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【22-46】中国に於けるオランダ式ガラス温室の利用と改良点(下)

2022年09月27日

高橋五郎

高橋五郎: 愛知大学名誉教授(農学博士)

略歴

愛知大学国際中国学研究センターフェロー
中国経済経営学会前会長
研究領域 中国農業問題全般

1.ガラス温室に関する新技術の傾向

 表1は中国のガラス温室の特許出願事例である。中国知識産権局のデータベースから「ガラス温室」を入力して検索した結果である。全部で105件が該当している。

 中国語で農業用ハウスを意味する「大棚」で検索するとヒット件数はもっと多いが、一部は「ガラス温室」と重複してアウトプットされる。ガラス温室以外の中国式農業用ハウスも混在するので、ここでは「ガラス温室」に絞った。

 中国のガラス温室はオランダ式温室の典型であるフェンロ―型が増えているが、大型一棟式のガラス温室も方々で建設されていることは、前号で紹介した通りである。繰り返しになるが、中国では今後、露地栽培に代わって、ガラス温室栽培が急速に増える形勢にあることから、これまで知られてはいたが進んでいなかった弱点の克服に取組む事例が増えるものと思われる。

 この点からガラス温室に関連する、ここで取り上げる新技術は以上のさまざまな型式のガラス温室を対象とするものである点を最初にお断りしておきたい。

 

表1 ガラス温室関係特許(出願+授権)(2022年8月時点)

図1

※図をクリックすると、ポップアップで拡大表示されます。

 表1では、どのような内容が主流か、タイトルだけでは判断が付きにくいが、まとめると、人工知能制御、天井(屋根)改良、屋根の清掃、熱源と温度管理、ガラス素材、骨組み材、湿度管理、灌漑または養液管理、防虫などが多い。いずれも注目される技術だが、これらは大学、企業、個人、また少数ながら旭硝子など、日本を含む海外からの出願も散見される。

 まず人工知能制御だが、いまや特別珍しいものではなく、その性能やきめ細かさに差があるようになった。

 天井改良は空き窓(天窓)形式にすると虫や害鳥が入りやすいので、最近は敬遠される傾向があり開閉しない形式が増えている。普通のガラス温室は降雪の多い地方では相性が悪いが、融雪機能や排水機能を備えることで対応が可能である。しかし、雪の滑落を促進するための構造の改良、中柱の強化、骨組み素材の改良などを除くと、まだ十分な対策は完成していない。もしこの点が実用に耐えられるように改良されれば、ガラス温室の普及はさらに北方へ広がり、作目の拡大と周年栽培の活発化が格段に進むであろう。

 屋根の清掃については、具体的な事例を挙げつつ後ほど紹介したい。

 熱源と温度管理は、人工知能がもっとも威力を発揮することが期待される部分である。まず熱源だが冬場の気温が低い地方では、日本のハウスのようにボイラー暖房が一般的であった。しかしエコシステム推進策が普及、さらには重油代が負担となり、できるだけ節約する農家が増えたが中国の内陸部に厳寒はつきもので、雪空や曇りの天候が続くと天然熱だけでは限界がある。中国独特の半かまぼこ型ビニールハウスの場合は、天井部一帯を巻き上げ式の布団状のカバーをかけて保温するのだが、オランダ式温室には適さない。

 そこで登場するのが後に紹介する太陽光発電(ソーラー発電)であり、前号で紹介した太陽熱を蓄熱する方法、太陽光で温めた温度の高い地下水をハウスの周囲にパイプで循環させる形式などさまざまな方法である。

 室内の温度管理の一つに室内温度の全室標準化、つまりハウス内温度をどの場所でも同じようにすることが重要なのだが、そのための室内扇風機や換気扇の設置が重宝される。

 次にガラス素材についてだが、最近、光量や耐久性に優れた豊富な種類のガラス素材が増えている。中国自身、世界的なガラス製造大国なので、薄型で丈夫な温室ガラスを製造する能力がある。

 丈夫で安価なガラス温室の骨組み材の進化も著しい。最近、上海や江西など南方に上陸する台風や豪雨が増えている。鉄骨、アルミなどが一般的であるが、現場からは強風に弱い欠点を補うため耐久性がある低コスト品の要望が高まっている。

 また、温室栽培の最大の強みの一つは養液栽培であるが、中国で最も一般的なビニールハウスやコンテナ植物工場において多数の特許出願および授権した例が見られ、ガラス温室に絞る理由はない。養液は室内で循環利用するのが一般的で、あたかも人工透析のように利用済の養液をろ過、再生させる装置が改良の対象になることが多い。

 忘れてならない点は、虫・害鳥のハウス内進入防止対策である。そのための一般的対策はハウスの密閉であるが、温度・湿度管理や、二酸化炭素等の循環に支障が出やすくなる。土壌栽培の排除や室内消毒であっても限界があり、結局は薬剤依存やほぼ密閉にすること以外に有効な対策はほとんどないのが現状である。

 主に以上がガラス温室の質的・経済的な側面に関するポイントであるが、これらに関する技術の進歩が進んでいるのが現状であり、後にみるような素材の輸出増加をもたらしている大きな要因ともなっている。以下、それらの中から筆者が注目した事例を簡単に紹介してみたい(情報源は中国知識産権局)。

