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【21-001】中国量子コンピュータ「九章」による量子超越性の実証について

JST北京事務所 2021年01月22日

1.概要

 中国科学技術大学の潘建偉、陸朝陽等の研究チームは、12月4日、中国科学院上海マイクロシステム、国家並列コンピュータ工学技術研究センターと協力して、76個の光子を用いた量子コンピュータのプロトタイプ「九章(※1)」の作成に成功したと発表した。

 この成果により、量子計算研究の一里塚となる「量子超越性(※2)」が実証された。[1]

(※1)九章
中国古代の数学専門書「九章算術」に由来。

(※2)量子超越性
カリフォルニア工科大学のジョン・プレスキール教授が2012年に取り上げた概念であり、量子コンピュータが特定の課題を解決する上で、従来のコンピュータに対して圧倒的な優位性を持っていること。

2.本文

 潘建偉チームは、2001年に実験室を設立し、20年にわたり量子もつれの数の世界記録を何度も更新してきた。

 九章は、主に①高品質の量子光源、②高精度の位相同期技術、③規模化干渉技術の3つのブレイクスルーを果たした。

そのうち、「①高品質の量子光源」は、高効率、高均一、高輝度かつ大規模な拡張能力を備えた(※編者註:現時点で)唯一の量子光源である。

 九章は現在、ガウシアンボソンサンプリング(干渉し合う多くのボソンの確率分布の計算)以外の他の計算はできず汎用性はない。現在の量子コンピュータのプロトタイプは、ある特定の解を求めることについてのみ従来のスーパーコンピュータを超越する。

 量子計算の「特定のタスク」とは、慎重に設計され、量子計算装置が当該計算性能を発揮することに非常に適した問題である。このような問題には、ランダム量子回路サンプリング(乱数を生成する問題を解かせる)、IQP回路(可換量子回路。非万能量子コンピュータの1種)、ガウシアンボソンサンプリング等が含まれている。グーグル量子AIチームが手掛けた問題は、ランダム量子回路サンプリングである。

 ガウシアンボソンサンプリングは量子世界のゴールトンのプレートとして理解できる。ゴールトンのプレート問題は、イギリス生物統計学者のゴールトンによって提起された。多数の球をゴールトンのプレートの上部からランダムに落下させた際、それぞれ落下した格子(穴)の分布に一定の統計則が示され、直感的に中心極限定理を認識できる。

 球の代わりに同種の光子をビームスプリッタに通すと、ガウシアンボソンサンプリングの量子シミュレーションとなる。(※編者註:光子が球、ビームスプリッタが釘、入力光子状態が落ちた格子(穴)の分布に相当)

 しかしながら、汎用量子コンピュータ実現までの道のりは長く未だ発展段階にあり、現在量子計算の研究領域には、以下3つの研究指標がある。

① 50~100量子ビットを備えた高精度専用の量子コンピュータを開発し、現在のスーパーコンピュータでは解決できない複雑な問題に対して効率的に解決し、計算科学における「量子計算の超越性」というマイルストーンを実現する。

② 大規模な多量子システムの正確な制御と探査により、数百個の量子ビットを操作する量子計算機を開発し、現在のスーパーコンピュータでは困難な重大な実用価値を有する問題を解決するために使用(量子化学、新材料設計、最適化アルゴリズム等)。

③ 専用量子計算とシミュレータの開発過程で発展した各種技術の蓄積により、量子ビットの操作精度を向上させ、量子計算の厳しい許容誤差閾値(フィデリティ、忠実度)が99.9%を超え、集積可能な量子ビット数(メガ級)を大幅に向上させ、教養誤差量子論理ゲートを実現し、プログラミング可能な汎用量子計算プロトタイプを開発する。

 潘建偉、陸朝陽両氏はそれぞれ以下の見解を表明している。

潘建偉氏:
 15年から20年間の努力を通じて、汎用的な量子コンピュータを開発したい。そうすれば多くの非常に広範な問題を解決できるようになる。例えば、暗号分析、気象予報や薬物の設計、物理学や化学、生物学の複雑な問題への探求が挙げられる。

陸朝陽氏:
 私たちは、この作業により、多くの従来型アルゴリズムシミュレーションにも刺激となることを望んでいる。将来は(従来型アルゴリズムシミュレーションも)向上する余地があると予想している。

 量子超越性の実験は、より高速な従来型アルゴリズムと、絶えず向上する量子計算ハードウェアとの競争になるが、最終的には量子並列性は、従来型のコンピュータでは達成できない計算力を持つことになる。

3.日本のスーパーコンピュータ「富岳」との比較

 2020年6月にスーパーコンピュータの計算速度を競う世界ランキング「TOP100」で首位を達成した日本のスーパーコンピュータ「富岳」(計算速度は毎秒41.553京回)に対して、九章は、ガウシアンボソンサンプリング100兆倍計算速度が速い。

4.グーグルのスーパーコンピュータ「Sycamore」との比較

 2019年9月に米グーグルは53量子ビットのコンピュータ「Sycamore」を発売。数学的アルゴリズム(※編者註:シュレディンガー‐ファインマンアルゴリズム)において、200秒で計算を終え、量子超越性を実現したと発表。これに対して九章は100億倍速い。

(1)ランダム量子回路サンプリング問題の計算

サンプル数 Sycamore スーパーコンピュータ
100万 200秒 2日
10億 20日 2日

量子計算の超越性は、サンプル数に依存。
ヒルベルト空間:10の16乗
実行環境:摂氏マイナス273.12度(30mK)

(2)ガウシアンボソンサンプリング問題の計算

サンプル数 九章 スーパーコンピュータ
5,000万 200秒 6億年
100億 10時間 1,200億年

量子計算の超越性は、サンプル数に依存しない。
Sycamoreと比較して、九章は100億倍速い。
ヒルベルト空間:10の30乗
実行環境:室温(測定部分4Kを除く)

以上


1. 科学媒介中心""九章"问世 | 中国"量子计算优越性"的里程碑"
JST CRDS(研究開発戦略センター)2018年8月17日 科学技術未来戦略ワークショップ報告書「みんなの量子コンピューター ~じょうほう・数理・物理で拓く新しい量子アプリ~