【21-29】募金・寄付金過去最大の35.2億元 チャリティーキャンペーン9.9公益日
2021年12月23日 小岩井忠道(科学記者)
中国最大規模のチャリティーキャンペーン「9・9公益日」に過去最大の35.2億元(約560億円)の募金・寄付金が寄せられた。このキャンペーンの主催者は、騰訊公益慈善基金会を中心とする企業、NPO、著名人、メディアなど。9月1~10日の期間中、ネット募金に応じた人々は、過去最多の6,800万人に上る。こうした結果をニッセイ基礎研究所の基礎研レターに詳しく報告した片山ゆき同研究所准主任研究員は、「期間の延長もあろうが、寄付額の増加には政府による共同富裕の提唱や強化が透けて見えてくる」と解説している。
騰訊公益慈善基金会は、インターネット関連の多様なサービスを展開する子会社を多数擁する持株会社テンセント・ホールディングス(騰訊控股)が、2007年に慈善事業を行う目的で設立した。翌2008年に発生した汶川地震では、わずか8日間で2,000万元を超える寄付を集めた。ネットを通じた寄付や慈善活動のプレゼンスを向上させるきっかけとなった、と片山氏は評価する。騰訊公益慈善基金会が中心となっている「9・9公益日」は2015年に第1回が開催されて以降、期間は9月上旬の3日間だったが、今年は9月1日から10日間に拡大した。さらに今回の特徴は、2016年に政府が「中華慈善の日」と定めた9月5日に、共同富裕の実現を目的としたキャンペーンも初めて実施したこと。年々、増え続けている総募金・寄付金額の大半を騰訊公益慈善基金会のネット募金と拠出金が占める。
9・9公益日におけるネットを通じた募金・寄付、企業・組織による寄付額の推移
(片山ゆき氏基礎研レター「'9・9公益日' ―中国最大のチャリティーキャンペーンと共同富裕」から)
「三次分配」の優等生
中国では2016年に中国慈善法が施行され、9月5日が「中華慈善の日」に定められた。2012年12月に国連総会で制定された「国際チャリティー・デー」に合わせたものだ。テンセントは「中華慈善の日」にも対応し、前年に第1回を開催していた「9・9公益日」のチャリティーキャンペーン規模を第2回以降、拡大した。慈善事業の主務官庁である民政部も、「9・9公益日」を重視、インターネット上で公益事業を展開するテンセントの手法を「テンセントモデル」として評価している。
片山氏は、中国慈善法の施行は、中国政府にとっても慈善活動・事業の転換点ともなったとみる。政府は、寄付・慈善活動など公益活動の促進を目指し、法律で慈善活動の範囲を定め、慈善組織(日本の公益法人に相当)を認定し、税制上の優遇措置も取り入れた。民政部は「中華慈善の日」が設定された2016年に、寄付プラットフォームの運営許可をテンセントに加えて、タオバオ、百度、京東、アント・フィナンシャルなど13社に与えた。2018年には美団、滴滴などが加わり、現在20社に増えている。2020年には20社に寄せられた募金・寄付の総額は、前年比52%増の82億元(約1,300億円)となった。民政部は、2021年11月さらにバイトダンス、小米など10社に寄付プラットフォームの許可を与えている。
習近平政権になって以降、引用されることが増え、2019年以降は重要会議でも取り上げられるようになった言葉に「三次分配」がある。先に豊かになった人が取り残された人を支え、共に豊かになる富の再分配法として、北京大学の経済学者、厲以寧教授が1994年に初めて提唱したといわれる。貧富の格差縮小を目指す「共同富裕」を掲げる習政権が、再分配機能を強化する政策として「三次分配」を重視するようになったということだ。テンセントが先導した政府お墨付きのチャリティーイベントは「三次分配」の優等生と、片山氏はみる。
支出の4割が新型コロナ関連
