な応用の見通しを持っている。そのため量子技術の理論的研究成果を実用的かつ工学的に変換する速度と効率を改善することが非常に重要である。展開時には産業界・大学・研究機関の連携を考慮し、基礎研究と応用の緊密な統合により効率と開発速度が高まることとなる。


1. JST Science Portal China 2020年7月10日付「【20-040】中国、無中継で1,000㎞クラスの量子機密通信を実現

2. JST Science Portal China 2020年9月24日付「【20-049】《量子技術》北京量子情報科学研究院、"直接通信"方式のプロトタイプを開発

3. JST Science Portal China 2021年1月22日付「【21-001】中国量子コンピュータ「九章」による量子超越性の実証について

4. 中央广播电视总台央视新闻 2020年10月17付 "习近平:深刻认识推进量子科技发展重大意义 加强量子科技发展战略谋划和系统布局"

5. 中央广播电视总台中国之声 2020年10月19付 "中央政治局为何集体学习量子科技?"

6. JST Science Portal China 2020年10月21日付「北斗3号運用開始 測位精度は1センチに

以上