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【21-01】中国はハイテク分野で世界をリードできるのか

2021年02月12日

柯 隆

柯 隆:東京財団政策研究所 主席研究員

略歴

1963年 中国南京市生まれ、1988年来日
1994年 名古屋大学大学院経済学修士
1994年 長銀総合研究所国際調査部研究員
1998年 富士通総研経済研究所主任研究員
2005年 同上席主任研究員
2007年 同主席研究員
2018年 東京財団政策研究所主席研究員、富士通総研経済研究所客員研究員

プロフィール詳細

 4年間続いたトランプ政権は幕を下ろしたが、そのレガシーは長期にわたってグローバル社会に影響を与え続けるだろう。その一つは中国に対する再認識のきっかけである。世論調査を専門に行う米国シンクタンクPew Research Centerの調査によると、7割以上のアメリカ人は中国のことをよろしく思っていないといわれている(2020年7月)。アメリカ人の対中国の国民感情がここまで悪化したきっかけはトランプ政権が仕掛けた中国との貿易摩擦とハイテク技術をめぐる覇権争いである。長い間、アメリカ人は中国の経済建設に協力してきた。しかし、気が付いたら、アメリカ人の生活は完全に中国に依存している。米中貿易摩擦をきっかけに、アメリカ人の目には、中国はパートナーではなく、競争相手と映るようになった。とくに、タカ派の論客たちは中国がアメリカの脅威になっていると主張する。

 それは無理もない話である。四千年とも五千年ともいわれる歴史の長い中国は200年ちょっとしかないアメリカを上からの目線で見てしまいがちである。もともと謙虚さを欠いている傾向がある中国人は少なくない。この40年間、かつて味わったことのない達成感を今、存分に味わっているのである。2010年に中国の名目GDPは日本を追い抜いて世界二位になった。世界銀行などの国際機関の推計によると、早ければ、2028年にも中国の経済規模はアメリカを抜いて世界一になるといわれている。2020年コロナ禍にもかかわらず、中国経済は2.3%成長を成し遂げ、世界主要国のなかで唯一プラス成長を実現した国である。

 中国の発展についてとくに目を見張るのは中国企業の急成長である。40年前、中国企業は自動車はおろか、白物家電の製造もままならなかった。それから30年経って、中国の名目GDPは日本を追い抜いた。中国の評論家が曰く、先進国は100年かかって成し遂げた成果を中国人はわずか30年で実現したのである。

 米中貿易戦争のなかで、とくに注目されているのはファーウェイがアメリカにとって脅威になっているということである。結果的にファーウェイはアメリカによって厳しく制裁されている。

 ここで問われるのは中国企業の実力である。これまでの40年間、中国企業の技術力が大幅にアップしたのは間違いない事実である。日本のマスコミでもよく報道されているが、中国企業と大学が登録する特許の件数は、すでにアメリカを超えて世界一になっている。この事実をどのように受け止めたらいいのだろうか。

 中国政府は技術強国を目指すために、補助金の拠出など種々の支援策を講じている。研究者は、特許の登録件数と発表論文の引用回数によって昇進が有利になることがある。このようなインセンティブ付与により、研究者たちのモチベーションが大きく上昇したのは間違いない。ただし、多くの中国人は絶えずショートカット、すなわち、近道を歩もうとする。たとえば、特許の登録件数が評価の対象になるのであれば、ひたすら特許を申請し登録件数を増やそうとする研究者が後を絶たない。

 特許を評価するには質と量の二つの基準がある。量(件数)は評価しやすいが、質の評価は簡単ではない。少なくともそのオリジナリティが問われる。とくに、中国人研究者には、海外で特許を登録するよりも、国内で特許を登録することが選好される。両者の基準が異なるからである。現状では、中国人研究者が登録申請した特許は実用的なものが多いが、独創的な基礎研究は比較的少ない。だからこそ中国の国際収支のなかでロイヤルティ収支は大きな赤字である。この現実は中国企業の技術力の潜在性を否定するものではなく、現状の課題を示唆するものである。

 では、中国企業の国際競争力はどのレベルにあるのだろうか。

 この質問の答えはそれほど簡単なものではない。なぜならば、中国企業の得意分野と不得意分野がそれぞれあるからである。

 製造業では工作機械の製造技術が生命線になっている。中国メーカーの工作機械の国産化率について、ローエンドのものは82%、ミドルエンドは65%であるのに対して、ハイエンドはわずか6%しかない(いずれも2018年)。エンジニアによると、中国企業がハイエンドの工作機械を作れないのはその技能を習得していないからであるといわれている。

 同じようにファーウェイはコストパフォーマンスの良い商品を大量生産して販売する戦略を展開しているが、製品に使用されるハイエンドの半導体チップは外国企業から調達しなければならない。アメリカ政府による制裁を受けて、スマホなどを減産せざるを得なくなった。

 実は、中国人が一番得意なのはコツコツと技術を磨いてそのレベルを向上させることではない。中国人が得意なのは売上を実現するビジネスモデルの構築である。アメリカのGAFA(Google、アマゾン、Facebook、アップル)に対抗しているのは中国のBATH(百度、アリババ、テンセント、ファーウェイ)である。BATHはまさに効率的なビジネスモデルを構築したから市場競争に勝ち抜いたのである。

 BATHが勝ち抜いたもう一つの背景はeコマースやSNSなどの産業には国有企業は参入していないからである。隙間のなかからBATHの芽が出たので、すくすくと成長した。そのオリジナルのビジネスモデルはBATHが考えたものというよりも、先輩のアメリカ企業を見習って、中国の国情にあわせて創りなおしたものである。

 アリババがその典型といえる。アリババの最大の特徴はネットショッピングの詐欺を防ぐために、二段階の支払いシステムを作った。この点がアマゾンとの違いである。まず買い物するユーザーはアリババが運営するTmallか淘宝などの店でほしい商品を注文する。そのときに、代金を売り手の店に直接支払うのではなく、アリババに対して支払う。その情報は同時に売り手の店に行くので、店はその商品を出荷する。ユーザーはネットで商品の行方をリアルタイムで追跡できる。それが届いたら、ユーザーは商品に損傷がないことを確認して、買い物したサイト(Tmallか淘宝)で正式に決済する。そのあとに、アリババは店に対して支払い手続きを行う。これで一連の買い物が終了する。アマゾンより少しだけ手間がかかるように思われるかもしれないが、もうワンクリックするだけで詐欺に遭わなくて済むなら、ユーザーと店も安心して取引することができる。

 したがって、アリババやテンセントなどはハイテク企業というよりも、優れたビジネスモデルを考案して成功を収めている。

 結論的にいえば、中国産業の実力はまだ世界を凌駕するレベルに達していない。これまで多国籍企業のビジネスモデルや技術を見習って成長してきたが、これからはもっと市場を開放して市場競争のなかでさらに進化しなければならない。基礎研究を強化するなら、オープンイノベーションを含むありとあらゆる政策を実施して推進していく必要がある。仮に鎖国して内向きになった場合、中国企業のさらなる成長は絵に描いた餅になる。