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【21-23】社会保障、税制見直しが課題に 共同富裕の取り組み進む中国

2021年09月22日 小岩井忠道(科学記者)

 貧富の格差縮小を目指す「共同富裕」の取り組みが進む中国に対し、社会保障や税制を見直し、再分配機能を強化する政策が急がれるとする報告書をニッセイ基礎研究所が公表した。IT大手をはじめ急成長を遂げた企業に対する政府の厳しい規制に対応する動きとして、規制対象となった企業や高所得の個人が資産や富を社会に還元する動きも相次ぐ。企業や個人による寄付や慈善事業は、政府の手が届かない対象者や事業、地域に対する支援が可能。報告書をまとめた片山ゆき同研究所准主任研究員はこうした利点を認める一方、まず必要なことは政府による再分配機能の強化ではないか、との見方を示した。市場を通じて個人や集団に分配された資源の一部を税金や社会保険料などの形で徴収し、さまざまな個人や集団に再分配する政府の役割を重要視している。

富裕層による三次分配急増

 15日公表された報告書「'富(とみ)'の分配 -中国における三次分配の台頭」は、最近、目立つ中国政府による厳しい規制に対応して企業や個人が始めた格差是正の動き「三次分配」の例を詳しく紹介している。「三次分配」とは、先に豊かになった人が取り残された人を支え、共に豊かになる富の再分配法として、北京大学の経済学者、厲以寧教授が1994年に初めて提唱したといわれる。習近平政権になって以降、引用されることが増え、2019年以降は重要会議でも取り上げられるようになった。

 こうした習政権の動きに素早く反応したのが電子商取引(EC)、SNS(ネット交流サービス)、オンラインゲームなど社会のデジタル化によって富を得た新たな富裕層。政府の規制強化に対応するこうした富裕層による「三次分配」が、急に増え出した。当初、急成長するオンライン金融事業者を対象に進められていた政府の厳しい規制が、教育や文化・芸能面にまで広がっている現状にも報告書は注目している。人口減少や出生率の低迷がクローズアップされるのに伴い、教育費の抑制に向けた塾の非営利化や、若いアイドルを熱狂的に応援するオンライン上の「推し活」に対する規制が始まったことだ。毛沢東時代の文化大革命(文革)のような政治運動の再来ではないかという観測も出始めた、と報告書は指摘する。

 富裕層による「三次分配」の急増に大きな影響を与えた動きとして報告書が挙げたのは、8月17日に開かれた中央財経委員会第10回会議。会議では格差を是正し、国民全体がともに豊かになる「共同富裕」の重要性が再度、強調された。「共同富裕」を実現する方法として示されたのが、三つの分配機能を適切に組み合わせる方策。市場を通じて個人や集団に分配される「一次分配」、いったん分配された資源を政府が必要度に応じて税制や社会保障を通じて再び分配し直す「再分配」、さらに企業や個人による慈善活動や寄付などの「三次分配」を組み合わせることで格差是正を狙っている。

 中央財経委員会第10回会議の翌日、8月18日には、SNSやオンラインゲームのIT大手「テンセント」が「共同富裕特別計画」として、低所得層の支援、医療救済、農村振興などに500億元(約8,500億円)を拠出する、と発表している。さらに9月2日には、EC大手の「アリババグループ」が「共同富裕を推進する10の行動」を発表した。デジタル化の遅れた地域の支援、社会的弱者の雇用支援、配達員などギグワーカー向けの保障事業など、2025年までに1,000億元(約1兆7,000億円)を拠出する、としている。両社に追随して、多くの企業や個人に同様な動きがみられる。

急成長企業創業者の寄付急増

 企業、個人のこうした動きが具体的に分かる資料として報告書が示したのが、米経済紙「フォーブス」の中国版「Forbes China」が公表した中国国内企業家の「慈善榜」(寄付額ランキング/2021 CHINA PHILANTHROPY LIST)。2020年には、32億3,000万元(約550億円)を寄付したアリババグループ創業者、馬雲(ジャック・マー)氏を筆頭に、さまざまな企業家が多額の寄付行為をしていることが分かる。寄付先・事業は、医療、教育、貧困支援から文化・芸術、環境保護、高齢者支援、児童扶助など多岐にわたる。

 寄付額上位100人の合計額は245億元(約4,165億円)。2019年の179億元から大幅に増加しており、背景には新型コロナウイルスに関連した寄付の増加がある。寄付額3位に「テンセント」創業者、馬化騰氏、5位にモバイル端末向けショートビデオプラットフォーム「TikTok」の開発・運営企業「バイト・ダンス」創業者、張一鳴氏が名を連ねている。馬雲氏だけでなくIT によって富を得た企業家が上位を占めているのが分かる。いずれも本業では当局から企業活動に対する厳しい規制を受けている人たちだ。ちなみに寄付額30憶4,000万元(約517億円)と、馬雲氏に次ぐ2位に、最近、巨額の負債を抱え債務不履行の危機が伝えられている不動産開発会社「恒大集団」創業者、許家印氏が入っているのも目を引く。

 

中国における企業家の寄付額上位10名(2020年)

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寄付先事業の構成(2020年)

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(出所)図表いずれも「2021 福布斯中国慈善榜」より作成
(ニッセイ基礎研究所レポート「'富(とみ)'の分配-中国における三次分配の台頭」から)

