露口洋介の金融から見る中国経済
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【22-01】貸出市場報告金利(LPR)の相次ぐ引下げ

2022年01月31日

露口洋介

露口 洋介(つゆぐち ようすけ):帝京大学経済学部 教授

略歴

1980年東京大学法学部卒業、日本銀行入行。在中国大使館経済部書記官、日本銀行香港事務所次長、日本銀行初代北京事務所長などを経て、2011年日本銀行退職。信金中央金庫、日本大学を経て2018年4月より現職。著書に『中国経済のマクロ分析』(共著)、『東アジア地域協力の共同設計』(共著)、『中国資本市場の現状と課題』(共著)、『中国対外経済政策のリアリティー』(共著)など。

 中国人民銀行が政策金利体系の一部をなすと位置付けている貸出市場報告金利(LPR)が2021年12月と2022年1月に連続して引き下げられた。今回は、この背景について考えてみたい。

LPRの位置づけ

 LPRは、中国人民銀行が選定した18行の報告銀行が、中期貸出ファシリティ(MLF)1年物の金利水準を基準に、各行の資金調達コストや市場の需給、リスクプレミアムなどを考慮して、人民銀行から授権された全国銀行間貸借センターに報告し、同センターが平均値を計算して公表する。MLFは毎月15日頃に人民銀行が銀行向けに実施し、その際の金利を受けてLPRは毎月20日に1年物と5年以上物が公表される。MLFとLPRの間の金利差は固定されておらず、報告銀行の状況によって変化する。人民銀行は、銀行との間で原則毎日取引を行う7日物リバースレポ金利を短期の、MLFを中長期の政策金利と位置付け、MLF→LPR→銀行貸出金利という金融政策波及経路が構築されたとしている。

 2021年5月の本コラム でも紹介したように、「中国金融政策執行報告2021年第1四半期」において、人民銀行は、金融政策手段(7日物リバースレポやMLF)の金利を政策金利として金融政策の操作目標と位置付けるとしている。そして、市場参加者が金融政策の方向性を判断するためには、政策金利の変化を観察すればよい、と述べている。

LPRの引下げ

 2021年12月20日にLPR1年物が3.85%から3.80%へ5ベーシスポイント(bp)引き下げられた。しかし、この引下げの前にはMLFの金利も7日物リバースレポ金利も引き下げられてはいなかった。LPRは唐突に引き下げられた感がある。また、従来から銀行の預金・貸出基準金利や預金準備率の変更に際しては、人民銀行のホームページで政策の公表と同時にその理由も説明されているが、LPRの変更については、人民銀行のホームページでは12月20日に淡々と金利の変更が掲載されたのみで、理由の説明はない。ちなみに全国銀行間貸借センターのホームページでも事実のみが掲載され、理由は説明されていない。

 人民銀行のホームページでは、12月27日になって「2022年中国人民銀行工作会議開催」という記事が掲載され、その中で2021年の実績として「貸出市場報告金利を誘導して5bp引下げ、農業支援、小企業支援の再貸出金利を25bp引き下げた」と初めて説明らしきものが掲載された。また、12月30日掲載された「小・零細企業金融サービスとグリーン金融記者会見」でも、企業の総合的資金調達コストを低下させたことの説明の中で12月にLPRを5bp引き下げたことと、農業支援、小企業支援の再貸出金利の引下げが挙げられている。

 一方、2022年1月20日には、LPR1年物が10bp引き下げられ3.70%、5年以上物は5bp引き下げられ4.60%となった。今回は1月17日に7日物リバースレポ金利が10bp引き下げられて2.10%、MLF金利も10bp引き下げられて2.85%になっており、20日のLPR引下げは予想されていた。人民銀行は前日の1月19日に「2021年金融統計データ記者会見」を開催しその内容をホームページに掲載している。その中で孫国峰金融政策局長が記者の質問に答えて「1月17日の金利引き下げによって、短期金融市場と債券市場の金利も相応に低下しており、LPRも市場金利の変化を十分反映して、企業貸出金利の低下を導き、企業の総合的資金調達コストの低下をもたらすだろう」と述べ、翌日のLPR引下げを示唆している。

 21年12月20日のLPR1年物の引下げの際には、直前の12月15日に李克強首相主催の国務院常務会議が開催され、中小・零細企業に対する金融面の政策の強化が決定された。同会議では、従来、コロナ禍対策として小・零細企業向け貸出の元本利息の返済を猶予するため、銀行に奨励金を支払っていたが、2022年からは地方銀行の小・零細企業貸出の残高増加額の1%を人民銀行が提供するという制度に変更する。また、従来の小・零細企業向け貸出支援策として実施されていた4000億元の再貸出を農業支援・小企業支援再貸出制度に再編することとされた。人民銀行のホームページで事後的に掲載された12月20日のLPR1年物の5bpの引下げの理由が、農業支援・小企業支援再貸出とセットになって説明されているところを見ると、この国務院常務会議を受けて引下げが行われたものと思われる。

 これに対して、22年1月20日のLPRの引下げは事前にMLF金利と7日物リバースレポ金利を引き下げ、前日の19日にはLPR引下げを示唆し、その説明を行ったうえで実施された。人民銀行の劉国強副総裁は、1月19日の記者会見で、LPRはマクロ的なものであり、その変動は一部の産業などを対象としたものではないと述べている。また、「周期をまたがる調節」ということが強調されている。これは数周期にわたって景気の周期を平準化しようとするものであり、長期的視点の対応といえる。直前に公表された2021年10~12月期の実質GDP前年同期比成長率が4.0%と低めにとどまったこともあり、今回の引下げは、農業支援・小企業支援にとどまらず、マクロ経済全体の停滞に対するテコ入れとして行われたものであろう。

金融政策の手法は改善の途上

 中国の金融政策は分かりにくい。金融政策に関係する金利だけでも、7日物リバースレポ金利、MLF1年物金利、LPR1年物、同5年以上物、再割引・再貸出金利がある。預金準備率も金融政策の手段として多用される。また、再割引や再貸出の数量も重要である。あまり表には出ないが、銀行の貸出量を直接コントロールする窓口指導も依然として行われている。もっとも、現在の日本銀行の金融政策も国債購入量や金利など多くの指標が並んでいて、同じく分かりにくいことは指摘しておかなければならない。中国では、預金準備率の変更と金利の変更が同時に実施されるわけではないし、2020年7月に見られたように、銀行間市場金利が上昇している中で小・零細企業向け再貸出の金利が逆に引き下げられるということも生じている(2020年7月の本コラム 参照)。

 前述したように、人民銀行自身が金融政策の方向性を判断するためには政策金利の動向を見ればよいと言っているにもかかわらず、21年12月には政策金利と位置付けているMLF金利を動かさずに、LPRを引き下げた。その後の人民銀行の公表文では、LPRの引下げを人民銀行の政策として説明しており、報告銀行の判断で引下げが生じたわけではない。前述の通り、金融政策執行報告においてMLF金利→LPR→銀行貸出金利という金融政策波及経路が形成されたと述べているのであるから、本来、まず政策金利であるMLFを引下げ、それに応じてLPRを引下げるべきであったろう。さらに、7日物リバースレポ金利と1年物MLF金利を政策金利と位置付ける以上、これらの金利を変動させる際には、ホームページなどで金融政策の変更として公表し、それと同時に理由をしっかり説明すべきである。

 現在は金利を操作目標とした金融政策への移行の過渡期であり、様々な改善の努力が行われている途上であろう。より透明性のある金融政策となるよう、公表方法を含め金融政策の手法について一層の改善が行われることを期待したい。

(了)