2.ガラス温室に関する最新技術

(1)フェンロ―型温室の屋根の清掃装置-西南大学の成果-

 フェンロ―型ガラス温室はオランダ式温室の典型で、前号で紹介したように軒高が高く、

三角屋根が連棟式の温室である。素材が薄いガラス版なので、やっかいなことの一つに、屋根の外側の清掃作業がある。

 枯葉やビニール切れなどが屋根に溜まると、劣化や重みによる軋み、遮光や雨水貯留などさまざまな問題が起こりやすい。この難点は、ガラス温室の優れた機能に隠れて見えにくい弱点の一つとなっている。それについては数々の対策が試みられているが、ここで紹介する、西南大学が中国知識産権局に特許出願した「状ガラス温室の屋根清掃装置」もその一つである。

 この事例はガラス温室の屋根の両側にサスペンションを設置、ローラーがメインサスペンションの前後に取り付けられ、ブラシ付ローラーがモーター駆動により回転、装置全体が前後に移動する。各ブラシ付ローラーの上にスプレーヘッドを備えたウォータースプレーパイプがあり、給水パイプに接続したスプレーパイプが屋根を濡らしながら掃除する仕組みである。

 この清掃技術は、地上の給水、電源、および移動機構と連携することができ、給水タンクと電源バッテリーを運ぶこともでき、屋根のほこりやコケ、その他の付属品を効率的に清掃するように設計されている優れものである。

(2)ガラス温室の除雪・除塵システム--吉林大学の研究成果―

 この設備は天井の3枚のガラスをワンセットにし、積雪とゴミが一定の量に達すると3枚のガラスが自動的に角度を変え、雪とゴミを温室の脇に落とすという仕組みを持っている。雪とゴミを落とすために、ガラスの外側に付けられたワイヤーがモーターからの動力を受け、上下に移動、ガラスの角度を変える。この技術は一定の重量に達した雪とゴミを自動的に除去できる点で優れている。

 この装置のコントローラーとしてPLC(Programmable Logic Controller、プログラマブルロジックコントローラ)、マイコン等を用いることができる。コントローラー自体は既製品を連結するだけでよい点も優れた点の一つといえる。

(3)太陽光発電による農業用温室―広西ソーラーテクノロジー社―

 太陽光を利用した温室の一つがこの新技術である。一般に太陽光を利用した温室には、太陽光そのものが発する熱を植物栽培に生かす方法と、太陽光により発電した熱をこれに加えて栽培する方法とがある。ここで紹介するのは後者である。前号で紹介した太陽光で地下水を温水化して栽培に生かす事例「再生エネルギー型ガラス温室」(清華大学)も同様のタイプに属するが、太陽光を熱源に直接利用することに重点を置くこの事例とやや異なっている。

 本事例は具体的には、温室本体が太陽光集熱の天井を持ち、温室本体の内部に植栽スペース、上部に太陽エネルギー天井を配置、ソーラールーフの周囲は温室本体の端から20~30cm離す。

 このシステムはソーラーパネル、ソーラーコントローラーを持ち、バッテリー、インバーターを併設。システム本体はソーラールーフに固定され、透光性素材で覆われている。特徴は、凸面透過または凹面透過の集光材料を採用して、太陽光照射の効果を高め、太陽エネルギーを十分に利用しエネルギーの利用効率を改善し、建設コストを同じタイプのガラス温室よりも低くなるように設計されている点である。水タンクは灌漑用にも提供され、連続的な植物栽培に適するように工夫されている。

3.ガラス温室部品貿易-世界一の中国-

 最後に、オランダ発ガラス温室はすでに中国の世界制覇が進んでいる現状の一端を貿易の観点から見ておきたい。ガラス温室貿易については前号で触れたが、正確な把握は困難である。その理由の一つに、ガラス温室貿易には完成品概念が成立しにくく、一般的にはガラス温室を構成する各種の材料、たとえばAI等の先端技術を組み込んだ各種コントローラー、各種計器、培地、水路、養液、各種H鋼材など温室の骨組み部分、軽量アルミ材、各種ガラス、換気扇、熱源および蓄熱装置、各種太陽光パネル、人工灯、パイプ類等多岐にわたり、ガラス温室専用材料以外に多種類の多用途材が該当する。

 こうした理由から、使用目的をガラス温室に特定できる材料のみの貿易を把握することは困難である。しかし、HSコードから、ガラス温室に使われることを主目的とするであろう材料をおおまかに把握することは不可能ではない。しかしこのほかにガラス、AI関係、コントロール関係、熱源関係等、上に挙げた各種の材料がガラス温室用として輸出されているはずであるが、統計上、絞り切ることは難しい。

 以下はそのようなおおまかな視点に立って、ガラス温室材料(H鋼等の温室大外形装置・支柱等、人工灯、往復容積式ポンプ、温室用水槽・水路)の中国から世界および日本から世界への輸出を推定してみたものである(統計時点は2021年)。

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 まず以上4つの品目合計の世界輸出合計額は表2のように約1,303億ドル、うち中国の対世界輸出額が482億ドル、日本の対世界輸出額は20億ドルであり、中国の対世界シェアは37.0%、日本は1.5%となっている。品目別の中国の世界シェアは温室大外形装置・支柱等が31.0%、温室用水槽・水路23.9%、人工灯73.4%、往復容積式ポンプ9.3%である。往復容積式ポンプはドイツとアメリカが世界1.2位を占めておりかなり金額は落ちるが中国と日本が3.4位に位置する。

 中国はガラス温室の世界をリードするトップ市場であると同時に、このように、ガラス温室の材料のうち主要な部分について、中国は世界輸出のトップの地位にあるといってよく、輸出額は今後、さらに伸びる可能性を秘めている。

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