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【22-13】中国本土と香港の金融協力の進展

2022年07月25日

露口洋介

露口 洋介(つゆぐち ようすけ):帝京大学経済学部 教授

略歴

1980年東京大学法学部卒業、日本銀行入行。在中国大使館経済部書記官、日本銀行香港事務所次長、日本銀行初代北京事務所長などを経て、2011年日本銀行退職。信金中央金庫、日本大学を経て2018年4月より現職。著書に『中国経済のマクロ分析』(共著)、『東アジア地域協力の共同設計』(共著)、『中国資本市場の現状と課題』(共著)、『中国対外経済政策のリアリティー』(共著)など。

 中国人民銀行は2022年7月4日に、香港との間の金融協力について「スワップ・コネクト」の導入と「常設通貨スワップ協定」の締結という2つの手段を同時に打ち出した。名称がよく似ているので混乱しそうだが、この二つの施策は内容としては別のものである。

スワップ・コネクト

 スワップ・コネクトは、中国本土の中国外貨交易センター、銀行間市場清算所と香港OTC清算有限公司という双方の決済インフラ機関のシステムを接続して、双方の投資家が相手方の金融デリバティブ商品市場に参加することができる制度である。当初は「北向き」のみ先行して実施され、取引量の上限が設定される。香港やその他の海外の投資家が、香港と本土の決済インフラ機関間の接続を通じて、本土の銀行間金融デリバティブ商品市場に投資することが可能となる。本土の投資家が香港のデリバティブ商品市場に投資する「南向き」は当面実施されない。

 中国本土の銀行間金融デリバティブ商品市場では2006年の開設以来、人民元金利スワップが主要な取引商品であり、2021年の取引総額は21.1兆元(約420兆円)となっている。人民元金利スワップは、人民元建ての固定金利商品と変動金利商品の間で、元本は交換せずに金利部分のみを交換するものである。例えば、固定金利の負債を負っている主体が変動金利の資産を持っている場合、資産を固定金利に変えることによって金利リスクを抑制することが可能となる。双方の金融市場インフラ機関の接続には、2017年に本土と香港の間で導入された「ボンド・コネクト」と同様の方式を採用し、海外投資家が内外の電子取引プラットフォームとセントラル・カウンターパーティとなる清算機関を通じて、中国国内の人民元金利スワップ市場に参加することができる。

 中国人民銀行によると、スワップ・コネクトは以下の意義を有すると述べられている。①海外投資家の人民元金利リスク管理が容易となり、クロスボーダーの資金の流出入を促進することから、人民元国際化を推し進める。②国内金利デリバティブ商品市場の流動性を高めるなど、市場の発展を促進する。③第14次五カ年計画で定められた香港国際金融市場の強化の具体策の一つであり、香港の国際金融センターとしての地位を強固なものとする。

 「スワップ・コネクト」は関係規定などの整備とシステム建設を行った後、公告から6か月後に正式に開始される。

常設通貨スワップ協定

 中国本土と香港の間で、2009年1月に通貨スワップ協定が締結された。当初は2000億人民元と2270億香港ドルを上限とし、期間3年の協定であった。その後、延長を重ね、2020年11月には、金額の上限が5000億人民元と5900億香港ドルに拡大され、有効期限5年とされた。

