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【20-28】自由貿易圏に米中つなぎとめよ 三菱総研がコロナ後の日本の役割提言

2020年10月22日 小岩井 忠道(中国総合研究・さくらサイエンスセンター)

 シンクタンク「三菱総合研究所」は19日、一段と不安定化する国際情勢の立て直しに日本が主導的役割を果たすべきだとする提言を公表した。中国に対する米国の攻撃が激しくなる一方、中国も17日に輸出管理法を成立させるなど、米国に反撃する姿勢を強めている。米中対立の激化にコロナ危機も加わった厳しい国際情勢の中で、米中をそれぞれ自由貿易圏につなぎとめる役割を担う唯一無二の国は日本だとして、提言はさまざまな対応を日本社会と国民に求めている。

「目指すべきポストコロナ社会への提言」は、新型コロナウイルス感染後に目指すべき社会を「レジリエントで持続可能な社会」としている。「自律分散協調社会」、「新しい社会課題解決を付加価値創出につなげる社会」の実現とともに三つの柱の一つに掲げられているのが、国際ルール形成と重層的協調を主導する日本の役割の重要性。重層的協調というのは、欧米諸国など価値観を共有する国だけでなく、中国やロシアなど権威主義的とみなされる国々との間でも自由貿易、国際保健協力、気候変動などの分野で、国際協調を進めることを指している。

権威主義国絡む貿易量20年間で急増

 提言は、過去20年の間に利害や価値体系などが異なる民主主義陣営と権威主義陣営との間で国際秩序の分化が起きていることを裏付ける世界地図を示している。英国の政治経済誌「エコノミスト」の調査部門「エコノミスト・インテリジェンス・ユニット(EIU)」が毎年発表している地図だ。各国・地域について政治の民主主義のレベルを五つの部門から評価した「デモクラシーインデックス(民主主義指数)」で色分けしている。民主主義指数が6.0 以上の「完全な民主主義」と「欠陥のある民主主義」に分類される国を「民主主義国」、中国やロシアなど4.0 未満の「独裁政治体制」に分類される国を「権威主義国」としている。世界地図は、民主主義国を相手にした輸出入額の割合から権威主義国が相手の輸出入額の割合を引いた数字をそれぞれの国・地域で計算し、色分けしている。青色が濃いほど民主主義国との貿易比率が高く、赤色が濃いほど権威主義国との貿易比率が高いことを表す。

 並べて表示されている2000年と2019年の地図二つを比べると、20年の間に濃い青色から薄い青色に変わった国が大半を占め、濃い赤色や薄い赤色の国が増えていることが分かる。つまり相手国との貿易比率で権威主義国との貿易比率が顕著に高まっていることを示している。特に中央アジア、中東、アフリカを中心に、権威主義国との経済的な連結性が強まっており、国際秩序の分化を強める一つの要素となっていることが分かる。

相手国別貿易額に占める権威主義国比率の拡大

図1

(IMF「Direction of Trade Statistics」、EIU「Democracy Index 2019」より三菱総合研究所作成)
※図をクリックすると、ポップアップで拡大表示されます。

日本が橋渡し役、防波堤に

 こうした変化の背景に、民主主義国の中でもポピュリスト的リーダーが国内支持を結集し、過剰なナショナリズムをあおっている現実もある。民主主義陣営の結束に綻びが生まれたその間隙を縫って中国やロシアは、中東、アフリカ諸国への影響力を強めている、と提言は分析している。ルールに基づく国際秩序の再構築が必要だとして提言が日本に求めているのが、国際的な対立の橋渡し役。民主主義陣営内でも深まっている亀裂をうまく修復し、結束・紐帯を促す動きに、日本がイニシアティブを発揮するべきである、としている。

 さらに今後想定される米中をはじめとする民主主義国と権威主義国の対立の激化に日本が防波堤となり、対立国の最低限の対話を促すことが日本に求められている役割とも指摘している。米中のような大国的なポジションはとれないものの、経済力やソフトパワーなどの指数を見ても相応のポジションを保持している日本の長所を生かし、欧州やアジアの民主主義国との連携を強めることで、国際社会における米中の突出を一定程度抑止し、さらにはルールに基づく国際秩序の中に米中を引き戻す引力となり得るとしている。

