高橋五郎の先端アグリ解剖学
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【22-02】第22回 中国における人工肉の普及・背景・見通し・課題③今後の見通しと牽引役

2022年03月08日

高橋五郎

高橋五郎: 愛知大学名誉教授(農学博士)

略歴

愛知大学国際中国学研究センターフェロー
中国経済経営学会前会長
研究領域 中国農業問題全般

1. 今後の見通し

 最初に人工肉のうち植物由来人工肉普及の今後の見通しを要約すると、今後は普及スピードがさらに上がる可能性が高い。しかしこれには食材としてのラインナップの増加、入手しやすさ、価格と栄養、そして調理のしやすさと口当たり、安全性など、消費者ニーズにどれだけ応えることができるかに依るところが大きい。この点は次回に譲る。

 中国の市場に人工肉が出回るようになってからまだ日が浅く(せいぜいここ1~2年)、消費者や小売業者などの認知度の広がりもまだまだ、実際、中国の若い男女の知人数人に聞いたところでは曖昧な反応でほぼ一致する。しかし食材としての認知度が高まってくれば、その判断も変わる可能性がある感触は十分である。

 中国食品工業協会の消費者・小売業者・メーカーそれぞれの立場からのニュースサイトを仔細にみると、さまざまな課題を挙げつつも、概して明るい展望にあるといえる。

 それには前回 述べたようなさまざまな背景が現にあるし、成長途上にある分野なだけに、昨日にはなかったような新しい背景、商品やメーカーが現れている事情も窺うことができる。

 100㎏の穀物(例えばトウモロコシ)でできる豚肉は約12㎏だが、人工肉ならば90~95㎏もできるから穀物生産量も節約できる。人工肉が登場した原点はここにあるが、さらに健康志向その他の理由が徐々に加わって、普及スピードを高める新しい要因が生まれ、今後に明るい展望を与えている。

2. 人工肉普及の牽引役

(1)牽引役となる消費者

 中国食品工業協会のサイトによると、現在の人工肉の主な消費者は90年~00年生まれ、30歳代~20歳代の男女、比率では女性が7:3で男性を上回るという。年齢層から、その多くは未婚の独り暮らし層である可能性があり、日々仕事や学業に追われ、ゆっくりと調理する時間もその気も限られる人たちではないかと察することもできよう。

 若い世代はファーストフードやカフェ、出前、通販などの新しい食文化体系を創りあげており、これらの食文化を通じて中国伝統の肉料理と異なるレシピや食品、例えばハンバーガー、パスタ、ピザ、ハンバーグ、ホットドッグやステーキなどに親しみ、人工肉をこれらに置き換えることに抵抗感は縮まってきている。

 またこのような社会層は教養もあり、もの心ついた頃から成人に達した頃(2000年代初期)、中国では毒入り餃子事件や農薬入り粉ミルク事件など中国食品の信頼を揺るがす事件を目の当たりにした経験からも食品安全意識が高く、肥満や偏食を避ける風潮の影響を受けるなど健康志向も強いといわれる。同協会サイトによるある調査によると、実際、健康のため肉類消費を減らしたいと思っている中国人は42%に上るという。

 この世代が人工肉普及の牽引役とみられるのは、こうした背景を持っているからではないかと思われる。

 そしてやがて彼らが親世代になると、その一部がすでにそうであるように子供連れで西洋風のレストランやカフェに行き、さらにその子供が大きくなると親以上にそのような色彩に色濃く染まった食生活を営むようになるらせん模様がみえてくる。

 現状では消費を牽引している地域とあまりそうではない地域とに分かれているようで、上海、北京、湖北が先頭に立ち、成都、西安、青島などの新一線都市では立ち遅れ気味という見方がある。

 人工肉を実際に食べたことのある消費者の87%は他の人にも薦めてみたいと、比較的好意的な受け止め方をしているようだ(同サイト)。

 以上のほか、豚肉食を忌避する約1千万人の回族(モスリム)やベジタリアンもニーズの重要な一部とみられている。

(2)牽引役となる小売業者

 こうした色彩を帯びた消費者のニーズは、新しい商品が市場に出回ると我先に飛び付こうとする傾向がある。ニーズの動きに敏感な売り手は売り手で、消費者のさまざまなニーズを開拓、競争相手の先手を打つようなメニューを市場に売り込み、人工肉の普及を小売業者の立場から牽引している。

 例えば上海に58店舗を持つ上海発の香港式ファーストフード店の避風塘(フェィフォントン)は2020年12月、人工肉ロースと人工ひれ肉をメニューに採用したが、顧客の評判も上々、口コミで多くの顧客を呼び込むのに一役買ったという。この店と同名の店は日本では広東料理の店として営業しているが、中国では香港式を売り物にしている。

