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【22-09】第23回 中国における人工肉の普及・背景・見通し・課題④中国における人工肉開発の今後-特許権申請状況から-

2022年05月25日

高橋五郎

高橋五郎: 愛知大学名誉教授(農学博士)

略歴

愛知大学国際中国学研究センターフェロー
中国経済経営学会前会長
研究領域 中国農業問題全般

1、中国が驚愕した日清食品の牛培養肉

 日清食品と東京大学が連携、培養肉(牛肉)の完成品の試作に成功したニュースは中国の人工肉関係者の間でも注目された(2022年4月)。日清食品によると、このたび開発に成功した牛培養肉はわずか数センチ四方、ごはんに載せる寿司ネタほどもない小さなものだが、その一歩は、今後に大きな期待を約束するほど大きな可能性を秘めるものだ。

 ただ、普段私たちがナイフとフォークで食べる数百グラムのステーキと同じくらいのものを低価格で提供できる可能性はどうかとなると、残念ながら、その実現性はなお小さな可能性に止まることも事実だ。

 牛培養肉の源は牛の細胞そのものであり、牛培養肉は牛の幹細胞再生医療技術のような本質を持つ高度な技術に基づくものである。その実現に向けた体制の充実には終わりがないかもしれないが、大きなカギは何といっても資金の確保、そして人材の広がりである。

 中国の人工肉開発技術の現状の一端は、公開されている特許権申請・受理状況を見ることから窺うことが可能性である。ただし特許権申請・受理状況は、各開発段階で一定の完成度に達した技術なので、開発状況のすべてを知るには限界がある。企業や大学では高度な技術ほど機密性を守るので、中国全体の様子を外部から窺い知るには限界がある。

 したがって特許関係情報は有力な参考情報として受け止めるのが妥当と思われるが、その意味における現状をまとめてみた(表参照)。同表からは人工肉のうち植物由来と動物由来とに分かれることを窺うことができるが、まず、その概要をまとめてみよう。そして中国における人工肉開発の今後の可能性を述べ、本シリーズを閉じることにしよう。

2、特許状況にみる中国人工肉開発の現況

 大別して植物由来・培養肉由来という2つの人工肉のうち商品化された段階に達したのは植物由来人工肉だが、植物種・製法・価格・外見・味覚・入手アクセス・調理などの点になると、なおさまざまな技術改良をめぐり競争が繰り広げられ、その終着点は見えていない。

 培養肉はさらにその何十倍いやそれ以上の困難が待ち受けており、実際、手ごろに入手できるになるまでの道のりは非常に遠い。

図1

※図をクリックすると、ポップアップで拡大表示されます。

 さて表(「中国における人工肉関係特許申請・受理状況」)は、中国知識産権局の最新データから拾い上げた植物由来・培養肉を合わせた人工肉開発の状況である。同表には74件あるが、うち40数件が植物由来で培養肉はやや出遅れている気配がある。

 ただし人工肉開発の方法にはゲノム編集技術による接近も否定できないが、この表からは除いてある。ゲノム編集技術による食品開発全般については、以前のコラム で数回にわたり取り上げたので参照していただきたい。さて同表記載の人工肉に関する開発状況をいくつか、ピックアップして紹介してみたい。

(1)植物由来の人工肉

①天津科技大学(開発者、以下同じ):「ジューシーな大豆製粉タンパク質人工肉の一種とその製造方法」
 概要:本件は食品加工の技術分野に属し、ジューシーな大豆延伸タンパク質人工肉およびその調製方法である。大豆絹タンパク質を主原料として加工された人工肉であり、高圧注入法によりヒドロゲル物質を注入。室温以下で水分を保持する。加熱・調理工程肉製品のようなジューシーな味わいで、汁がたっぷりと浸透する。調製された大豆抽出タンパク質人工肉は、高タンパク質、低脂肪、低コレステロールなどの利点を持ち、肉製品を食べることによって引き起こされる様々な健康問題を軽減するだけでなく、栄養バランスおよび体力の向上にも寄与する。菜食主義者に、より多くの選択肢を提供、生産コストを削減、環境汚染を削減し、市場の要請に適するものである。