 過去に日本は「人間の安全保障」や「ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ」などの国際的にも通用するコンセプトを発信し、実現に汗をかいてきた。古くは公害、最近ではデフレ、少子高齢化など他の国々に先んじてさまざまな課題に直面した経験から、ODA(政府開発援助)などを通じて、新興国・途上国への国際協力・援助を実施してきた。こうした実績を挙げて、今後も具体的な課題の特定とそれを克服する社会モデルの提示、さらには実現にあたってのルール形成・環境整備・技術提供などで国際社会に貢献できる、としている。

急がれるグローバルリーダーの育成

 一方、日本がこうした役割を果たすために人材育成の必要も強調している。かつて UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)のトップを務めた緒方貞子氏のようなグローバルリーダーが漸減している現状を指摘し、国際機関のような場で日本から主導的にグローバルなアジェンダを設定しに証拠に基づく言論で納得感を持たせさまざまな関係者の合意と共感を形成し得るリーダーの育成が急務だとしている。

 G20諸国における留学生数や、国際機関の専門職員数をみても、その国力に比すれば日本は低い水準にあると言わざるを得ないと指摘し、グローバルに活躍したい意欲ある人材の留学支援など、海外研さん活動への投資資金を民間と政府が連携して出資し、長期的な視点で回収する人材育成ファンドのような仕組みなどを提言している。

G20諸国における国際連合機関の専門職員数

image

 重層的な国際協調の形成については、自由貿易を旗印として掲げ続け、中国、インドや米国といった大国を巻き込む経済連携を主導することを提言している。具体的にはRCEP(東アジア地域包括的経済連携)から離脱を表明しているインドに技術協力や投資協力などを通じて対中貿易赤字拡大という懸念を払しょくさせることで、インドを含めた16カ国でのRCEP合意を実現することを挙げた。さらにTPP(環太平洋連携協定)に英国の参加と米国の復帰を実現することと、ASEAN(東南アジア諸国連合)と自由貿易、幅広い人的交流、産業協力を通じた相互の経済強靭化、EU(欧州連合)と加盟各国との経済分野の協力深化の必要も強調している。

一帯一路政策とも協力関係を

 米国の対中強硬姿勢は11月の大統領選挙の結果に関わらず続くとみられ、米中対立は国際協調形成に逆風となる。中国など権威主義国の経済的・政治的な影響力が新興国を中心に強まる中で、ファーウェイ問題のように米中どちらの陣営につくか、踏み絵を踏まされる可能性がある。こうした現状認識も示し、国際協調を進めていく上では、中国封じ込めとはならないよう一帯一路政策とも協力関係を見せていくことが重要だとしている。

 米中対立が進む中で、日本が踏み絵を踏まされる可能性については、6日に科学技術振興機構中国総合研究・さくらサイエンスセンター主催の中国研究会で講演した杉田定大日中経済協会専務理事も触れている。中国の輸出管理法(10月17日、中国人民代表大会常務委員会で可決、成立。12月1日施行)は、中国企業に損害を与えたり、中国に安全保障上の脅威を与えるとみなした企業を対象にしているが、対象は米国企業に限定されない。一方、米国の中国企業制裁に従って日本企業が制裁対象の中国企業との取引を制限した場合、中国からの制裁を受ける可能性があり得る。このように話し「日本企業が『踏み絵』『股裂き』局面に直面する可能性が出てきた」と指摘していた。

関連サイト

三菱総合研究所プレスリリース「目指すべきポストコロナ社会への提言 ─自律分散・協調による『レジリエントで持続可能な社会』の実現に向けて

科学技術振興機構中国総合研究・さくらサイエンスセンター「第135回中国研究会『米中新冷戦の中での日本企業の生き残り戦略』2020年10月6日開催)

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