 ファーストフード以外でも台湾系スーパーの大潤発(RT-MART)、上海ベースのスーパーの欧尚(Auchan)などが、そして天猫、美団などのネット出前サービス店も顧客からの注文を受けて配達する機会が増える傾向にある。顧客の中には、一度食べてみようと注文したところ悪くないので、また注文しようと常連化する者が増えているとみられている。

 海外勢も積極的で、ケンタッキーは北京、上海、広州、深圳など6都市で人工肉の販売を始め、北京では37店舗でメニュー化(2022年1月アメリカで販売を始めた人工肉フライドチキンは、間もなく中国市場に投入される予定)、スターバックスが昼食メニューとして販売を開始、ピザ専門店の棒約翰(パパ・ジョンズ)も中国で初めて人工肉を使ったピザを販売、マクドナルドは人工鶏肉を挟んだハンバーガーを売り出した。

 これらは皆、中国大都市の若者の間で新しい食文化の流れを起こす役割を果たしている。これらの業者が扱う比重の高いものには水餃子、春まき、肉餅(ミートローフ)なども目立つというから、人工肉を使った食材の底辺はかなり広がりをみせているといえよう。

 以上述べたように、消費者と直接に接する各種の小売業態が末端ニーズの動きに対応して人工肉の消費拡大を牽引する役割を担っているといえる。ネット通販業者のサイトはさまざまな人工肉食材で溢れ、いまや新し物好きの若者の心をつかんだ状態となった。

(3)牽引役となるメーカー

 人工肉の普及を牽引するのは消費者と小売業者にかぎらない。それを作る技術を持つメーカーがなければニーズに応じることはできない。そのメーカーだが、人工肉製造は中国国内メーカーにはこれまでに経験がないことから、ほとんどが、この分野で進んでいるアメリカや欧州のメーカーの特許権に触れない技術、すなわち独自開発技術を拠り所にしなければならない。この技術開発に取り組む中国の実情については別途本稿で取り上げるが、ここには、中国人が好む食感や味付けなど、中国的な技術開発の難しさが隠されている。

 例えば広東食材の一つ腸粉(米粉の一種)の老舗の紅茘村が売り出した植物由来の腸粉はしゃぶしゃぶ用のたんぱく肉棒、肉団子などの原材料として売り出され好評を博したという。ここには中国メーカーならではの配慮があろう。

 中国メーカーとしては、表1のように多彩な顔触れがこの分野の主役となって躍り出てきた。いずれも上場企業である。

表1 中国人工肉上場主要メーカー一覧
資料:前騰産業研究院資料などから筆者作成
  2020年売上
(全事業)
(億円)
人工肉製品 ブランド名 人工肉製造計画 業態
東方集団(専門子会社:ハルビン福肴食品) 2,785 水餃子 ORIMEAT 各種の品目製造を開始。 製品製造
蓮花健康 298       製品製造
金字ハム 128 牛肉ハンバーグ 金字ハム 年産2千トンのAI人工肉製造ラインを計画。 製品製造
京糧ホールディングス 1,574       製品製造
来伊份 725       製品製造
美盈森 606 鶏肉団子、ハンバーグ 包丁造肉 ステーキはじめ多品目化。 製品製造
安井食品 1,254       製品製造
青山紙業 449       製品製造
双滙発展 13,308 牛肉ステーキ   人工肉開発研究所も設置。多品目化を目指す。 製品製造
唐人神 3,335       製品製造
雪榕生物 396 食用菌たんぱく肉   共同研究開発を推進。 製品製造
祖名豆製品 221 大豆由来ハンバーグ     製品製造
東宝生物 81 バラ肉   年産2千トンの大豆原材料人工肉製造計画。 製品製造
双塔食品 430 ソーセージ、鶏肉団子   大豆原材料の人工肉1万トン計画を2021年11月から開始。 製品製造
北大農 4,107     農業副産物食品加工業 原材料供給
愛普ホールディングス 480     食品製造業 原材料供給
安琪酵母 1,608     食品製造業 原材料供給
山東赫達 236     化学原料・化学製品製造業 原材料供給
華宝ホールディングス 377     化学原料・化学製品製造業 原材料供給
誠志ホールディングス 1,752     化学原料・化学製品製造業 原材料供給
金健米業 1,029     農業副産物食品加工業 原材料供給