②北京工商大学:「食用キノコの一種由来人工肉ソーセージとその製造方法」
 概要:本件は人工肉ソーセージおよびその調製方法である。人工肉およびその他の原料を混合して混合物を得、次にスターター(一般には微生物:筆者注)を添加、スターターを含む混合物を発酵させ、乾燥後、発酵ソーセージを取得する。人工肉は、食用菌類と植物性タンパク質をベースにした人工肉で、植物性タンパク質と食用キノコの混合粉末、水を含む。本件の人工肉は食感、外観および風味において動物由来の肉製品に類似、人工肉を主原料とし、付加価値加工により高い利用率と人工肉の受け入れを実現し、より安全で健康的で持続可能な新しい発酵ソーセージ製品である。

③包頭東宝生物技術股份有限公司:「一種の人工肉繊維構造形成法」
 概要:本件はステップ1として原材料検査、ステップ2として混合、ステップ3として乳化、ステップ4として麺の練り、ステップ5として低温放置、ステップ6として充填、ステップ7として肉繊維の形成と熟成、ステップ8として冷却する。これらを経て、原材料自体の特性を利用、低温条件下で筋膜を形成、他の化学的または機械的効果を伴わずに調理温度で方向性膨張して繊維を形成する。複雑な機械設備は必要なく技術と設備のコストは低く、処理プロセスでの酸塩基処理はない。食品の安全性を向上させ、肉繊維効果は高く実際の肉繊維の状態に近いものである。

④甜糖股份公司:「食油用穀物種子ミールの改良食品」
 概要:本件は特に発酵穀物を人工肉として使用するための新技術である。少なくとも1つの植物性タンパク質含有組成物、少なくとも1つの油糧種子ミールを含む同時処理混合物を含む人工肉である。

(2)培養肉由来の人工肉

①阿利夫農場公司:「高品質の培養肉、組成および高品質の培養肉および組成物の製造方法」
 概要:培養システム内の食用足場(加工された原材料やその基盤:筆者注)上で非ヒト動物付着細胞を培養することを含む内臓形態の培養肉などの培養食品を製造するための技術である。本培養システムは、非ヒト動物付着細胞に栄養を与えるように制御された培地を作り、複数の細胞培養バイオリアクターを含む新しい技術である。

②江南大学:「筋幹細胞培養のための架橋ヒドロゲルの一種の調製方法と応用」
 概要:本件は筋幹細胞培養用の架橋ヒドロゲル(水に溶解しない架橋親水性ポリマー:筆者注)の調製方法および用途を開発したものであり、生物学的食品材料の技術分野に属する。このヒドロゲルを使用すると筋肉幹細胞は栄養素の取り込みを促進し、それらの成長を促進することができる。二重架橋ネットワーク(高分子をつなげたネットワーク:筆者注)ヒドロゲルは、幹細胞培養肉における筋幹細胞の成長のための足場としての可能性を秘めている。

3、中国における人工肉開発の今後の可能性

 人工肉開発と普及のうち今後の注目点は培養肉の可能性である。この点、中国では最近になって表にも掲載したCellX(上海未食)というメーカーが注目されている。多数の投資家を集めた楊梓梁という若い創始者によるスタートアップであり、多くの特許申請を行っている。

 培養肉の開発・実用化について中国政府(農業農村部)は14次5か年計画(2021年~2025)に低炭素農業推進策の一環として追加繰り入れする意向を持ち、予算をはじめとする国家レベルにおける開発体制を強化し始めたとも伝えられる(「食品飲料創新」2022.5.17)。

 中国でこの分野の技術開発を担うのはメーカー、研究機関、大学であるがメーカーの比重が高い。その理由は、膨大な可能性を秘めた国内市場の獲得にある。また政府の後押しの背景には、中国メーカーによる世界市場における主導権確保という狙いが読み取れる。

 今後世界の食料事情が好転する見通しは立てにくく、いっそう豊かになる自国民の食料消費水準の上昇、他方で進む食料の世界的な絶対的不足(世界の90%以上の国の食料自給率は100%未満だが、自給率水準の低下は更に進むと見られる)の下で、人工肉依存の動きが強まる見通しは否定できない。

 こうしたことから、さらには現在までの新技術開発の流れからも、中国の人工肉開発技術は植物由来・培養肉を含め、アメリカや日本と並んで、世界的なリード役となり続ける可能性が高いであろう。

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