【19-21】11月のチリAPEC首脳会談で合意も 朱建榮氏が米中貿易戦争で見通し
2019年7月24日 小岩井 忠道(中国総合研究・さくらサイエンスセンター)
日本での研究生活が長い朱建榮東洋学園大学教授が22日、日本記者クラブで記者会見し、米中貿易戦争が起きた理由や今後の見通しについて解説した。朱氏は、6月のG20大阪サミット開催中に開かれた習近平国家主席とトランプ大統領の首脳会談で「持久戦」に持ち込んだのは中国にとって成果、との見方を示した。今後、紆余曲折が予想されるものの、11月にチリで開催されるアジア太平洋経済協力(APEC)首脳会議で合意達成の可能性がある、との見通しも明らかにしている。
朱建榮東洋学園大学教授(日本記者クラブ)
覇権国と新興国との主導権争い
朱氏はまず、米中貿易戦争の本質は覇権国と新興国との主導権争い、と断じた。19世紀末に世界一の大国となった米国は、追い上げてくる新興国をたたきつぶそうとしてきたことが何度もある。これまでドイツ、旧ソ連、日本がその対象となった。激しい攻撃を受けたのは、その国の国力が米国の6割に追いついた時。こうした見方を示した上で、中国の国内総生産(GDP)が2018年にドルベースで米国の67%に達した事実に注意を促した。
中国に対する米国の焦りを示す例として挙げたのが、華為技術(ファーウェイ)に対する攻撃。2015年以来の5G(第5世代移動通信システム)に関する中国のインフラ投資は、米国の投資額を240億ドル上回る。基地局建設も米国の3万基に対し35万基で、建設済み総数は米国の20万基に対して190万基。今後、中国はさらに4,000億ドル相当の5Gインフラ投資を予定している。こうした実態を盛り込んだ米コンサルティング大手「デロイト」が2018年8月に公表した調査報告などを紹介して、ファーウェイに代表される中国企業が5Gをリードしていることに対する米国の危機意識が急速に高まっている現状を朱氏は指摘した。
米国の焦りを示す例として朱氏は、今年4月12日にホワイトハウスでトランプ大統領が行った演説も紹介している。5Gについて大統領は「他のどの国もこの強力な産業で将来、米国を上回ることを許さない」と語り、民間企業への204億ドルの補助金提供や規制緩和を約束した。米国の農業をより生産的にし、製造業をより競争力のあるものにする上で、5Gに乗り遅れるわけには行かないという危機意識に基づいている、と朱氏はみている。
一方、中国もこうした米国の焦りは十分承知している。朱氏が紹介したのは閻学通・清華大学現代国際関係研究院長の次のような言葉だ。「米国との競争の焦点は今、電子通信技術に集中しており、この分野の技術ギャップが主導権を左右する。中国が米国に先んじて5G分野で大規模な市場化を展開できれば、米国との実力や国際的影響力の差を大幅に縮小する」。さらに「中米間は社会主義と資本主義の競争ではない。モデルや体制の争いでもない。指導力の争い、すなわち改革をリードする能力の争いだ」とも。
朱建榮教授記者会見会場様子
世界にさまざまな反響
朱氏は、さらに米中の争いが他の国々を巻き込んでさまざまな反響を呼んでいることにも注意を促した。欧州対外関係委員会の今年5月の世論調査では、米中間の覇権争いに中立を希望する欧州連合(EU)の国と市民が大半を占めるという結果が得られた。ドイツの時事週刊誌「Focus」6月18日号には、「これまで米国の力を買いかぶり、中国の底力を見損なったのではと問題提起し、欧州は時勢に応じて臨機応変を学ぶべきだ」と提言する中国問題専門家の寄稿が載った。さらにマハティール・マレーシア首相が今年3月、香港の日刊英字紙「サウスチャイナ・モーニング・ポスト(南華早報))のインタビューで「米中貿易戦争で二者択一を迫られたら、自分は豊かな中国を選ぶだろう」と発言している。こうした事例を列挙して朱氏は「米中を巡って世界が揺れ始めている」と語った。
米国を脅かす国が出て来るとたたきつぶしにかかる。こうした米国の振る舞いは中国が最初ではないことを、かつて日本の半導体産業と自動車メーカーに対して米国がとった行為などを例に詳しく説明した上で、朱氏は、中国がたたかれ強い国になっていることをいくつかの理由を挙げて強調した。その一つは、5月28日にオーストラリアのシンクタンク「Lowy Institute」が発表した25カ国を対象にした調査報告書「アジアの実力指数」。調査の対象はアジアの国だけでなく、米国、ロシアも含む。中国は評価対象となった8分野のうち「経済力」「未来性」「外交的影響力」など4項目で1位を占め、100点満点の総合得点75.9で2位。「軍事力」「回復力」「文化的影響力」など4項目でリードして総合得点84.5の1位となった米国に迫っている。
「中国は敵ではない」という声も米国に
さらに朱氏は、米国内でもさまざまな論争が表面化している最近の状況も紹介している。その一つが、百人の著名な学者や元外交官たちがトランプ大統領と米議会宛てに出した「China Is Not An Enemy(中国は敵ではない)」という公開書簡。「中国に問題は多いが、現行の対中政策は方向も手段も間違っている」、「中国は経済・安全保障上の脅威ではなく、中国国内も一枚岩ではない」、「中国を孤立させるやり方は自らの孤立を招く」、「米国自身の有効な競争力の回復と、同盟国との連携が優先されるべきだ」など、七つの意見が盛り込まれている。
この公開書簡は7月2日付ワシントンポストにも掲載された。7月8日に東京で行われた東京財団政策研究所主催のフォーラムで講演したグレン・フクシマ米国先端政策研究所上級研究員(元米国大統領府通商代表部日本担当部長、元米国通商代表補代理)も、米国内でさまざまな意見がある例として触れている。フクシマ氏の講演があった後の7月18日に、この公開書簡に対抗するため、米国内保守強硬派による「百人書簡」が出た事実も、朱氏は紹介している。ただし、こちらは新聞にも掲載されず、「China Is Not An Enemy」に比べると影響力ははるかに及ばないことを付け加えた上で...。
11月にチリで開かれるアジア太平洋経済協力(APEC)首脳会議の際に再度の米中首脳会談が行われ、合意達成の可能性も見込まれる。こうした見通しを一方で示しつつ、朱氏は以下のように今後の米中関係を展望した。
一つの可能性は、過去に日本が経験したように、米国の押さえ込みに中国が屈する。もう一つは、中国が過去に標的になりかけた時、たまたま発生した「9.11米国同時多発テロ事件」のような予想外の大事件が起きて、再度、米中関係が修復される。それらのいずれでもなく、中国が米国に追いつき米中2超大国の世界「G2」となる―という三つのシナリオだ。
関連サイト
日本記者クラブ・会見リポート 朱建栄・東洋学園大学教授
同会見動画 https://www.youtube.com/watch?v=MmX2WLGKLEE&feature=youtu.be
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