多額の募金・寄付金はどのように活用されているのだろうか。騰訊公益慈善基金会は案件ごとに募金に至る経緯や説明を公表している。片山氏によると、2021年12月9日時点で、募金募集中の案件が1.5万件あり、募金者は、疾病救助、自然災害、教育、自然保護、その他などに分類された1.5万件の中から、自身の募金先を選択してネット決済で募金することになる。このほか、執行中の案件が8.1万件、すでに終了した案件が1.4万件あることが分かる。
新型コロナウイルス禍のあった2020年に20.6億元と前年の2.5倍に急増した寄付金の支出先をみると、貧困救済、自然災害(新型コロナ関連含む)、農村対策、NPO向けなど8分類のうち最も多かったのは自然災害で全体の 4 割を占めている。すべて新型コロナウイルス関連となっており、西湖大学の新型コロナウイルスの研究プロジェクトをはじめ、電子カルテおよび人工知能(AI)による診療補助に関する研究プロジェクト、さらには新型コロナウイルス関連のボランティア参加者で新型コロナに罹患した重度の患者、遺族への補償金支払いに充てられている。科学技術発展分野も全体の3割を占めたが、これは2019年より設けている科学探索賞に関連した支出で、参加者急増による支出増となった。
分野別の支出先(騰訊基金会)
(片山ゆき氏基礎研レター「'9・9公益日' ―中国最大のチャリティーキャンペーンと共同富裕」から)
拡大する企業の慈善事業
テンセント、アリババなど中国の巨大ITプラットフォーマーに対し、企業活動を大きく制約する中国政府の厳しい対応が近年、目立つ。急成長をとげた企業や高所得の個人に対して、その資産や富を提供し、社会に還元するよう求める政府の「共同富裕」策に対して、苦境にあるITプラットフォーマーが素早く反応した。片山氏は、慈善事業に力を入れる企業の動きをこのように捉えたうえで、次のように評価している。
「三次分配は対象者や事業、地域を限定し、ピンポイントでの支援が可能で、政府の手の届かない対象や分野に対しても細やかなフォローが可能という利点がある。事業の範囲は既存の貧困救済、農村振興、環境保護、文化保全などに加えて、新型コロナウイルス関連の研究や技術開発、突発的に発生する災害時の疾病保障や死亡保障といった新たな分野にも裾野を広げつつある。また、単独の公益プラットフォームのみではなく、アリババ公益、京東公益、軽松筹公益といった複数の公益プラットフォームが連携し、活動を展開するなど、そのうねりは政治的な部分を飲み込みながら大きくなりつつある」
寄付・慈善事業は明・清時代にも
それにしてもテンセントをはじめとする中国企業の動きは、日本からみると予想外の速さにも見える。片山氏に尋ねてみた。
―テンセントが2007年に早々と慈善事業を行う騰訊基金会を設立したというのはなぜでしょう。そのような社風の民間企業だったということでしょうか。
片山氏:テンセントを含め、アリババも比較的早い時期から慈善事業を行っています。事業のあり方として、これらIT企業はそれまで既存の(金融など)サービスなどにアクセスできないエンドユーザーを顧客の対象とし、事業を拡大した点があるのではないでしょうか。また、こういった事業をCSR(企業の社会的責任)と結び付けた点もあろうかと思います。
―大学に対する寄付金の額などを見ても日本の寄付文化は米国などと比べ社会に十分根付いているようには見えません。中国の民間企業あるいは富裕層の寄付に対する考え方は、日本より米国など寄付行為が盛んな欧米の国に通じるものがあると考えてよいのでしょうか。
片山氏:中国における寄付・慈善事業については明の末期から清の初めにかけてすでに地域の名士を中心とした実施(善堂、善会など)がありました。新中国建国以降はなくなりましたが、欧米のように一定程度の富や社会的地位がある人がそれ以外の人を救済するといった意識は歴史的にあろうかと思います。
関連サイト
ニッセイ基礎研究所レポート「'9・9公益日'-中国最大のチャリティーキャンペーンと共同富裕」
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