【14-017】中国における優先株制度について(その3)
2014年 5月29日
康 石(Kang Shi):
中国律師(中国弁護士)、米ニューヨーク州弁護士
森・濱田松本法律事務所所属。1997年から日中間の投資案件を中心に扱ってきた。
2005年から4年間、ニューヨークで企業買収、証券発行、プライベート・エ クイティ・ファンドの設立と投資案件等の企業法務を経験した。
2009年からアジアに拠点を移し、中国との国際取引案件を取り扱っている。
一、はじめに
本稿では、中国銀行業監督管理委員会(以下、「銀監会」といいます。)及び中国証券監督管理委員会(以下、「証監会」といいます。)が2014年4月3日に公布した「 商業銀行が優先株を発行し一級資本を補充することに関する指導意見」(以下、「本指導意見」といいます。)の概要及びその後の商業銀行による優先株発行の動きを紹介した上で、外 国投資者にとってのビジネスチャンスについて考察することとします。
二、商業銀行による優先株発行
「本指導意見」は、商業銀行が優先株を発行する場合の手続(先に、銀監会の認可を得た後、証監会の審査確認を得ること)を明確にしたほか(本指導意見第三条)、「商業銀行資本管理規則(試行)」及び「 商標銀行資本ツール創新に関する指導意見」における一級資本の合格基準を満たすには、①発行書類において、発行会社が優先株に対する配当を取り消す権利を有すること、配 当を取り消しても優先株主に対する契約違反を構成しないことを明確に規定すべきであること、並びに未払いの配当は次年度に累積されないことを明確に規定すべきであること(本指導意見第五条)、② 優先株主が償還権を持つような優先株は発行できないこと(本指導意見第六条)、③普通株に転換する場合について規定すること、普通株に転換する優先株を発行する場合、非公開発行方式を採用すること( 本指導意見第七条)が必要であると規定しています。
「意見」 [1] 及び「本規則」 [2] において、商業銀行が優先株を発行する場合の例外規定を一貫して規定していることからも、商業銀行がその資本金を補充する手段として優先株を利用できるようにするための根拠規定を提供することが、中 国が優先株制度を導入した最大の目的であったことが分かります。中国では、銀行の資本金不足が銀行業務の拡大におけるボトルネックになっていることから [3] 、今までのように、自社利益、普通株又は劣後社債の発行といった限られた方法でしか資本金を調達できなかった状態を至急解決する必要がありました。
「本指導意見」公布後、浦東発展銀行が4月30日に300億元 [4] の発行規模の優先株発行計画を公表するなど、銀行による優先株の発行の動きがすでに始まっています。証監会は、他にも、民生銀行、興業銀行、工商銀行、農 業銀行等を含む合計8社の銀行が優先株発行の申請をしていることをあきらかにしています。
三、外国投資者にとってのビジネスチャンス
従来から外国投資者が中国上場企業のA株(普通株)に投資するには、「外国投資家の上場会社に対する戦略投資管理規則」に基づいて、資産規模等の面で一定の条件を満たす外国投資家が、上 場会社の発行済み株式の10%を下回らない規模で、3年間のロックアップ期間付で、戦略投資家として投資する方法しかありませんでした [5] 。「本規則」は、国務院関連部門が規定する外国戦略投資家を、非公開発行の優先株に投資できる適格投資家に含めることにより、外国投資家が中国において優先株に投資できることを明確にしました。また、発 行対象が外国戦略投資家である場合は、国務院関連部門の規定に適合する必要があると規定しているため(本規則第34条第2項)、「外国投資家の上場会社に対する戦略投資管理規則」に おける各種規制が引き続き適用されることになります。ただ、投資規模の面において、規制緩和がなされたと評価できます。即ち、「本規則」は、「意見」において規定している事項 [6] 以外は、株主人数及び持分比率を計算する際に、普通株と優先株を別々で計算するとされています(第15条)。これは、上述した「上場会社の発行済み株式の10%を下回らない規模で」に おける投資規模を計算する際、普通株と優先株を含むすべて株式の10%ではなく、優先株の10%で計算すべきと解される可能性があります。従って、外 国投資家は従来に比べてより少ない規模からの投資ができるようになったと評価できます。
なお、外国投資者が、非上場公開会社が非公開発行する優先株に投資できる点も大きな進歩であると言えます。非上場公開会社という概念は比較的新しいものですが、簡単に言うと、中 国の証券市場に上場できていないが、株主の数が200人を超える株式会社を指します。非上場公開会社に対する監督管理も近年整備されつつあり、全 国レベルの取引市場である全国中小企業持分譲渡システムに集中取引されるようになり、2014年5月上旬時点で当該市場において公開取引されている非上場公開会社の数はすでに727社に達しています。全 国中小企業持分譲渡システムは、中国証券市場に上場することが難しい問題を解決し、中小規模の企業による資金調達を可能にする目的で、中国の証券市場に比べてより緩やかな基準で、当 該システムによる公開取引できるように制度設計をしています。また、将来的には、中国の証券市場に移行するメカニズムも確保されています。現在、当該システムにおいて公開取引するための基準には、外 資が入っている企業に対する差別的な取り扱いがないことから、外国企業が投資した有限責任会社を株式会社化し、当該システムで公開取引させ、更に優先株等の発行により資金調達を実現した後、最 終的に中国の正規の証券取引市場に上場させる道が開かれています。全国中小企業持分譲渡システムをめぐる実務も変化しつつあるため、今後、当 該システムを通じての中国資本市場の活用手法及びその展開に注目する必要があります。
[1] 中国国務院の「優先株の試験的な展開に関する指導意見」
[2] 証監会の「優先株を試験的に管理する規則」
[3] 中国の銀行業界は、今後5年間、3000億元規模で資本金を補充する必要があるといわれているが、その背景には、① 中国がバーセルⅢの自己資本比率規制に照らして、資本金規制を強化したこと、②2008年グローバル金融危機後の経済刺激政策の一環で、銀行による貸出が短期間で急増したことから、リスク資産が増え、そ れに伴う資本金の補充が必要となってきていること、③中国の経済発展スピードの低下により、銀行の不良資産が増えてきていること等があります。
[4] 当該規模は、浦東発展銀行が公表した計画に基づけば、300億元規模を全部発行できた場合、発 行済み優先株のすべてを普通株に転換すると仮定した場合、発行済み株式の12.8%を占めることになります。
[5] ほかにも、QFIIを通じて間接的に投資する方法等があります。
[6] 「意見」では、①「会社法」第101条に基づいて、10%以上の株主が臨時株主総会の招集を要求する場合、②「会社法」第102条に基づいて、董 事会が臨時株主総会を召集しない際に、10%以上の株主が召集・主宰する場合、③「会社法」第103条に基づいて、3%以上の株主が株主総会に議案を提案する場合、及び④「会社法」第217条に基づいて、支 配株主を認定する場合において、普通株と議決権が復活されている優先株に基づいて計算するとされています。
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