 このうち東方集団は2020年(以下同じ)の食品事業全体の売上が2,785億円に上る中国屈指の食品メーカーの一つだが、人工肉専門といえる子会社ハルビン福肴食品を設立、水餃子を中心に多品目の人工肉を製造する。経営陣はこの事業展開に非常に積極的である。こうした実績が評価され、2021年8月には黒竜江省から大科学技術成果事業化プログラムについて850万元、約1億5,300万円の補助金を供与されることになった。同省は年1億4,700万元、約26億5,000万円の予算をこうした民間の技術開発プロジェクトに供与しているが、この補助金が人工肉の事業開発に供与されたことからも、この分野への公的な期待の大きさがうかがわれる。同社は人工肉の製造に1億5,600万元、約28億円を投資、その成果としての年間売上を1億2,200万元、約22億円と見込んでいる。

 金字ハムは年商128億円であるが、「金字ハム」ブランドで名を馳せたメーカーである。人工肉市場には、牛肉ハンバーグメーカーとして参入した。この企業で注目すべき点は年産2千トン規模の製造ラインにAI(人工知能)制御を組み込んだことである。一般に、人工肉には調味料、香料、口当たり調整剤などの添加物を加え、一定の形状に仕上げていく必要があるが、これをAIで行えば効率と安全性両面を確保することが期待されるということだろう。

 年商606億円の美盈森は鶏肉団子、ハンバーグなどの人工肉製造を手掛け、「包丁造肉」のブランドを持っている。今後は牛肉ステーキ分野への進出を計画している。現在、人工肉研究開発事業について江南大学と共同研究を行っているが、ゆくゆくは海外市場への展開を睨んでいるという。

 業界最大手の双滙発展は年商1兆3,308億円、主力の人工肉商品は牛肉ステーキ、現在、人工肉開発研究所を持ち人工肉の多品目化を推進している。同社の人気商品「ベジタリアンタンパク肉」96グラム(6切れ)はネット通販で19.8元(約356円)「ベジタリアン牛肉」142グラムは23.9元(約430円)で買うことができる。

 雪榕生物は年商396億円、食用菌を原材料にする人工肉を製造する珍しいメーカーである。代表的な商品は「雪榕キノコ棒」、シイタケなどを原材料とする人工肉である。人工肉の一般的な原材料は大豆であるが、このメーカーはこの点で特徴を持つといえる。

 祖名豆製品は2000年設立の大豆製品を中心とする人工肉メーカー、年商221億円、中堅どころである。会社のPRイメージは健康である。安吉租名豆製品食品、揚州粗名豆製品食品、上海粗名豆製品食品などの子会社を持つことからも、大豆由来の人工肉製造の取組みが成長していることがうかがわれる。現在、市販されている商品の一つハンバーグの「祖名素肉」(118グラム)、「クミン味の牛肉ステーキ」(58グラム)などである。

 双塔食品は年商430億円、大豆由来のソーセージ、ハム、豚カツ、鶏肉団子などを得意とするが、年産1万トンクラスの人工肉製造プラントを計画中である。

 東宝生物は2015年に上場した、比較的新しい人工肉メーカーであり、中国科学院理化技術研究所と人工肉実用化研究の共同研究を実施中である。すでにいくつかの特許権を取得している。元々の主力製品はゼラチン、コラーゲンなどの原材料であるが、これらの技術を活かして、人工肉分野に進出した。現在の主力製品は人工バラ肉で、現在、需要拡大を見越して年産2千トンクラスの大豆由来の人工肉製造プラントを計画している。

 海外のメーカーも例外ではない。世界の人工肉をリードするメーカーの一つネスレは中華料理の定番の肉団子、宮保鶏丁(コンバオチーディン)、麻辣香鍋(マーラーシャングォ)など6品目の人工肉の原材料、人工肉のハンバーガー用ハンバーグ、鶏肉、牛肉と豚肉のかゆなど4品目の製造販売を始め、中国の人工肉市場開拓と発展の牽引役の一つとなっている。

3. 今回のまとめ

 以上3つの視点からみたように、中国における人工肉は社会的認知を受けつつあり、より多様な取組みが進んでいく可能性が高いと判断できる。

 消費面では若者、ベジタリアン、健康志向者などが牽引役となって、徐々に外延に向かっている様子をみることができる。

 流通面では北京、上海などの先端大都市から地方へという広がりを見せつつ、国内外のファーストフードチェーンが積極的なメニュー開発と市場投入を行い、それを牽引役となっている上掲の一群が受け入れるという構図を描くことができよう。

 製造面では、供給が需要を創出するという経済原理がすっぽりと当てはまりそうな構図の下で、各社が当該分野の市場の性格を掴み、試行錯誤を繰り返しながらもこのビジネスを拡大できる感触を得たと言っていい状況である。

 しかし今後、一本調子で発展するかとなると、そうはいかない要因も少なからず存在する。次回は、この辺りの問題を探ってみることとしたい。