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【23-11】若年層の就職難・不安感深刻に 失業率不公表に日本でも関心

小岩井忠道(科学記者) 2023年08月23日

 中国国家統計局が8月15日、年齢層で分けた7月の失業率公表を一時停止する、と発表した。若年層の就職難の深刻さを中国政府が認めざるを得なくなったとして、日本の新聞、放送もすぐ報道している。同じ15日、中国の大学新卒者、大学院新修了者の就職困難な状況と焦燥感を伝えるレポートをニッセイ基礎研究所の片山ゆき保険研究部主任研究員が公表した。過酷な受験戦争に耐えて学歴をやっと手に入れても思うような就職ができない現実に、あきらめに似た気持ちも広がっている深刻な現状を詳しく紹介している。

 「『卒業=失業』の失望感(中国)」と題する片山氏のレポートは、ニッセイ基礎研究所ホームページに掲載された。年齢層で分けた月別失業率の公表を中国国家統計局が避けた7月は、社会に出る大学卒業者や大学院修了者が最も多い時期。片山氏はまず、直前6月の時点ですでに若年失業率が深刻な状況にあったことをこれまでに公表済みの中国国家統計局公表データから示している。

 2023年の大学卒・大学院修了者は過去最多の1158万人と見込まれている。一方、6月時点で、都市部の16~24歳の失業率は21.3%と、統計が開始された2018年以降最も高い。25~59歳の失業率4.1%と比べると約5倍に上る。5年前(2018年)の若年失業率は1月が11.2%で、大学などの卒業シーズン(6~7月)あたりから上昇し、就職が決定していくことで12月には10.1%と、年末には年始とほぼ同じ状況に落ち着いている。しかし、変化がみられるのが2021年あたりから。卒業シーズン以降も失業率の下げ幅が小さくなり、失業の長期化がうかがえる。2023年6月の失業率(21.3%)は新型コロナ前の2019年6月(11.6%)の約2倍。新型コロナ禍やそれにともなう経済情勢から新卒採用や再就職などの雇用環境がより厳しくなっていることが分かる。

 

都市部における年齢区分別・月別の失業率の推移(2018年1月-2023年6月)

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(出所)中国国家統計局の公表データより作成。(片山ゆきニッセイ基礎研究所保険研究部主任研究員リポート「『卒業=失業』の失望感(中国)」から)

実質若年失業率46.5%との声も

 公表済みの6月の16~24歳失業率21.3%ですら、現実とだいぶ異なる可能性が高い。現状をより正確に示した数値として、日本国内各紙と片山氏がそろって紹介しているのが、張丹丹北京大学副教授が7月17日、中国の独立系メディア「財新」で明らかにした推計値だ。張氏は2023年3月時点で、16~24歳の実質的な失業率が政府統計の19.6%よりはるかに高く最大46.5%に達している、としている。政府統計には含まれていない「求職・就学もせず、家族のサポートの下で生活する若年層」を失業者として含めると、張氏のようなより実際に近い数値となる、と片山氏はみている。

 こうした現状をもたらした背景にあるのは何か。片山氏は、高等教育人材拡充によるジレンマと、需要と供給のミスマッチがさらに深刻化している実態を挙げている。労働市場を管轄する人力資源社会保障部の分析・報告などを基に、まず指摘しているのが就学・就労をせず、就労に向けて職業訓練も受けていない若年層の増加。「現在のところ就労・就学とも考えていない」という新卒者は2023年に18.9%と約2割を占める。2020年の調査結果と比べるとわずか3年間で12.7ポイントも増加していることを示す。

 

今後の進路

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(出所)人力資源社会保障部、智聯招聘より作成。(片山ゆきニッセイ基礎研究所保険研究部主任研究員リポート「『卒業=失業』の失望感(中国)」から)

高学歴ほど高い未就職不安

 新卒者の不安の程度はどうか。学部・大学院を合わせた新卒者全体に比べ大学院修了者の方が「大変焦っている。就職できないのではないかと心配」「かなり焦っているため、積極的に活動している」と答えた人がいずれも多い。求人サイトを運営する中国の人材会社「智聯招聘」のこうした調査結果を基に、「新卒者の間では『卒業=失業』といった状況に対する焦燥感も漂っている。特に高学歴(大学院修了者)であるほど深刻」と片山氏はみている。

 

新卒者の不安度合(2023年)

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(出所)智聯招聘「2023大学生就業力報告」より作成。(片山ゆきニッセイ基礎研究所保険研究部主任研究員リポート「『卒業=失業』の失望感(中国)」から)

安定・ホワイトカラー志向も

 もう一つの特徴が、安定志向のさらなる高まりだ。新型コロナ禍で大学・大学院生活を過ごした新卒者は、企業の営業停止や雇用・給与などの不安定化を目の当たりにしている。その結果、就職を希望する場合は安定性が高い国有企業と政府機関など公務員志向がさらに高まっていることを裏付ける調査結果を片山氏は注視する。

 

就職希望の企業形態

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(出所)人力資源社会保障部、智聯招聘より作成。(片山ゆきニッセイ基礎研究所保険研究部主任研究員リポート「『卒業=失業』の失望感(中国)」から)

