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【20-001】中国は覇権主義国なのか?(その1)

2020年2月6日

和中 清

和中 清: ㈱インフォーム代表取締役

昭和21年生まれ、同志社大学経済学部卒業、大手監査法人、経営コンサルティング会社を経て昭和60年、(株)インフォーム設立 代表取締役就任
平成3年より上海に事務所を置き日本企業の中国事業の協力、相談に取り組む

主な著書・監修

  • 『中国市場の読み方』(明日香出版、2001年)
  • 『中国が日本を救う』(長崎出版、2009年)
  • 『中国の成長と衰退の裏側』(総合科学出版、2013年)
  • 『仕組まれた中国との対立 日本人の83%が中国を嫌いになる理由』(クロスメディア・パブリッシング、2015年8月)

今も変わらない日本人の中国観

 この度、筆者の『奇跡 発展背後的中国経験』が中国で発売され国家シルクロード書香プロジェクトの「外国人が書く中国」の傑出創作賞を受賞し、その日本語版の『中国はなぜ成長し、どこに向かうか、そして日本は』が出版された。

 そのメインテーマは中国がなぜ成長したかである。

 筆者は中国の成長要因を四つのテーマでとらえ各3項目、全部で12項目をその要因と考えてその基礎に「平和主義」を掲げた。

 しかし日本では、「中国の平和主義」に対し異議を唱える人も多い。異議どころか「フン」と鼻であしらう人も多いと思う。筆者の本への反発も予想される。

 どうして「中国の平和主義」を言えば反発が出るのか。思い浮かべるのが「尖閣」「南沙」「覇権主義」「軍備拡張」「独裁」であろう。また最近では「香港」や「新疆ウイグル」問題が指摘されると思う。

 今から5年ほど前の調査で日本人の83%程の人が「中国を良く思わない」との結果が出たが、今もその傾向は続いている。83%の人が思い浮かべるのも「尖閣」「南沙」「覇権主義」「軍備拡張」「独裁」だろう。

 しかし調査に答えた殆どの人は「尖閣」や「南沙」の歴史経過も「覇権」の言葉の正しい意味とそれに中国が該当するのかの認識も中国の軍備の内容も、政治体制と「独裁」の意味も深く考えずに答えていると思う。

 最近の「香港デモ」や「新疆ウイグル」問題もテレビや新聞でながれる情報をもとに漠然とした印象で中国を批判的にとらえているのではないだろうか。

 筆者は2015年の日中論壇、「『中国をよく思わない83%の世論』の裏にあるもの」 で日本人の中国観について述べたが、5年が経過した今、改めて「覇権主義」「軍備拡張」「独裁」「新疆ウイグル」「香港問題」を題材に、なぜ日本の世論が変わらないのかを考えて見た。「尖閣」「南沙」についても日本人のとらえ方には多くの誤解があると思っているが、政治的にも複雑な背景がありここでは述べない。興味のある方は筆者の近著や前著『仕組まれた中国との対立』をお読みいただきたい。

的外れな中国覇権国家論

 先ず「覇権主義」について考える。

 インターネットの百科事典のウィキペディアはその信頼性において疑問もあるが、そこに書かれている「覇権主義」の記述は多くの日本人が考えていることに近いのではと思い敢えて引用するが、ウィキペディアでは、覇権主義とは「当該国の実利的利害関係にのみ基づいて他国に対する対応を決定し、敵対国に対する侵略戦争や先制攻撃によって領土の拡大や自国の安全保障を行い、同盟国や敵対国の反対勢力に対する軍事、経済協力を進める」と説明している。そして例として、米国と中国を覇権国家としている。

 ただし米国には「反米派によって覇権主義的と指摘されることがある」との断りがつくが、中国にその断りは無い。

 そして中国は「台湾問題やチベット問題、ウイグル問題、また東南アジアやアフリカへの進出、南沙諸島問題、尖閣諸島問題などにおける高圧的な対外拡張政策などから覇権主義と指摘される」と書かれている。

 なぜ中国には「反中派により覇権主義とされる」の断りが無いのだろうか。筆者にはダブルスタンダードの不思議な論に思える。

 先ず、ウィキペディアの記述をもとに中国が「覇権主義」かについて考える。

 チベットやウイグル問題は中国の内政上の問題で「他国に対する」文言に当てはまらない。中国内の安全上の問題である。ここでは触れないが、南沙や尖閣も関係国間の主張がある領土問題で、一方的に中国が覇権的と言える問題でもない。

