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【22-25】中国に於けるオランダ式ガラス温室の利用と改良点(上)

2022年07月22日

高橋五郎

高橋五郎: 愛知大学名誉教授(農学博士)

略歴

愛知大学国際中国学研究センターフェロー
中国経済経営学会前会長
研究領域 中国農業問題全般

はじめに

 第3次農業センサス(調査時点2016年12月)によると、中国全土の農業用ハウス施設面積は981千ヘクタール、10年前の第2次農業センサス(同2006年12月)の465千ヘクタールから2倍以上に増えた。

 本稿が注目するのはそのうちの「温室」である。中国の農業用ハウスの多くを占めるのは断面が半かまぼこ形の土壁式ビニールハウスであるのに対して、多くの「温室」のその構造上の特徴はオランダ式ガラス温室である点にある。

 この「温室」の面積は第3次農業センサスではハウス施設面積全体の約3割に相当する334千ヘクタール、第2次センサスによる81千ヘクタールの4倍以上に増えた。ハウス施設面積全体の増え方の2倍という大きな増え方である。

 本稿は中国で急速に増え続ける「温室」、とりわけオランダ式ガラス温室に焦点を当て、その普及の背景、利用形態、中国的改良などに焦点を当てる。

オランダ式ガラス温室の普及の背景

 オランダ式ガラス温室(写真1)にはいくつかのタイプがあるが、ここではまず一般的な特徴について要点を紹介する。

1,優位性のある特徴とは

 ①採光性に優れていること(ビニールよりも太陽光線透過率が高い)、②保温性に優れていること、③軒髙(地面からハウスの天井までの高さ)が平均して5メートル以上あり、栽培植物の背を上方に伸ばすことで収穫量を増やすことができること(ハイワイヤー式)、④2~3年のビニールと違いガラスなので耐用年数が格段に長いこと、⑤根床(培地)を問わず土壌、水耕、礫耕、スポンジ耕とバリエーションが豊富であること、⑥一棟当たり面積がビニールハウスの最大15アール程度なのに比べ10~20倍(3ヘクタール)、あるいはそれ以上の大きさにも耐えられること、⑦連作障害に強いこと、⑧単位面積当たり収穫量がビニールハウスの1.2~1.5倍であること、⑨温度・換気・湿度・CO2濃度・養液管理(水耕等の場合)などの環境制御にAI管理を行っていることなどである。

2.難点に属する特徴も

 他方、中国の農業現場にとっては難点に当たる特徴もある。①建設コスト(最低3万円/㎡:現地単価を1元=20円で換算、以下同)・管理運営コスト(年間設備維持費2,400円/㎡、年間人件費600円/㎡、年間水・肥料・種子など資材費600円/㎡)が高いこと、②高度の技術が必要であるが、そのための専門知識を持った人材確保が容易でないこと、③培地を土壌にするにせよロックウールなどを使った養液栽培にせよ、適切な水(量と質両面からの)の確保、④栽培植物自体や培地等に生じる病気・細菌等の防止、⑤温度・栽培に欠かすことができないCO2や換気の管理等の環境制御システム性能の確保・保修管理技術習得、⑥重い雪質の積雪が多い地方では難点があること、⑦通年・大量出荷が可能な安定的な販路確保などである。

3.背景

 このようにメリット・デメリットの大きいオランダ式ガラス温室であるが、中国では採用の可否に当たり、どちらかというと優位性を重視して難点を軽視する傾向がある中で採用が増えて行ったという見方を筆者はしている。

 その力になったのはうまくいけば1ムー(6.7アール)当たり年間で6万元の売上が見込めるという期待、政府の「農村振興政策」(日本でいえば農業振興政策)への後押し、つまりは1ムー当たり2019年の例で1.5万元(約30万円)の国家補助金の存在などである。

 関連業界の熱の入れようも大変なもので、2018年時点の温室関連企業は大規模なものだけで1千社を超える。また温室栽培従事者は4千万人、生産された野菜は全体の3割、売上は9800億元(約2兆円)にも上るとの一部情報もある(2020年3月9日「農業行業観察」)。

