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【22-05】「景気後退、人材"国進民退"の声も 清華大学が就職・進学状況報告」

2022年02月25日 小岩井忠道(科学記者)

 清華大学は、昨年度の学部卒業者、大学院修士・博士課程修了者7,441人の就職・進路状況を公表した。新型コロナウイルス感染対策が功を奏し、就職・進学者が98.4%に上ったことを強調している。一方、実際の就職・進学未定者は14.8%存在し、中国経済の景気後退と、人材が中国共産党、政府、国有企業などに集中する人材の「国進民退」が加速している現状がこの公表資料から読み取れるとする指摘が、日本国内の中国研究者から出ている。

 清華大学学生進路指導センターが昨年12月に公表し、同大学新聞が1月5日に概要を伝えた「清華大学卒業生就職品質報告書2021」は、昨年10月末時点で、学部卒業生、修士課程修了生、博士課程修了生のいずれも98%以上、全体で98.4%が、就職・進学していることを明らかにしている。98.4%の内訳は、62.9%にあたる4,684人が就職し、35.4%(2,637人)が修士課程あるいは博士課程へ進学した、としている。

民間企業に就職は26.8%

 就職した学部卒業生・大学院修了生の就職先は、30.3%が高等教育機関、科学研究機関、その他の機関、23.8%が国有企業、15.8%が中国共産党と政府機関で、民間企業は26.8%。華為技術(ファーウェイ)、騰訊控股(テンセント)、美団などの情報通信・インターネット企業が主な就職先として名を連ねているが、より多くの学部卒業生・大学院修了生の就職先は、これら民間企業以外となっている。党・政府関係のほかには、清華大学、中国科学院、北京大学などの大学・研究機関や、中国航天科技集団公司、国家電網公司、中国兵器工業集団公司、中国核工業集団公司、中金公司、中国中信集団公司、国家開発銀行など装置製造・エネルギー産業分野や金融分野の国有企業が並ぶ。

 さらに浙江省、四川省、山東省、河北省、重慶市、山西省、黒龍江省、天津市、江西省、河南省などの行政・サービス分野への就職者が増えていることを挙げ、就職先が地理的に広く分布し、半数以上が北京以外の地域に就職したことを清華大学は強調している。

清華大学学部卒業生・大学院修了生の行先分布状況

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編集者注:3者契約雇用は、就職先、大学、就職者3者協議による雇用。柔軟雇用は、日本の非正規雇用契約などに相当する3者契約雇用以外の就職形態
(清华大学2021年毕业生就业质量报告から作成)

公表数値上回る景気後退か

 一方、日本国内の中国研究者からは、就職・進学の質は着実に向上しているとする大学の主張とは異なる見方が出ている。中国の政治・経済、日中関係、米中関係を専門とする呉軍華日本総合研究所上席理事は2月16日、「大学就職動向からみた中国経済」と題する短いリポートを公表した。その中で目を引くのは、清華大学の報告書から、就職先未定者が14.8%いるとみなしていることだ。清華大学の報告書で未就職とされているのはわずか120人(1.6%)だが、就職者とされている中の「柔軟雇用」1,015人のうち「自主創業」27人を除いた988人を就職未定者とみている。大学が認める1.6%と合わせると14.8%になるというわけだ。

 この数字を基に呉氏は「中国経済の景気後退が、国内総生産(GDP)などの公表数値より一層進んでいる可能性が高い」と指摘している。

 さらに呉氏が注目しているのが、学部卒業生・大学院修了生の就職先。中国共産党・政府とその関連機関・学校、さらに国有企業を合わせると69.9%を占めることに注意を促している。2019年と2020年はこの比率がそれぞれ61.2%と64.9%。日系を含む外資系企業への就職者は2.9%。こうした数字も示し「人材がますます党・政府と国有企業に集中し、人材の『国進民退』が加速している」現状も読み取れる、と指摘している。就職未定者の比率14.8%とともに「中国経済の現状とその将来を考えるに当たって、非常に示唆に富む数字」との見方も示している。

清華大学学部卒業生・大学院修了生の就職先

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(清华大学2021年毕业生就业质量报告から作成)

北京五輪は中国経済力裏付け

 2009年から2016年まで米国で研究生活を送り、米国の実情にも詳しい呉氏は、早くから米中関係についても活発な発信を続けている。2018年6月に科学技術振興機構主催の中国研究会で講演した際には、「米中競争時代」が到来している背景に、米国をはじめとする自由民主主義と法の支配を重視する国々の資本主義が、グローバリズムの進展によって変質せざるをえなくなっている現実を指摘した。労働者を大事にし、中間層を育成し、さらに環境にも配慮するように進化した資本主義が、マルクスが共産主義を唱えた時代の資本主義に戻ってしまった、との見方も示していた。

 今回のレポート公表に先立つ2月11日には日経新聞朝刊に「2つの北京五輪にみる中国と世界の変容」と題する署名記事を載せている(2月15日に日本総合研究所のホームページにも掲載)。ここで強調されているのも、経済力に裏付けられた中国の優位性。2008年の北京オリンピック開催に対しては、人権状況を改善すると世界に約束した中国が、北京冬季オリンピック開催では人権弾圧に対するあらゆる批判を一蹴するに至った。これに対し、米国を含め西側諸国は外交ボイコットという象徴的な対抗策しか出せずにいる。このように指摘した上で、中国の国際社会に向けた根本的な姿勢の変化が、中国の経済力向上によるとの見方を示している。

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米中関係について講演する呉軍華氏(2018年6月8日、科学技術振興機構主催「中国研究会」)

 清華大学の国際的評価は近年、急速に高まっている。昨年9月に公表された英教育誌「タイムズ・ハイヤー・エデュケーション」(THE)の「世界大学ランキング2022」では、前年の20位から順位を上げ、同じく順位を上げた北京大学とともに16位。4年連続でアジア・太平洋地域でトップの座を維持している。

関連サイト

日本総合研究所経済・政策レポート「大学就職動向からみた中国経済

清華大学新聞(NEWS)2022年1月5日「清华2021毕业生就业报告:超五成毕业生选择京外单位就业

清华大学2021年毕业生就业质量报告

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