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【21-10】増え続けるインターネット病院 片山ゆき氏が規定・基準制定の必要指摘

2021年04月19日 小岩井忠道(科学記者)

 オンライン診療を併用あるいは専門に行うインターネット病院が中国で増え続けている。既存の病院が開設するのと、第三者の企業が既存の病院と連携し、オンライン上に開設する二つのケースが主だ。省レベルでの国民の健康データや診療・処方データを共有化する政府の取り組みも実験的な運用段階に入った。こうした状況を詳しく調査した片山ゆきニッセイ基礎研究所准主任研究員は、新型コロナウイルス感染に対して通院による二次感染の防止、医療機関の負担軽減に大きく寄与した、と評価している。一方、インターネット病院の急増により実際の運営面で多くの課題が出てきていることを挙げ、法整備や業界ルールの制定などの必要も指摘した。

異業種も次々に参入

 15日公表された片山氏の調査報告「ネット病院の急増(中国)―新型コロナの経験をどう活かすのか」によると、国家衛生健康委員会は、今年3月にインターネット病院が1,100を超えたと公表した。昨年11月時点では600を超したと新華網が伝えていることから、その後も増加の勢いは止まらないことを示している。地域の中核病院にあたる2級病院(注1)のうち、オンライン予約など何らかのオンラインサービスの提供が可能となった病院は全体の約8割、7,700以上に上る。

(注1:中国の病院は病床数、診療科の数や設備規模などを基に3級病院、2級病院、1級病院に大別されている。国家衛生健康委員会「2019年我国衛生健康事業発展統計公報」によると、大学病院レベルの3級病院は2,749、2級病院は9,687、地域の基層病院である1級病院は11,264、未分類の病院10,654。全体の約3分の1が公立で残りが民間病院)

 インターネット病院を既存の病院が開設する場合は、医師、設備、技術などの資源をオンライン上でそのまま提供する形になる。ユーザーは、他地域や遠く離れた大規模病院、高度な専門病院などの問診、診療予約などを受けることが可能。アプリ開発や診療データのデジタル化など病院側に必要となる環境整備は、IT企業などとの連携による。

 もう一つのケースは、ヘルステック企業、医薬・医療機器メーカーのほか、保険会社やIT企業といった異業種企業も参入する形態。参入企業側は各地の中核病院やさらに大規模病院など複数の病院と連携することで、ユーザーの利便性向上やサービスの多様化を図ることが可能だ。企業が既存の病院を買収し、インターネット病院を新設するケースもある。

 すでに電子商取引(EC)最大手の阿里巴巴集団(アリババ)や京東集団がインターネット病院、遠隔医療センターなどを開設済みだ。サービスの内容は、オンライン上で簡単な問診、実際の病院での診察予約、電子カルテ・処方箋(せん)の発行、処方薬の配送など。北京、上海、江蘇省などでは、オンライン診療の保険適用化やオンライン決済も進む。治療後の経過管理や、リハビリサービスの提供など、疾病の発生から回復まで面倒を見るサービスの提供を目指している。

「互聯網+」戦略を新型コロナが後押し

 オンライン診療やヘルスケアサービスが中国で急速に普及したのはなぜか。片山氏は、まず歴史的に地域間の医療格差が大きいという中国の特徴を挙げている。都市部や所得の高い沿海部の都市に遍在する高度な治療や設備の整った病院に患者が集中する実態が、長い間、問題となっていた。大きなきっかけとなったのは、2015年3月の全人代(全国人民代表大会)で、李克強首相が唱えた「互聯網+」(インターネットプラス)戦略。医療・健康(公共サービス)が重要分野の一つに位置付けられた。インターネット病院の開設を促す規制緩和もその一環で、2018年に条件などが明示されたこともあって、開設の申請などが徐々に増加していった、と片山氏は解説する。

 さらに新型コロナ感染拡大がこの動きを加速させた。地方政府やヘルステック企業が発熱に関する相談や、慢性病の高齢者の再診、薬の配送などの業務にオンラインサービスを提供し、通院による二次感染の防止、医療機関の負担軽減に大きく寄与した、と片山氏は見ている。民間ネットサービス「動脈ネット」の「インターネット医院政策報告」によると、新型コロナ感染拡大が始まった2019年12月以降、インターネット病院の開設数は毎月増えている。感染拡大ピーク期の2020年2月にはそれまで最多の65病院が開設し、この中には各省の衛生健康委員会が開設申請を受けた翌日や当日中に許可したケースも報告されているという。

 

インターネット病院開設数

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(ニッセイ基礎研究所片山ゆき准主任研究員レポート「ネット病院の急増(中国)-新型コロナの経験をどう活かすのか」から)

進む健康・診療・処方データの共有化

 政府側の取り組みで片山氏が注目するのが、省レベルで進む国民の健康データや診療・処方データの共有化。診察の効率化やプライマリケア(注2)の促進を狙った取り組みだ。少子高齢化が急速に進展したことで、公的医療保険による給付や、制度維持のための財政補填が急増している。こうした中国が抱える大きな課題に対し、地域の病院間での診療データの共有化は、高齢者の慢性病治療やその経過管理、さらに医療財政への負担軽減や、医療機関の役割分担の明確化といった点においても寄与している、と片山氏は見る。例えば、慢性病の経過管理については、コストの高い3級病院など上位の病院から、地域の1級病院などコストのより低い基層病院への分散も企図されているとしている。

(注2:日本には8,300の病院と102,000の一般診療所があるが、新型コロナウイルス感染者に対応しているのは一部の病院に限られる。中小病院や一般診療所がプライマリケアを担うシステムが整備されていれば、新型コロナウイルス感染拡大の最前線の防衛機能として大きな役割を果たせる、という指摘もある)

 こうした急速かつさまざまな変化を詳しく紹介したうえで片山氏は、検討を迫られている課題が山積している現状にも目を向けている。氏が紹介しているのが、民間ネットサービス「医薬ネット」の「2020中国インターネット病院発展研究報告」にみられるインターネット病院の運営に関するさまざまな問題。「オンライン診察のレベルや質をどこまで担保できるのかについて現時点では監督・管理規制はなく、罰則規定もない」。「サービス提供にあたっては病院側にその責任がすべて委ねられている状態にある」。「オンライン再診の条件として政府は患者の病歴に関する資料の提出を求めているが、オンライン診療で再診と判断するための規準が未整備。そもそもこれまでの診断や治療の正確性をどう判断するのかといった問題もある」。こうした課題を「医薬ネット」の報告から片山氏は読み取る。

 

インターネット病院の運営に関する問題(複数回答)

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(ニッセイ基礎研究所片山ゆき准主任研究員レポート「ネット病院の急増(中国)-新型コロナの経験をどう活かすのか」から)

 今後、インターネット病院が、既存の病院や医療体制が抱える問題の解消や緩和に正しく寄与するために、どのような対応が必要か。片山氏は、次のように指摘している。「オンライン上の診察における監督管理規定や罰則規定、オンライン再診に関する基準などの法整備や業界ルールの制定が必要となろう」

関連サイト

ニッセイ基礎研究所レポート「ネット病院の急増(中国)-新型コロナの経験をどう活かすのか

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