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【22-07】SDR通貨構成比の見直しと債券市場の対外開放進展

2022年06月28日

露口洋介

露口 洋介(つゆぐち ようすけ):帝京大学経済学部 教授

略歴

1980年東京大学法学部卒業、日本銀行入行。在中国大使館経済部書記官、日本銀行香港事務所次長、日本銀行初代北京事務所長などを経て、2011年日本銀行退職。信金中央金庫、日本大学を経て2018年4月より現職。著書に『中国経済のマクロ分析』(共著)、『東アジア地域協力の共同設計』(共著)、『中国資本市場の現状と課題』(共著)、『中国対外経済政策のリアリティー』(共著)など。

 国際通貨基金(IMF)は2022年5月14日、SDR構成通貨の構成比の見直しを公表した。これを受けて中国当局は中国の債券市場の対外開放を一層進める措置を取った。

SDR構成比の見直し

 2015年11月にIMF理事会はSDR構成通貨の見直しを行い、従来の米ドル、ユーロ、日本円、英ポンドの4通貨に加え、人民元を構成通貨とすることを決定した。この結果、人民元は2016年10月1日からSDRの構成通貨となった。本来、SDRの構成通貨やそのウエイトの見直しは5年ごとに行われるが、今回はIMFが新型コロナ対応を優先し、2022年5月にずれ込んだ。

 2015年に人民元がSDRの構成通貨に加えられる際には、いくつかの実務上の問題点(Operational issues)が解決すべき課題として挙げられた。すなわち、①SDRレート計算のための市場で決定される代表的為替レートが必要であること、②SDR金利を定めるため金融市場の状況を反映する人民元金利が必要なこと、③海外のSDR利用者がリスクヘッジを行うため国内人民元市場に十分アクセスできることの3点である。①については 2015年10月のコラム で説明した通り、2015年8月11日の人民元為替制度改革において、前日の終値を基準として、加えて外貨需給や国際的な為替レートの変動を総合的に考慮して基準値が定められることとされた。また②については財政部が3か月物国債の入札を敵的に行うことによって、指標となる人民元金利を示すこととした。③については、2015年7月14日に、海外の中央銀行・通貨当局、国際金融機関、ソブリンウエルスファンドについて、人民銀行の認可を得た後、中国国内の銀行間債券市場で投資を行うことが認められた。さらに、2016年2月17日には海外の商業銀行、保険会社、証券会社、ファンド管理会社などが同様に、人民銀行の認可を得た後、銀行間債券市場において投資をすることができるようになった。以上のようにして、実務上の問題を解決することによって人民元はSDR構成通貨へ加えられた。

 2022年5月14日にIMFが公表したSDR構成通貨の構成比の見直しにおいて、構成通貨の順位は変わらなかったが、構成比では米ドルと人民元の比率が増加し、ユーロ、日本円、英ポンドの比率は減少した。この比率はそれぞれの通貨の輸出におけるシェアと外貨準備に占める比率や外為市場における売買額などのいくつかの金融指標によって定められる。新たな構成比は2022年8月1日から適用される。

(表)SDRの通貨構成比の見直し(単位%)
(出所)IMF
  米ドル ユーロ 人民元 日本円 英ポンド
2015年11月 41.73 30.93 10.92 8.33 8.09
2022年5月 43.38 29.31 12.28 7.59 7.44

実務上の問題点

 今回の見直しにあたって、IMFはSDR利用者に対して実務上の問題点の有無について調査を行った。その結果、大部分の利用者は5つの通貨全てについて大きな問題はないとしたが、いくつか残された課題が存在するとの指摘があった。課題が残っていると指摘した利用者のシェアが最も多い通貨は人民元(シェア24%)であり、続いてユーロ(14%)、英ポンド(12%)、日本円(10%)、米ドル(9%)となっている。人民元については、中国国内の人民元市場における取引コストの高さと取引プロセスの繫雑さ、取引時間の不便さと弾力性の欠如、他の市場に比べた流動性の低さなどが問題とされた。ユーロと日本円については低いないしはマイナスの金利が問題とされ、英ポンドについては取引コストが問題として挙げられた。