「当該国の実利的利害関係にのみ基づいて他国に対する対応を決定」を覇権主義とするなら多くの国がそれに該当する。諸国の外交は「自国の実利的利害」を中心に動く。中国が実利的利害のみで外交をしているとも思えない。

 トランプ大統領の米国は「実利的利害」だけで動いているようにも見える。

「敵対国に対する侵略戦争や先制攻撃によって領土の拡大や自国の安全保障を行い」にも中国は該当しない。中国には侵略の歴史は無く、逆に侵略された国である。

 中国が「覇権主義」との印象に影響を与える一つは中国の対外進出である。だがそれも多分に日本人の持つ中国へのイメージにより「覇権主義」に結び付けられている。

「東南アジアやアフリカへの進出」が「覇権主義」なら日本も、そして多くの国も「覇権主義」になる。一帯一路での投資も「債務の罠」と批判される。その批判も多分に批判のための批判であることは前回の「日中論壇」 で述べた。日本の戦後復興も米国などからの「債務」で実現した。港湾建設も道路建設も資金がなくては何も始まらない。

 筆者の前著『仕組まれた中国との対立』で約千人の日本人にアンケート調査した時にも「中国は世界で資源や土地を買い漁っているので覇権主義」と言う人もいた。

 グラフは2017年の各国の対外直接投資額とそのGDPに対する比率である。

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 これを見る限り中国の対外進出が「覇権主義」との批判は的外れである。

 さらにグラフは各国の輸入額とそのGDPに対する比率、国民一人当たりの輸入額を表わしている。

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 さらに次の表は鉱物資源や石油、石炭などのエネルギー資源、農産物と食品の輸入額上位3か国を表わしている。鉱物・金属資源や石油輸入額などでは中国がトップであるが他の資源では米国や日本が中国を上回る。それらを国民一人当たりの輸入額で見れば中国は格段に低くなる。また事業用不動産の売買やリサーチを行うCBRE社のリポートによると2014年から2018年までの5年間の日本での海外からのインバウンド不動産投資に占める北米の比率は48%、アジアの比率は43%で、アジアからの投資は香港とシンガポールと韓国の投資合計が中国をはるかに上回る。だからこれらを見る限り「中国は世界で資源や土地を買い漁っている」には該当しない。国民一人当たりで見る限り米国や日本の方が「買い漁っている」。

国別資源輸入額上位3カ国

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GLOBAL NOTEより  輸入額単位:百万US$  一人当たり輸入額単位:US$

 ウィキペディアの論のような単純な覇権主義への結び付けが中国への誤解を生んでいる。

中国は独裁国でなく一党の集団指導体制の国

 ある米国在住の日本人ジャーナリストの本を読むと、尖閣問題で「中国は分裂と崩壊のリスクを防ぐため、日本と戦っている姿勢を国民に示す覇権主義が必要」と書かれている。

 その論には「中国は『独裁国家』である」という背景がある。多くの日本人もそう考えている。

 だが中国は、北朝鮮のように国民が世界と隔絶された社会で暮らす国ではない。今や中国人は世界でも最も多く、旅行やビジネスを通じて国際交流を続ける国民である。「改革開放」は国家及び党の根本理念でもある。そのジャーナリストが語るような単純な国ではない。

 中国人の海外旅行者数はグラフのように推移している。

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 「独裁国家」が最も恐れるのは国民の外界との接触、交流だろう。その点からも中国は外れている。改革開放の中国はその対極にある。

 確かに中国は事実上、共産党の一党支配の国である。

 しかし政治は集団指導で進む。第十六回党大会以降、最高指導部の68歳定年制も実行された。筆者がこのように述べると、きっと習近平主席は任期延長を狙い、権限を強めているではないかとの反論も起きる。だがそれは中国の情勢をもっと深く読んだ上で反論すべきと思う。それを考えず習近平主席の長期政権が既定事実かのように報道するのは間違っている。それについては既に2017年の「日中論壇」(17-003習近平主席の「核心」の意義 )で述べた。

 中国は軍が政治を行う国でもない。軍は党の主席責任制である。

 個人崇拝も否定している。中国共産党章程(定款)の第二章第十条(六)には「党はいかなる形の個人崇拝も禁止する」と書かれている。

 むしろ筆者は14億人もの国民をまとめていくには、中国には最高指導者への崇敬の念や抑制された中での権威が必要と思っている。

 筆者は「日中論壇」(習近平主席の「核心」の意義 )で次のように述べた。

「毛沢東や鄧小平は長征を戦い抜いたカリスマで『核心』の称号に相応しい。習近平時代は江沢民時代の経済一直線から複雑な時代に移り、多くの難題に直面している。『反腐敗』と『社会風土改革』を進めるには『強い権力』と『権威』が必要になる。だから習近平主席は第18期中国共産党第6回中央委員会全体会議で『党中央の核心』の称号を得た」

