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【22-43】塩害に強い高収量大豆 新品種日中研究所が共同開発

小岩井忠道(科学記者) 2022年09月15日

 塩害が発生しやすい土地でも収量増が期待できる大豆の新品種が、国際農研と中国江蘇農業科学院との日中共同研究により、開発された。8月29日に中国で品種登録され、来年から塩害に悩む土地が多い中国江蘇省北部の農地200~330ヘクタールで、夏播き主力品種の一つとして作付けが計画されている。今後、塩害問題を抱える多くの地域での安定的大豆生産が期待できる、と両研究所はみている。

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「蘇豆27」の種子(左)と成熟期の個体(右)
(国際農研提供)

「蘇豆27(sudou27)」と名付けられた新品種は、国際農研がブラジルの大豆品種から発見したNclという耐塩性遺伝子を持つ日本の系統と、新品種育成のために使われている中国の系統との交配によってつくりだされた。新品種に組み込まれた耐塩性遺伝子Nclは、塩分が高い土壌でもナトリウムとカリウムの蓄積量を減らす機能を持つ。Nclを導入された既存の大豆品種が高い収量を維持できることは、すでに国際農研が日本国内の塩害圃場で確認済みだ。新たに開発された「蘇豆27」も、中国で実施された新品種審査試験と生産力試験の結果、中国江蘇省北部地域の主要な栽培品種「徐豆13(xudou13)」に比べ、収量で6.9%、種子脂質含量で1.4%高い多収で高品質な品種と認められた。

 塩害に対しても、最も影響を強く受ける幼苗期に海水の塩濃度の約5分の1に相当する濃度0.70%の塩化ナトリウム溶液に浸した土壌で3週間育てた試験の結果、正常に生育することが確認された。耐塩性評価試験で確かめられた耐塩性は「徐豆13」より1.8倍高い。さらにダイズモザイクウイルス感染によるダイズモザイク病の抵抗性を示し、病害抵抗性も持つと認定された。

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耐塩性評価試験の様子
土壌に0.70%濃度の塩化ナトリウム溶液を浸し、幼苗期(第一本葉期)から3週間生育した様子。左側が「徐豆13」で、右側が「蘇豆27」(国際農研提供)

 中国はかつて世界の生産量の9割を占める最大の大豆生産国だった時期もある。1990年代に入ってからも世界第4位の生産国だった。しかし、改革開放政策への移行に伴い、食用大豆油の総消費量が急速に増加したこともあり、1996年には大豆の純輸入国に変わり、現在は世界最大の大豆輸入国となっている。

 一方、中国江蘇省の黄海沿岸には、約50万ヘクタールもの未利用の海岸干潟地があり、1951年から2020年までに約45万5,000ヘクタールが農地利用のために開拓されている。黄海沿岸の主要作物は稲だが、需要は高く輸入量も増加傾向にある大豆の作付けが成功すれば日本を含む世界の大豆需給の安定化にも寄与する、との期待が共同研究の背景にあった、と国際農研は言っている。

 今後「蘇豆27」はどのように活用されるのだろうか。両研究所の研究者たちによると、塩害問題を抱える農地が多い江蘇省の北部で、現在の主力品種である「徐豆13」に代わる夏播き主力品種の一つとしての普及を見込んでいる。まず初年度の来年2023年に200~330ヘクタールでの作付けが計画されており、中国政府の普及機関によって農民への宣伝、種子の生産と農家への提供、栽培技術の指導などが行われる予定だ。中国江蘇農業科学院・工芸作物研究所もこうした普及活動に参加、協力するという。

 世界の塩類土壌面積は、約8億3,000万ヘクタールに上ると推計されており、その約53%がアジア大陸に分布している。特に海岸沿岸部では、河口への海水遡上や地下水への塩水侵入による塩害で、農地の作物生産性低下が深刻。耐塩性遺伝子Nclを導入した「蘇豆27」の開発成功は、中国江蘇省沿岸部以外の塩害問題を抱える世界の多くの地域で、同じような耐塩性品種の開発を促すとみられる。「基礎研究の成果が実用化されたことで、塩害問題を抱える多くの地域に普及されることを期待している」と、許東河国際農研主任研究員は語っている。

 今後、中国の大豆需要はどうなるのか。中国の農業事情に詳しい高橋五郎愛知大学名誉教授によると、「2021年に人工肉元年を迎えた」と報じる中国メディアが目立つようになったという。人工肉の原料は大豆などの植物。人工肉の普及スピードは今後さらに上がる可能性が高いから、近年増え続けている大豆をはじめとする中国の穀物の輸入量増は今後も続く。中国の養豚農家は2019年の「中米貿易戦争」で米国からの大豆輸入が減り、豚の飼料として不可欠な大豆かす不足に泣かされた。特に大豆不足が深刻な状況が改善される見通しがないと、国産の豚肉の安定確保に響くことは養豚農家ならばだれでも知っている。

 高橋氏はこうした現状に加え、新型コロナとアフリカ豚コレラの蔓延による豚肉不足・価格高騰や、穀物を大量に消費する畜産物生産に対する見直し機運、さらには肥満や動物性脂肪過剰摂取に対する不安といった中国国民に高まる健康志向の行動変化が、人工肉に関する消費者や企業の関心の高まりの背景にあるとの見方を示している。

 ロイター通信が、最近、北京発で伝えたところによると、中国の大豆需要は世界的な価格高騰で低迷し、8月の大豆輸入は前年比24.5%減の717万トンと、8月としては2014年以来最低。大豆価格高騰は今年、中国にとって最大の輸入元であるブラジルの生産・輸出が悪天候のため減少したことが原因で、6月に指標価格は10年来の高値に近づいた。大豆かすを主要飼料原料とする養豚業者にとって大きな損失となることも、輸入低迷の理由、としている。

関連サイト

国際農研、中国江蘇農業科学院プレしリリース「多収で病害にも強い耐塩性ダイズ新品種を開発 ―塩害農地におけるダイズの安定生産に貢献―

ロイター通信2022年9月7日北京発記事「中国の大豆輸入、8月は前年比24.5%減 世界的な価格高騰で

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