 さらにこうした現状の背景として、政府が積極的に進めてきた人材の高度化政策の影響も片山氏は重視する。2017年にできた「世界一流大学・一流学科建設実施弁法(暫定)」などにより大学・大学院への進学率が向上し、卒・修了者が増加したことが、失業の一時的な受け皿になった一方、高学歴化によるホワイトカラー志向の高まり、それに伴う雇用のミスマッチをもたらしている現実だ。大学生の希望就職先がIT・通信といったデジタル分野の就職希望者は引き続き多いものの、加工・製造業や都市の生活インフラを支える交通・運輸などの希望が大幅に少ない。

 景気後退によって企業側も時間をかけて丁寧に人材を育てていくというよりは即戦力を求め、さらに正規雇用を縮小し、非正規雇用を拡大する傾向にある。厳しい採用競争にこぼれ落ちた新卒者が、一時的に非正規での労働やフードデリバリーなどのギグワーカーをしながら都市にとどまり、生計を立てる。こうした状況も発生している現実を示す調査結果が出ていることにも片山氏は注意を促している。

政府対応も若年者の影響大

 こうした事態に対する政府の対応はどうか。2023年の新卒者や卒業後2年間就職できていない大学卒業者・大学院修了者、さらに16~24歳の失業者たちと雇用契約を結んだ企業が、失業・労災・年金の保険料を1カ月以上納付した場合、1人につき最高1500元を支給する。こうした若年層に対する雇用促進政策が6月に打ち出されるなど、若年層の就職・再就職を年末までに改善したいという政府の意図がうかがえる、と片山氏は評価している。

 一方、高度人材の拡充に力を入れてきた結果、高等教育を受けた人材は急増したが、それを受け入れるだけの産業の構造転換やレベルの向上を果たせていない現状にも厳しい目を向ける。行き場を失った若者の中には、就職をせず実家で家事全般を請け負ったり、両親の介護や付き添いをすることで両親から生活費を受け取る「専業こども」(「全職儿女」,「全職子女」)になる。社会の変化に合わせて自身の置かれている境遇を変えることができなかった知識人として、魯迅が小説で描いた主人公「孔乙己」に自らをたとえる高学歴者の苦悩の声がSNS(ソーシャル・メディア・ネットワーク)で話題になる。こうした若年層の厳しい現状も片山氏は紹介している。

「専業こども」については、6月14日の「人民網日本語版」が詳しく紹介している。「今の若者は就職に多大なプレッシャーを抱えているだけでなく、理想的な仕事の環境を強く望んでいることを反映している」「経済や社会が発展を続けるにつれて、現代の若者の職業選択に対する見方にも変化が生じており、仕事を探す過程でペースを落とす若者たちを広い心で受け入れるべきなのかもしれない」といった見方を示しているのが目を引く。

他の国内研究者も高い関心

 大学学部・大学院修士・博士課程修了者の就職率が公表された数字よりはるかに多く、中国の経済発展を支えてきた社会的基盤を侵食しかねない状況だとする指摘は、他の日本国内研究者からも出ていた。昨年10月には、日本総合研究所の三浦有史上席主任研究員が「中国の若年失業率の高止まりは何を意味するか」と題する論考を同研究所発行のアジア・マンスリー10月号に載せている。基にしているデータは、片山氏同様、中国国家統計局の「都市調査失業率」。戸籍が都市か農村かを問わず都市に居住している人で、過去3カ月間、求職活動をしており、適切な仕事があれば2週間以内に働き始めることができる人を「失業者」とみなしている。

 三浦氏は、この論考の中で2020年と2022年の7月に若年失業率が急激に上昇した理由を、新型コロナの感染拡大に伴う急激な景気後退に加え、供給側の問題がさらに輪をかけたと指摘していた。供給側の問題というのは、解雇する場合、雇用主には勤続年数に応じた補償金の支払いが義務化されているなど若年層だけが特にしわ寄せを受けやすい就業構造を指している。

 さらに三浦氏に先立ち、昨年2月には同研究所の呉軍華上席理事が「大学就職動向からみた中国経済」と題する短いリポートを公表している。呉氏は一昨年12月に清華大学学生進路指導センターが公表した「清華大学卒業生就職品質報告書2021」で示された数字が実態を正確に反映してないと断じ、実際に清華大学の学部卒業生・大学院修了者に起きている変化を次のように指摘していた。

 清華大学の報告書で未就職とされているのはわずか120人(1.6%)。しかし、就職者とされている中の「柔軟雇用」1015人のうち「自主創業」とされる27人を除いた988人は就職先未定者で、就職先未定者の実質比率は大学が認める1.6%と合わせた14.8%になる。学部卒業生・大学院修了者の就職先が、中国共産党・政府とその関連機関・学校、さらに国有企業を合わせると69.9%を占め、人材がますます党・政府と国有企業に集中し、人材の『国進民退』が加速している。

関連サイト

ニッセイ基礎研究所リポート 「『卒業=失業』の失望感(中国)【アジア・新興国】中国保険市場の最新動向(58)

人民網日本語版 「中国で話題の『専業主婦』ならぬ『専業子供』とは?

日本総合研究所 「アジア・マンスリー2022年10月号

日本総合研究所 経済・政策レポート「大学就職動向からみた中国経済

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