 筆者が現地で見た様子ではオランダ式ガラス温室は東部を中心に広範囲に普及する途上にあるが、とくに上海近郊、江蘇省、山東省、河北省、山西省などでの普及が目立つ。

 設置者は政府の財政的・人的支援を受けた農業竜頭企業や大面積の土地の委託管理を任された供銷合作社(農業専業合作社と並ぶ伝統的な合作社。主に消費財の流通を担っていたが、最近は農業専業合作社と競争する形で農業生産に直接に乗り出す例が目立つ。ただし農業専業合作社が法律に依るのに対し任意団体。)が中心とみてよかろう。最近、中国政府は進んだ農業技術を持つ海外企業と上記の設置者等との合弁企業を推奨する姿勢を強化していることなどから、オランダなどガラス温室関係企業との合弁を起こす例もあるといわれている。

 中国農業はコメやトウモロコシなど穀物や一部の果樹を除き、露地栽培からハウス栽培へ移る傾向を強めているので、その技術を持つシステムの先端にあるオランダ式ガラス温室は、将来の理想的農業のあり方の目標の一つになっている。

 その増加ぶりは前述したが、オランダ式ガラス温室の素材や部品などの輸入面からも普及の積極性を確かめることができる。

 中国のガラス温室の素材や部品輸入は、世界で群を抜く多さを誇っている。ただしオランダ式ガラス温室とはいっても、これら素材の製造元は世界に散らばっており、日本や韓国などでも性能の優れたものが提供されているが、それがオランダ式ガラス温室のものであるかどうかは調べ切れない。産地国名を打ったHSコードがそもそも存在しないからでもある。

 オランダ式ガラス温室の素材や部品の各国間貿易は、国連のComtradeというデータベースからある程度は調べることができる。「ある程度」としたのは厳密な貿易の実態を知ることはできないからである。Comtradeを使うには、ガラス温室の素材や部品を示す9ケタまでのHSコードを用いて、まずは本家本元のオランダからの輸入を追う必要がある。それが「オランダ式ガラス温室」の輸入と見なすことができる唯一の方法である。

 中国側からみたその該当コードは以下である。732690900、730890000、842489999、940540900、841350201。しかし前述のように、オランダ以外からのこれらHSコードが、いわゆるオランダ式ガラス温室と言えるものかどうかは断定できない。さらに、オンライン上に公開されているComtradeで捕捉できるのは最少で6ケタどまりであり、本当に知りたい7ケタ以降の詳細は不明である。

 こうしたことから筆者自身は調べ切れていないが、中国などで農業カウンセラーをした経験があるというオランダ人、マーチン・モニコフ氏によると2020年、中国は1億400万ドルのオランダ式ガラス温室の素材や部品を輸入したという(https://bit.ly/3yyUlHr)。この額は2位のドイツ6.4千万ドル、3位フランス5.8千万ドルを大きく上回るものだという。ちなみに日本は400万ドルに過ぎないが、自国で製造できる能力があるためと思われる。筆者が2019年から2021年まで調べた6ケタの貿易額からも、中国の輸入は毎年のように増えていること自体は確認できる。

 他方では中国からの輸出も輸入に劣らないほど多いが、上述したように中国国内における温室関係製造業者の数がけっこうなレベルにあることからも、うなずけることではある。

(写真1:中国のオランダ式ガラス温室概観。撮影筆者
2019年河北省(上)、2017年上海(下))

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 4,利用形態

 中国で栽培されているものに、オランダ式ガラス温室と一般のビニールハウスとのあいだに基本的な差異はない。ミニトマト、通常のトマト、ピーマン類、インゲン類、ナス、キュウリ、ホウレンソウ、チンゲン菜、ニンジン、イチゴ、メロン、たまに矮化ナツメなど、周年で高品質の栽培ができるものが選ばれる。筆者の現地見学では、高収益が期待できる薬草・薬用キノコ類が栽培されている。

 日本や欧米のオランダ式ガラス温室はロック―ルやスポンジ類などの培地に養液を流す場合と土壌とに分かれる。中国ではなお土壌を使うことが多いといえるが、養液栽培(写真2)、土壌栽培(写真3)とが競争し合う段階にある。

