【21-13】バイデン政権対話の道も提示 横井前在中国大使が米中対立を解説
2021年05月12日 小岩井忠道(科学記者)
昨年11月まで在中国大使を務めていた横井裕氏が10日、日本貿易振興機構(ジェトロ)アジア経済研究所主催の研究会で講演し、中国の現状と今後をどのように見ているか詳しく語った。バイデン米政権が発足早々に国家安全保障戦略を公表した事実と、その中で対話する意図も明記したことに注意を促し、トランプ政権時とは異なる展開があり得るとの見方を示した。日本企業に関わらず中国に進出している世界の企業の9割は中国から出ていくことを望んでいないとし、日本政府として米中対立の中で日本企業が順守すべきことを明らかにしたガイドラインを示す必要も提言している。
横井裕 前在中国大使(ZOOM画面から)
横井氏は、バイデン政権発足直後、米中関係もトランプ政権時より和やかになると考えていたことを明かした。バイデン大統領がケネディ政権の副大統領として中国を訪問した際、1週間の滞在期間中、行動を共にしたのが当時国家副主席だった習近平国家主席。春節前の大みそかに当たる2月11日に電話会談としては異例の2時間に及ぶ米中首脳会談が行われた。こうした事実を米中関係が改善に向かうと予想した理由に挙げた。しかし、1カ月後には、「ちょっと違うな」と、考えが変わったという。
早々と公表された国家安全保障戦略
横井氏の考えを変えたのは、3月4日にバイデン政権が公表した「国家安全保障戦略の暫定方針」。トランプ前政権が「国家安全保障戦略」を公表したのは、発足した年の12月だった。これに対し、バイデン政権は、暫定方針と銘打っているとはいえわずか発足1月半後に公表という素早さだった。さらに「国家安全保障戦略」の中で明記された「中国は国際秩序に挑戦する唯一の競争相手」という文言。競争相手としてロシアと中国を挙げていたトランプ政権の「国家安全保障戦略」との違いは大きい。このような事実を、バイデン政権に対する見方が変わった理由として横井氏は挙げた。
一方、「国家安全保障戦略の暫定方針」には、「中国との戦略的競争は国益にかなう場合の協力を妨げるものではない」という文言も入っていることに、横井氏は注目している。ワシントンでバイデン大統領と菅首相との会談が行われた同時期に、気候問題担当のケリー大統領特使が中国を訪問した事実も挙げて、「中国との対話を前提としている点がトランプ政権と異なる」ことを強調した。
また、バイデン大統領が「時間を空費できず、成果を出すことを急がざるを得ない」状況にあることにも注意を促している。「年齢から見てバイデン大統領が2期8年務めると予想する人は少ないだろう」。「トランプ前大統領は大統領選で7,400万票を得ている」。来年、中間選挙を控えている中で、上下両院で民主党が多数派となっているうちに、はっきりとした成果を得たいとするバイデン大統領の立場をこのように解説した。
日本に必要な米欧と別の対応
中国に対する米国の警戒心はトランプ政権以前からあり、トランプ政権で顕在化しただけだとする見方は多い。技術覇権争いという対立は簡単に解消されないとも指摘される中で、米中の技術覇権争いは新たな段階に入ったという声も出始めている。4月27日、日本記者クラブ主催の記者会見で「経済安全保障」が専門の村山裕三同志社大学教授は、バイデン大統領の登場で米中の技術覇権争いが第二ステージに入った、と語っている。米国が当初の感情的な対応から問題解決に向けての建設的対応に変わりつつある、という見方だ。
中国に対する警戒心は米国だけでなく、欧州各国にも強まりつつある。日本は今後、どのような対応をすべきか。横井氏は「日本が米国や欧州各国と違うのは、まず地理的距離の差。さらに1,500年に及ぶ交流の歴史がある。これまで自明と思われていたことも含め、国益や自身の置かれた立場を一つ一つ照合して、どのように対応すべきか考える必要がある」と提言した。
「中国に進出している日本企業を含め世界の企業の9割は、中国から退出することを望んでいない」。こうした現状も指摘したうえで、企業活動を続ける上で「どのような技術に関するものは認められない」といった中国と関係する企業活動について守るべきことを示したガイドラインを企業に示すことを、日本政府に求めた。
関連サイト
日本貿易振興機構アジア経済研究所「第11回アジ研中国塾」
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