 中国は経済成長を果たしたので民主的な多党政治に移行すべきだ、と考える人もいるだろう。

 しかし筆者はまだ困難であると思う。中国式の段階を踏んだ民主化でなければ、かつて「管即停 放即乱(管理すれば停滞し、放置すれば乱れる)」とも言われた、14億人もの多民族が暮らす国の統治は出来ないと考えている。それぞれの国にはそれぞれの国の事情がある。それを考えず夢のような理想をかざしただけで民主化をなし得ないことはイラクを始めとする中東の現実やアフガニスタンなど内乱に苦しんだ多くの国の歴史が証明している。

 党の章程(定款)総鋼には「一切の左と右の錯誤の傾向に反対し、右を警戒するが、主に左を防止する」とも記されている。中国を良く思わない世論の大多数は中国共産党の定款にこんな言葉があるとは思ってもいないだろう。

 中国は共産主義国ではない。強いて言えば「社会主義現代化の国」、「社会主義市場経済の国」である。「社会主義」と「市場経済」を天秤にかければ「市場経済」に傾く国である。中国を見る多くの人が「共産主義」の言葉に引きずられて「独裁」のイメージを持っている。もっと「改革開放」「市場経済」に目線を移し中国を見るべきと思う。

 ベトナムは共産党の一党支配の国である。書記長、国家主席、首相、国会議長の集団指導体制の国で、今はグエン・フー・チョンが党書記長と国家主席を兼務する。

 グエン・フー・チョン政権は腐敗撲滅運動を進め、ここ数年党政治局員など多数の党幹部逮捕や更迭が続く。中国の腐敗闘争では「権力闘争」の文字が新聞紙面に踊ったが、なぜかベトナムには「腐敗撲滅」になる。

 体制は異なるがシンガポールも人民行動党の独裁に近い。市民の政治的権利や言論も抑制された統治が行われている。形式的には複数の政党があるが1968年から1981年までは国会の全議席を人民行動党が占めた。

 中国は独裁の国と考える人が多いが、ベトナムやシンガポールにはそうした声は弱まる。なぜだろうか不思議である。

米国世論調査のジョーク

 次に「軍備拡張」である。米国の世論調査機関ピュー・リサーチ・センターの最近の調査では中国に対し好意的でない見解を持つ米国人が60%に達した。その中で軍事面での中国の台頭が「米国にとって悪い」と答えた人が81%で、それが好意的でない60%に影響している。この調査結果はジョークだろうか。

 2016年の国防費は米国が6,112億ドル、中国が2,152億ドル、日本が461億ドルで、米国は中国の2.8倍である。米国には過去の軍備蓄積がある。米国の原子力航空母艦は10隻ある。米空母のカール・ロビンソン、ロナルド・レーガンの排水量は10万トン、艦載機は70~100機である。中国は国産空母の山東が就航したが、遼寧と合わせて2隻で、原子力でない通常空母である。山東の排水量は6万トン強、艦載機は40機である。

 一国の国防費が大きいか、小さいかは総額だけでは判断できない。GDPや人口も国土の大きさも考慮しなければならない。2016年の国民一人当たりの国防費は米国が1,866ドル、日本が365ドル、中国が156ドルである。「中国の台頭で流れが変わった」と叫ばれて日本の軍備拡張が進んだが、国民一人当たりで見れば中国の台頭も怪しくなる。

 中国は国土も広く多くの国と国境を接する。この点からも国防費は大きくなる。

 日本の防衛白書には「中国の国防費は、1988年から28年間で約44倍」という記述とグラフがある。1988年の中国のGDPは1兆5,180億元で、2015年の僅か2.2%である。その時代の国防費と比較して44倍と記している。中国の台頭を強調したいようにも見える。

 年度予算では米国の国防費は中国の約3倍で、それ以外に同盟国が負担する世界の米軍基地の費用もある。過去の蓄積も考慮すれば、中国と米国の軍備の差は歴然としている。そんな国の国民が中国の「軍備拡張」をとらえ「好意的でない」と考える。まさにジョークである。

その2へつづく)