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【22-06】コロナ禍のなかで進められた強い中小企業の育成

2022年06月15日

富坂聰

富坂聰(とみさか さとし):拓殖大学海外事情研究所 教授

略歴

1964年、愛知県生まれ。
北京大学中文系中退。
「週刊ポスト」(小学館)「週刊文春」(文芸春秋)記者。
1994年「龍の『伝人』たち」で第一回21世紀国際ノンフィクション大賞受賞。
2014年より現職。

著書

  • 「中国人民解放軍の内幕」(2012 文春新書)
  • 「中国マネーの正体」(2011 PHPビジネス新書)
  • 「平成海防論 国難は海からやってくる」(2009 新潮社) ほか多数

 今年3月から新型コロナウイルス感染症(以下、コロナ)の感染拡大に苦しめられてきた中国にもやっと落ち着きが戻り始めたようだ。この間、ゼロコロナ政策に対する批判が日本のメディアにあふれた。

 なかには動的ゼロコロナを「感染者ゼロを目指す政策」と、根本から誤解した批判も散見されたが、ほとんどの批判は「過剰な対策で生産活動を犠牲にする」ことへと向けられていた。

 実際、経済は大きく傷ついた。ロックダウン下の4月、上海の工業生産額は1364億1700万元(約2兆6021億円)と前年同月比61.6%減少。また同月の消費品小売総額も716億9700万元(約1兆3676億円)と、やはり48.3%の減少だった。

 自動車業界へのダメージも深刻だ。4月の全国の自動車生産台数は前年同月比46.1%減の120万5000台。販売台数は同47.6%減の118万1000台に落ち込んだ。

 携帯端末の販売台数は第1四半期に対前年比で29.2%減。落ち込みの理由について『フィナンシャルタイムズ(中文版)』は「コロナ禍で節約モードに入った消費者が買い替え周期を伸ばした影響」だと報じた。

 経済の視点からみたゼロコロナ政策の成否――中国は短期間に強い対策で早期に日常を取り戻すことこそがダメージを最小にする政策だと考えている――は、今後の回復次第であるため、現時点で判断することは難しい。問題は、「戻ってゆくべき日常」にどれほどの力強さがあるかである。

 その点、中国経済の体質改善はコロナ禍の中でも決して止まってはいなかった。むしろ矢継ぎ早に多種多様の政策を打ち出し、発展を維持するための体質改善に挑んでいたという印象が強いのだ。

 代表的なのはデジタル経済の占める割合の拡大や中小・零細企業に対する徹底したテコ入れだ。

 前者については、第14次五カ年計画が終わる2025年をめどにデジタル経済の付加価値額がGDP比で「10%を超える」とする目標が掲げていることでもわかるだろう。

 そして今回のロックダウンの裏側で大きく動いたのは後者の中小・零細企業支援だ。

 コロナ禍で最も深刻なダメージを被ったのはレストランや商店、観光産業である。彼らへの支援は従来とは違い徹底した減税と税の還付、そして行政手続きの簡略化だ。対象となるのはやはり中小・零細企業である。

 だから中国が中小・零細企業の保護を行っているという話ではない。中小・零細企業に熱い視線が向けられているというのは、救済の意味ではなく育成の目的だ。党や政府が彼らに求めているのは、新たなイノベーターとしての役割だ。

 こうした流れは少なくとも昨夏には顕著であった。例えば日本で「巨大IT虐め」と話題になった、アリババやテンセントなどへの規制強化の動きだ。当局が掲げた「独占禁止と公平競争推進」の裏側には中小・零細企業の育成の目的があったのである。

 昨年8月30日、中央全面深化改革委員会第21回会議で習近平国家主席は、「特に中小企業のために広大な発展の空間を作り出し」とその目的に言及している。

 中小・零細企業を次のイノベーションの苗床にしようとする試み。そのキーワードは「大国の匠」である。メディアでも頻繁に見聞きするようになった言葉だが、他にも「専精特新中小企業」、「小巨人企業」といった用語で説明される。「専精特新」とは、中小企業の「専業化=専門化」、「精細化=精巧化」、と「特色化=特徴化」と「創新=イノベーション」を指す。具体的には、規模が小さいながらも宇宙服の素材や電池で高い技術を持つなど、他に変えが効かない企業の数を増やそうとしているのだ。

 底流に流れるのは「技術革新やイノベーションは大企業だけから生まれるのではない」という発想だ。つまり"現場"の力にスポットを当てようとしているのだ。

 この考え方は人材育成の面にも向けられ始めている。言い換えれば、「技術革新とイノベーションは大学院卒の学生だけのものではない」である。

 国務院学位委員会弁公室は昨年12月、「本科職業学校の学士学位授権・授与の取り組みに関する意見」を出し、一般の4年制大学と専門職大学の価値を同等とし、就職、大学院入学、公務員入試などで差別しないとする改革を行っている。次いで改正された「職業教育法」では、組織のなかでの賃金や昇進における平等も明記されたのである。

 この背景には「4年制大学を卒業しても就職は厳しい」という現実の問題もあったとされ、「手に職」への誘導との見方もある。しかし、この流れの源流は2019年8月の習近平主席の専門職大学の視察であり、また18大(中国共産党第18回全国代表大会)にまでさかのぼれることができるので、その指摘は当たっているとは言えない。

 こうした改革がすぐに効果につながるか否かは簡単には判からない。しかし、大学卒を既得権化することなく、再チャレンジの機会を与える改正は、停滞を打破しようとする一つの挑戦であることは間違いないのだ。(了)

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