格差拡大に転じたジニ係数

 企業、個人による「三次分配」は、対象者や事業、地域を限定することで、政府の手が届かない対象や分野に、よりきめ細やかな支援が可能という長所を持つ。しかし、中国国民が共に豊かになることを目指すならまず取り組むべきは政府による「再分配機能」の強化、というのが報告書の見解。企業、個人による「三次分配」が「点」を支援するのに対し、政府の「再分配機能」は「面」を支援するという異なる性格を持つことを理由としている。

「再分配機能」とは、市場を通じて個人や集団に分配された資源の一部を税金や社会保険料などの形で政府が徴収し、これらをいったんプールした上で一定の規準や必要度に基づいてさまざまな個人や集団に再分配することを指す。「再分配機能」を強化する必要があるとする根拠の一つとして報告書が示しているのが、「ジニ係数」(可処分所得ベース)の最近17年間の変化を示すグラフだ。所得格差を表す指標である「ジニ係数」は、格差が最大である状態を1、格差がゼロの状態を0として、格差の程度を0~1の間の数字で示す。

 近年、中国は2008 年の0.491をピークに低下傾向、つまり格差縮小を意味する係数の低下傾向を示していた。しかし、2015年の0.462から上昇に転じている。最新の数値として示されている2019年は0.465だ。「ジニ係数」が、「格差が過度に大きい」(0.4~0.5)と中国国家統計局が認める範囲内にあるのは2003年以来、変わらない。しかし、その程度は2008年から格差縮小に進んでいたのが止まってしまい、むしろ現状は2015年より格差が拡大していることを示している。

 

ジニ係数(中国)

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(ニッセイ基礎研究所レポート「'富(とみ)'の分配-中国における三次分配の台頭」から)

可処分所得も政府が上

 政府による再分配機能の強化が必要とする根拠としてもう一つ報告書が示すのが、国民総所得のうち、企業部門、政府部門、家計部門がそれぞれ持つ所得割合が2000年から2018年までどのように変化したかを示す表。先行研究である「唐成(2011)」( 注1 )、「澤田(2013)」( 注2 )の分析手法を踏襲し、中国国家統計局の「中国統計年鑑2020」に基づいて作成された。国全体の生産活動の成果を政府部門と、その生産要素である労働力、土地、資本などの所有者である家計部門および企業部門との間でどのように分配したかを示すのが「第一次所得」。これに対して、「第一次所得」から年金、労災など現金による社会保障給付や社会扶助給付など再分配を反映した「可処分所得」(家計部門であれば個人の家計収入から税金や社会保険料などの非消費支出を差し引いた額。政府の場合は、企業、個人から受け取る税金から、年金、労災など現金による社会保障給付や社会扶助給付を差し引いた額)が、それぞれどのように変化してきたかが分かる。

 習近政権以降2018年まで、「可処分所得」の「第一次所得」に対する比率が、政府部門だけは1.0を上回っている(可処分所得の方が第一次所得より多い)のに対して、家計部門、企業部門は引き続き1.0を下回っている。さらに、習政権以降、政府部門の「可処分所得」は、一貫して増加する一方、企業部門は減少し続けており、企業、家計の税や社会保険料などの負担は大きくなっている。つまり、年金などの現金給付を中心とした政府部門の再分配機能は相対的に低下していることが表から読み取れる。

 

再分配による国民所得の構成の推移(現物社会移転を除く場合)

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(ニッセイ基礎研究所レポート「'富(とみ)'の分配-中国における三次分配の台頭」から)

 一方、政府部門から家計部門に対する医療における現物給付や、教育費などの移転といった財・サービスなどの現物による社会移転も反映した「調整可処分所得」を見ると「可処分所得」の比較とは異なる姿も見える。胡錦涛政権から習近平政権に代わって以降、政府部門から家計部門への財・サービスによる移転が進み、家計の負担は相対的に軽減されているという一定の効果も見られ始めているのだ。

 

再分配による国民所得の構成の推移(政府から家計への現物社会移転を含む場合)

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(ニッセイ基礎研究所レポート「'富(とみ)'の分配-中国における三次分配の台頭」から)

 こうしたデータから、報告書をまとめた片山ゆき氏は、次のような見解を示している。「時間や労力がかかったとしても、政府は税や社会保障における再分配機能を丁寧に見直し、受給格差や制度間格差、サービスの受給の改善に取り組んでいく必要があろう。加えて、国民の反発を招くリスクはあるものの、格差是正に効果のある資産(ストック)に対する固定資産税、相続税など財産税の導入検討も必要。すでに負担の大きい企業に対して三次分配の必要性を説く前に、再分配機能や税制の見直しなどやるべきことがまだあるはずだ」

 同時に片山氏は、米国との貿易摩擦などから中国政府の政策に変化がみられる状況にも注目している。2019年以降、企業の社会保険料負担の軽減や失業給付の還付、個人所得税の減税など政府主導で社会保険料や税金の大幅な負担軽減が図られ、さらに新型コロナウイルスの感染拡大に伴って2020年も同様の軽減策が継続されていることだ。こうした企業負担の軽減措置がどのような効果をもたらすのかについて片山氏は、今後のデータ公開を待ちたいと慎重な見方を明らかにしている。


(注1) 唐成(2011):「中国経済における内需拡大の課題-消費率の低下要因分析を焦点にー」『桃山学院大学総合研究所紀要』36(3)pp.111-125

(注2) 澤田ゆかり(2013):「第6章 社会保障制度の新たな課題―国民皆保険体制に内在する格差への対応」機動研究成果報告『中国 習近平政権の課題と展望―調和の次にくるもの』アジア経済研究所

関連サイト

ニッセイ基礎研究所レポート「'富(とみ)'の分配-中国における三次分配の台頭

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