 通貨スワップ協定とは、例えば、香港において民間金融機関が人民元の調達を充分行なえず、人民元を使用したクロスボーダー決済が困難となった場合に、人民銀行が香港金融管理局(HKMA)に人民元を提供し、代わりにHKMAが人民銀行に香港ドルを提供するという取り決めである。HKMAが人民銀行から調達した人民元を民間金融機関に貸し付けることによって民間金融機関が顧客に人民元を供給することができ、クロスボーダーの人民元決済が容易となる。人民銀行は、2022年1月の段階で36か国と同様の通貨スワップ協定を締結している。日本については、ASEANプラス日中韓の間で国際収支危機に際してお互いに資金を供給するチェンマイイニシアティブという資金供給プログラムの下で2003年から中国との間で通貨スワップ協定を結んでいた。この協定は2013年に失効したが、両国の信用秩序維持のためという目的に衣替えして、新たに2018年10月に通貨スワップ協定が締結されている。今回の香港との協定は、人民銀行としては初めての「常設」通貨スワップ協定である。人民銀行の発表によると「常設」とは、期限の定めがないことであり、さらに、スワップ実行の手続きの簡略化を行い、資金をより使用しやすくしている。また、利用上限金額も8000億人民元と9400億香港ドルに拡大された。

 なお、日本銀行は米FRB、欧州中央銀行(ECB)、イングランド銀行、スイス国民銀行、カナダ銀行との間で流動性を供給しあうスワップ協定を結んでいるが、同協定は2013年から別途の通知があるまで存続することとされ、「常設化」されている。

 今回の施策の背景として、人民銀行は、本土と香港の金融協力をより深めることと、本土の金融市場の開放・発展という内在的要求によるものとしている。また、その目的について、香港市場を安定させ、オフショア人民元業務の中枢としての機能をよりよく発揮できるようにすることであると述べている。

2つの施策の意味

 本年6月のコラム でも述べた通り、IMFは本年5月にSDRの通貨構成比率を見直し、人民元のウエイトを高めた際に、中国に対して国内人民元市場の対外開放をさらに進めることを要求し、人民銀行は、その直後に海外投資家の国内債券市場への投資について投資範囲を拡大する措置を公表した。スワップ・コネクトはこれに続く対外開放措置と位置付けることができる。海外投資家は、香港を通じて、中国国内の金融デリバティブ商品市場に参加することができ、これによって、金利リスクの管理がより容易となる。これはまさに、2015年に人民元がSDR構成通貨に加えられた際に、IMFが中国に求めた、海外のSDR利用者がリスクヘッジのために国内人民元市場に十分アクセスできること、という条件を満たすための措置の一つと言える。そして、人民銀行の公表文の中にもあるとおり、この措置は人民元の国際化を促進する効果を持つ。

 次に、人民銀行は、2つの措置をともに、香港の国際金融センターとしての地位をより強固なものにするためのものと位置付けている。2021年12月のコラム で説明した通り、香港はこれまでも2011年12月のRQFII(人民元建て海外適格機関投資家制度)、2014年11月のストックコネクト、2017年7月のボンド・コネクト(北向き)などの導入によって人民元を使用した中国との間の資本取引の重要な窓口として機能してきた。2020年6月の香港国家安全維持法施行によって、その将来性に懸念が生じている香港金融市場をテコ入れするため、2021年9月には香港・マカオと広東省の間の「大湾区(グレーターベイエリア)」において、双方の投資家が他方の銀行が販売する投資商品を購入することを可能とするクロスボーダー・ウエルスマネジメント・コネクトが開始され、同じく9月にはボンド・コネクトの南向きが開始された。今回の2つの措置は、これらに続く香港の地位向上を目的とする措置と位置付けられる。中国人民銀行の潘功勝副行長は7月4日に開催された「ボンド・コネクト5周年およびスワップ・コネクト発布記念式典」において、「スワップ・コネクトと常設通貨スワップ協定の導入は、中央政府が香港の長期安定的な繁栄と発展を支持するという決意を示すものである」と述べている。2022年3月のコラムでも述べた通り、香港の国際金融センターとしての役割が強化されれば、中国に対する金融制裁の実施はより困難となる。これからも香港金融市場は中国にとって重要な存在であり続けるであろう。

(了)

露口洋介氏記事バックナンバー

2022年06月28日 SDR通貨構成比の見直しと債券市場の対外開放進展

2022年05月26日 金融政策の枠組みと預金金利の引下げ

2022年04月27日 金融緩和政策と人民元為替レート

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