(写真2:イチゴ栽培中。撮影筆者2019年北京)

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(写真3:レタス栽培中。撮影筆者2017年上海)

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 土壌栽培には土壌菌排除や有機物の維持などの課題があるが、それが分かっていて土壌を使う大きな理由の一つは、水といえば地下水しか適した水源は見当たらないが、きれいでpHが中性の水の確保が案外面倒だからである。中国の地下水は季節や年によって水位に変動があり、しかも概してpHが高いアルカリ性であり(許慶忠ほか「长江江域南通段表层沉积物 PH、Eh、T分布特征」『世界有色金属』2021年4月など参照)、その安定確保のできる位置の確保や地下水の中性化にはコストがかかる。

 しかし培地が土壌であろうとも水は不可欠だが、温室の良さは、水の蒸発が抑えられ湿度を高く維持でき、直径1㎝程度のプラスチック製の細い管で「点滴灌漑」をするので節水できることである。

 これらの対策を講じた上でオランダ式ガラス温室の優位性の一つ、ハイワイヤー方式で茎や葉を思い切り上方へ伸ばし、収量を高める良さが発揮される。茎の上部をさらに上に横に直線に張ったところから吊るしたヒモで茎を吊り上げるようにして、植物を直立不動に立たせ、枝の張りを助け実のなる芽を増やすのである。収穫も立ってできるので楽で、効率的である。

 しかし方向性としては、中国のガラス温室関連企業や大学などでは土壌を排除することに重点があり、その実現に向けた取組みが進められている。そこには、オランダ式ガラス温室についての中国なりの改良の取組みが盛んにおこなわれているので、次にその典型的な事例を見よう。

5.オランダ式ガラス温室改良の取組み―再生エネルギー型ガラス温室―

 オランダ式ガラス温室は使用される国情や地域事情に応じたバリエーションを持っており特許が成立している部分を除き、中国に適したオランダ式ガラス温室を改良することは自由である。

図1

※図をクリックすると、ポップアップで拡大表示されます。

 図は清華大学のベンチャー企業が開発に取り組んでいる中国の実情を考慮したオランダ式ガラス温室の設計図である。構造上の番号がついた各部の名称は図中に説明したが、このガラス温室の構造上の特長を言い当てたコンセプトがあるとすれば「再生エネルギー型ガラス温室」であろう。

 やや打ち砕いて紹介すると、①栽培に必要な熱源は太陽光、②太陽光を中国の家庭で一般的な温水パイプ暖房で全システムを包む、③灌漑も暖房も地下水を利用、④太陽光熱を蓄熱できるシステムを併設、⑤保温カーテンが全体をくるむ、⑥培地は土壌と水耕いずれにも対応可能なものである。

 中国でのオランダ式ガラス温室は、前述のように敷地面積が数ヘクタールに及ぶこともあるが、難点は純粋な真水の確保であり、培地が土壌の場合は写真4のような細いパイプで植物の根元に点滴する方法が普及している。土壌にしろ養液にしろ雑菌が難敵であり、その消毒や交換はコストプッシュ要因の一つであり、灌漑水や養液に肥料とともに農薬を混合する工夫が模索されている。

(写真4:パイプ灌漑施設。撮影筆者2017年上海)

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 なお図で紹介したこの事例は太陽光による熱源確保に特徴があり、電気または化石燃料に依存することから生まれるコストを削減する意図を持った省エネタイプである。中国政府は農業のエコシステム化を進めており、その流れに乗ったガラス温室といえる。

 現在この研究は特許申請され審査中であるが、同様の事例は多数あり、すでに各国が取得済み特許権の隙間をぬって、新しい技術開発を行おうとする姿勢がうかがわれる。全体的に最も関心が寄せられている点は、省エネと節水、栽培植物の均質化と量産、専門知識を持った人材の確保である。

 次回の下では特許申請・成立面に現れたオランダ式ガラス温室開発の特徴を中心に述べる予定である。

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