露口洋介の金融から見る中国経済
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【19-03】小型零細企業、民営企業に対する資金供給増加策

2019年3月29日

露口洋介

露口 洋介(つゆぐち ようすけ):帝京大学経済学部 教授

略歴

1980年東京大学法学部卒業、日本銀行入行。在中国大使館経済部書記官、日本銀行香港事務所次長、日本銀行初代北京事務所長などを経て、2011年日本銀行退職。信金中央金庫、日本大学を経て2018年4月より現職。著書に『中国経済のマクロ分析』(共著)、『東アジア地域協力の共同設計』(共著)、『中国資本市場の現状と課題』(共著)、『中国対外経済政策のリアリティー』(共著)など。

 中国では、金融緩和政策がすすめられているが、同時に小型零細企業、民営企業に対する資金供給の増加策が累次にわたり実施されている。今回は、これらの政策の動向についてまとめてみたい。

資金調達難、調達コスト高

 小型零細企業や民営企業が資金調達することが困難であったり、調達できても調達コストが非常に高い状態は、中国語で「融資難、融資貴」と表され、数年前から問題とされてきた。2014年12月の本コラムでもすでに取り上げている。

 現在でも依然としてこの問題は存在しており、2018年3月に開催された全人代における李克強総理の政府工作報告において、2018年の政府活動任務として「小型零細企業の抱える『資金調達難、資金調達コスト高』問題の解決に力を入れる」とされている。また2019年3月5日から15日の間、開催された今年の全人代における政府工作報告においても、2019年の政府活動任務として「企業の資金調達難、資金調達コスト高問題を力を尽くして緩和する」としたうえで、「中小銀行の預金準備率を引き下げ、開放された資金はすべて民営企業と小型零細企業への貸出に使用する」とか、「国有大型商業銀行の小型零細企業向け貸出は今年30%以上増加させなければならない」といった具体的な施策を打ち出している。このように、小型零細企業と民営企業の資金調達難、調達コスト高問題の解決は中国政府全体の課題となっている。

中国人民銀行の政策対応

 このような政府の方針に従い、人民銀行は従来から様々な政策を行ってきている。最近の政策対応についてまとめておこう。

 2017年9月30日に、人民銀行は、一社当たりの借入額が500万元(約8000万円)以下の小型零細企業などに対する貸出増加額や残高が一定の比率に達している銀行について預金準備率を引き下げ、2018年初めから適用することを発表した。過去1年間の対象企業への貸出の増加額や残高が全体の貸出の1.5%に達した銀行は預金準備率を0.5%引き下げ、過去1年間の対象企業への貸出の増加額や残高が全体の10%に達した銀行についてはさらに1%を加え、1.5%引き下げることとした。

 2018年には、銀行の小型零細企業への対応を強化するためと明記したうえで、4月に、預金準備率を全体的に1%引き下げ、同様に7月に0.5%、10月に1%と累計で2.5%引き下げた。

 そして、2019年に入ると、小型零細企業と民営企業への対応を引き続き強化することに貢献する措置と銘打って、1月15日と25日の2回に分けて0.5%ずつ、計1%預金準備率を引き下げた。この結果、大型商業銀行については標準的な預金準備率の水準が13.5%となるが、2017年9月に公表した前述の措置により、小型零細企業などへの貸出の増加額や残高の比率に応じて、0.5%から1.5%の引き下げが行われるため、実際には大型商業銀行の預金準備率は12%ないし13%となっている。2019年1月2日にはこの制度の対象企業の条件を一社当たりの借入額500万元以下から1000万元以下に拡大した。

 中小金融機関の小型零細企業や民営企業に対する再貸出や再割引の状況に基づき、再貸出、再割引の限度額を2018年6月に1500億元、10月に1500億元、12月に1000億元と合計で4000億元増額した。この間、小型零細企業向け再貸出金利を0.5%引き下げた。再貸出、再割引は商業銀行の貸出や手形割引に対して人民銀行が信用供与を行い、商業銀行の貸出や手形割引を促進するものである。

 さらに、2018年6月に、人民銀行が商業銀行などに信用供与する手段である中期貸出ファシリティ(MLF)、常設貸出ファシリティ(SLF)、再貸出の担保についてAA級以上の小型零細企業向け貸出のために発行される金融債やAA級企業の社債などに拡大する措置をとった。

 2018年10月には国務院常務会議が民営企業の債券発行による資金調達を支援する方策の創設を決定した。この決定に従い人民銀行が当初資金を拠出し、専門機関がこの資金を利用して、民営企業の信用リスクを保証するなどの措置をとって、一定の将来性の見込める民営企業の債券発行による資金調達を支援している。この結果2018年11月と12月の民営企業の債券発行額は合計で1550億元に上り前年同期比約70%の増加となった。

 2018年12月、人民銀行はターゲット付き中期貸出ファシリティ(TMLF)を創設した。本措置の詳細は昨年12月の本コラムで説明したが、小型零細企業や民営企業に対する貸出が一定以上の銀行について、通常のMLFより0.15%低い3.15%で人民銀行が信用供与するというものである。その後、2019年1月23日に人民銀行はTMLFを2575億元実行した。

政策対応の効果

 これらの政策対応は、一定の分野に資金を誘導する手段としてはそれぞれが相応の効果を持つ手段ということができる。人民銀行の統計によると、借入額1000万元以下の小型零細企業向け貸出は2018年中1兆2300億元、前年比2.3倍の増加となった。また、2018年末残高は前年末比15.2%の増加となり、増加率は前年を8.2%ポイント上回った。

 しかし、一方で今年3月の全人代の政府工作報告においても依然として課題として挙げられており、中国政府にとって問題が十分解決された状態ではないということが分かる。

 その背景には不良債権の抑制と貸出量の増加を両立させるという困難な問題が存在する。中国においては過去に不良債権が大量に発生し、公的資金を投入した大規模な不良債権処理が行われた。そのためもあって、金融機関の貸出担当者は部署が変わっても、その後不良債権が発生すると責任を追及されるなど、不良債権の発生に対する対応は厳格である。貸出量の増加と不良債権の抑制を両立させるということはどこの国でも難しい一般的な課題ではある。しかし特に中国の金融機関や人民銀行など政策当局は、今後も不良債権の発生を回避しながら、信用力が十分明らかでない小型零細企業や民営企業への貸出を増加させるという困難な課題に直面し続けることとなろう。

(了)