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【21-11】米中の技術覇権争い第二ステージに 経済安全保障に関心高まる

2021年04月30日 小岩井忠道(科学記者)

 米中対立が鮮明化している中で「経済安全保障」に関する議論が活発化している。早くから重要性に気づき「経済安全保障」の研究・教育に力を入れている村山裕三同志社大学教授が4月27日、日本記者クラブ主催の記者会見で、バイデン米政権の経済安全保障と中国の戦略について詳しく解説した。バイデン大統領の登場で米中の技術覇権争いは、米国が当初の感情的な対応から問題解決に向けての建設的対応という第二ステージに入った、との見方を示し、日本も米中双方の動向をにらんだ対応を求められているとしている。

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村山裕三同志社大学教授(日本記者クラブ「YouTube会見動画」から)

日米ハイテク摩擦との共通点

 村山氏はまず、米中対立が1980年代後半に米議会を中心に感情的な反応が起きた日米ハイテク摩擦と似たところがあることを指摘した。中国の通信技術への今の対応と、日本に半導体技術を依存しているという危機意識に基づくかつての対応が、同じ論理に立つという見方だ。日本に対しては90年代前半になると建設的な対応に変わり、危機感が薄れた90年代中ごろには安全保障と経済をリンクさせる発想が定着したとしている。

 2000年代に入って、警戒感を持つ対象が日本から中国に変わり、米中経済安全保障検討委員会が2000年に設立され、2007年には外資規制強化という中国を念頭に置いた素早い対応がとられた。しかし、オバマ政権の8年間は平穏だったため、トランプ政権の誕生により、蓄積された不満が一気に噴出し、安全保障と経済の境の崩壊によって中国への制裁という事態が生じた、と村山氏は説く。こうした背景に危機好きな米国政治家による超党派の支持があった、と氏は見る。しかし、バイデン政権の誕生で問題解決に向けての建設的対応という第二ステージに入った、との見方を示した。

 一方、中国はどうか。1950年代に既に経済安全保障の発想を持ち、70年代末には「軍民転換」によって実践している、と村山氏はみる。軍民転換というのは、中国はまず軍用車両をつくってからその技術を基に乗用車を生産した。しかし、売れなかったため欧州の自動車メーカーと組み、乗用車に使われたエンジンを逆に軍用車に取り入れたことを指す。90年代には米国の経済安全保障、軍民統合の動きを注視するようになり、2000年代に「軍民融合」の実践を国家戦略とする。こうした中国の動きの特徴を氏は「軍民融合、軍事革命、輸出管理政策は米国の政策のコピーで、かつ政策決定のスピードが速い」と評した。

 米中技術覇権争いが第二ステージに入ったことで、良い面、悪い面があると指摘した中で、村山氏が特に詳しく解説したのがサプライチェーンに関する問題。米中技術覇権争いの大きな対象の一つである半導体に関し、日本企業が短期的に迫られている対応として「中国市場の部分的な喪失」と「中国による輸出管理を使った報復措置」の二つを挙げた。さらに長期的には、米国、中国、日本それぞれが政府と実業界との利害の調整でせめぎ合う中で、経済安全保障に関わる国際環境の変化を踏まえた経営戦略が必要、としている。

安全保障貿易管理制度見直しへ

 村山氏は、今後、日本が力を入れるべき技術政策として、日本技術の「戦略的不可欠性」を重視することを提言した。米中が決定的に重要とみなす分野での国際競争力の保持を意味する。「戦略的不可欠性」を持つ技術の競争力維持、流出防止、新たな育成を、米中技術覇権争い下における日本の技術政策の要とすべきだ、としている。経済と安全保障をバランスさせる小さな政策の地味な積み重ねによって可能になるとし、経済安全保障時代の到来は日本にとってさほど悪くはない、と断じた。

 村山氏は、自ら大学で教えてきた経済安全保障という科目がかつては学生に最も人気がなかったのが、ここ何年かで様変わりした変化を明かした。自身が委員を務める経済産業所所管の産業構造審議会通商・貿易分科会安全保障貿易管理小委員会で、国の安全を守る、あるいは国際の平和と安全を維持するという観点から、安全保障貿易管理制度を見直す議論が進んでいることも紹介した。

 村山氏によると、日本で長い間、経済安全保障に対する関心が薄かったのは、ちょうど高度経済成長期が国際関係を考えずに技術開発を進めてよい幸運な時期だったことが理由の一つ。「米国にとっても同様だった。しかし、その後、国際関係を視野に入れないと企業の経営者たちもきちんとした判断ができない時代になっている。安全保障についての教育をどうするかも、これからの重要な課題になっている」と、氏は語った。

 経済安全保障に関しては、自民党の政務調査会新国際秩序創造戦略本部も昨年12月、「『経済安全保障戦略策定』に向けて」という提言を公表している。日本の生存、独立、繁栄を経済面から確保する必要を強調し、2022年の通常国会で「経済安全保障一括推進法(仮称)」の制定を目指すよう提言している。公安調査庁は、経済安全保障に関する情報提供窓口を設置済み。日本の経済安全保障を脅かす技術やデータ、製品の流出などに関する相談・問い合せ・情報提供や、講演、研修などの依頼をメールで受け付けている。

 また昨年10月には、科学技術振興機構の研究開発戦略センターが、「オープン化、国際化する研究におけるインテグリティ」と題する調査報告書を公表している。報告書は、科学技術イノベーションとそれを支える研究への取り組みを強化するには、研究のオープン化、国際化が不可欠とする一方、オープンな研究システムが不当に利用されることにより、技術流出などを通して国家安全保障に悪影響が及び、研究システムの健全性が損なわれている懸念が世界的に強まっていることに注意を促している。研究活動のインテグリティ(誠実さ、真摯さ、高潔さ)を堅持しつつ、国家安全保障上の懸念にもどのように対応すべきか。報告書は各国の状況などさまざまな情報を提供し、研究コミュニティをはじめ、関係するステークホルダーに活発な議論を促す内容となっている。

関連サイト

日本記者クラブ会見リポート「『バイデンのアメリカ』 村山裕三・同志社大学大学院教授

同「YouTube会見動画

経済産業省「産業構造審議会通商・貿易分科会安全保障貿易管理小委員会会(第12回)議事要旨

自民党提言「『経済安全保障戦略策定』に向けて

公安調査庁「経済安全保障に関する情報提供窓口

科学技術振興機構研究開発戦略センター調査報告書「オープン化、国際化する研究におけるインテグリティ

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