 IMFは5月14日の公表当日のプレスリリースにおいて、中国に対して国内人民元市場の開放についてさらなる努力を求めた。そして、5月17日に公表した本件に関するQ&Aにおいて、IMFは「今回の見直し終了後に中国当局が国内人民元市場における取引をさらに容易にする意図を示すプレス声明を行った」と評価した。

中国人民銀行の対応

 中国人民銀行は5月14日のIMFの発表を受け5月15日付で、ウエブサイトにおいてSDRの通貨構成比見直しについて報じ、その公表文の中で、人民銀行が、国内金融市場の改革開放を進め、海外投資家の中国市場投資手続きの簡略化、投資対象資産の種類の増加、銀行間外為市場の取引時間延長、データ開示の改善などの措置を取ることを明らかにした。そして、5月27日に、中国人民銀行、証券監督管理員会、国家外為管理局が連名で「海外機関投資家の中国債券市場への投資をさらに便利にすることに関する事務」と題する公告を発布した。

 銀行間債券市場への海外からの投資については、まず、2010年8月に「三類機関」に対して、銀行間債券市場での投資が認められた。「三類機関」とは、①海外の中央銀行と通貨当局、②香港とマカオの人民元クリアリング銀行、③クロスボーダー人民元決済の海外参加銀行の3種類の金融機関を指す。

 次に前述の2015年7月と2016年2月の措置によって、海外の中央銀行・通貨当局、国際金融機関、ソブリンウエルスファンド、商業銀行、保険会社、証券会社、ファンド管理会社などについて、中国国内の銀行間債券市場への投資が認められた。

 今回の公告では、投資主体の範囲は従来と変わらないが、投資手続きが一部簡略化され、投資対象が銀行間債券市場だけでなく証券取引所の債券市場で取引される債券にも拡大された。

 なお、別途の制度として2002年に適格海外機関投資家制度(QFII)が導入されている。証券監督管理委員会によって認可された海外適格機関投資家が、外貨で中国に送金し、中国国内で人民元に交換して証券取引所で取引される株式や債券に投資する制度である。この制度では2012年に銀行間債券市場の債券への投資が認められた。また、2011年12月に中国への送金を人民元で行う人民元適格海外機関投資家制度(RQFII)が導入された。この制度でも証券取引所の株式、債券と銀行間債券市場の債券に投資することができる。今回の、投資対象を銀行間債券市場から証券取引所の債券市場に拡大する措置は、海外中央銀行をはじめとする海外金融機関が人民銀行の認可を得て投資する制度について行われたものであり、金融機関が証券監督管理委員会の認可を得て参入するQFII、RQFIIとは異なる制度である。

 今回の海外金融機関に対する国内投資対象証券の拡大措置は、明らかにIMFのSDR構成比見直しの際の問題意識に沿った措置であり、その迅速なタイミングから見ても、中国当局とIMFが緊密に議論を行ってきたことがうかがえる。今後も外国為替市場の取引時間の延長など、人民銀行が言及した措置が実施に移されるものと思われる。

 今回はSDR構成比見直しで人民元のウエイトを高めることを契機に、海外から中国に対する証券投資を容易にする措置が取られたが、中国の資本取引全体を見ると、依然として短期の資本取引を中心に厳しく規制されている。人民元の国際化を促進するためには資本取引規制の緩和を進めることが必要である。一方、2021年に開始した第14次五カ年計画においては「人民元の国際化を着実かつ慎重に推進する」とされており、資本取引の規制緩和を慎重なテンポで進めることが示唆されている。ウクライナ情勢によって実施された対ロシア金融制裁を眺めて、中国は人民元の国際化を加速させる可能性がある。中国が今後資本取引の規制緩和をどのように進めていくか注視していきたい。

(了)

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