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第135回中国研究会「米中新冷戦の中での日本企業の生き残り戦略」(2020年10月6日開催)

「米中新冷戦の中での日本企業の生き残り戦略」

開催日時: 2020年10月06日(火)15:00~16:10

言   語: 日本語

開催方法: WEBセミナー(Zoom利用)

講   師: 杉田 定大(すぎた さだひろ)氏 一般財団法人日中経済協会 専務理事

講演資料:「 第135回中国研究会講演資料」( PDFファイル 5.02MB )

講演詳報:「 第135回中国研究会講演詳報」( PDFファイル 7.57MB )

YouTube[JST Channel]:「第135回中国研究会動画

「新たな対応迫られる日本企業 米中対立の現状と見通し杉田定大氏詳述」

小岩井忠道(中国総合研究・さくらサイエンスセンター)

 アジア情勢に詳しく日中の企業交流にも積極的に取り組む杉田定大日中経済協会専務理事・東京工業大学特任教授が10月6日、科学技術振興機構(JST)中国総合研究・さくらサイエンスセンター主催の中国研究会で講演し、激化する米中対立の最新状況を詳しく解説するとともに、日本が今後とりうる対応法を例示した。米国の中国企業に対する攻撃が激しくなっている一方、中国側も反撃策の検討を進めていることも紹介し、日本が米国、中国双方の政策によって大きな影響を受ける可能性を指摘した。

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杉田定大日中経済協会専務理事・東京工業大学特任教授

 杉田氏は、歴代米政権の中国に対する姿勢がこれまで良好、強硬関係の繰り返しだったことを振り返り、現在は任期後半に強硬路線に転じたオバマ前政権を上回る「新米中冷戦」の時代にあると指摘した。米国の中国攻撃がトランプ大統領の強い意志だけによるものでなく、共和党、民主党を問わず米国の覇権が脅かされている危機意識を持つ支配層に支えられていることに注意を促した。対中規制の根拠法となっているのが「国防権限法(NDAA)2019」で、「対中制裁の色が濃い」としている。制裁が強まった具体例として、香港政府のトップ林鄭月娥行政長官など香港政府の幹部、中国政府の高官11人に対し米国内の資産を凍結する制裁を科したことや、制裁対象の企業・大学に対する米国のソフトウエア使用規制などを挙げた。

四重苦の中国経済

 中国が国内に問題を抱えていることにも注意を促した。内外に山積する問題への不満、将来への不安の拡大がみられることだ。「国内のざわつき」と称し、杉田氏は、「重大な金融リスクの防止・解消」、「貧困対策」、「関居汚染対策」という対応が難しい三つの課題を挙げた。

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(杉田定大日中経済協会専務理事講演資料から)

 国内経済も四重苦の状況にあるとしている。2009年から11年間で8,000兆円相当の投資をした投資バブル期後のバランスシート調整。民営起業家の苦難と巨大な過剰生産能力などに対する構造調整。これらに米中経済冷戦と新型コロナウイルス対応を加えた四つの難題だ。杉田氏は、さらにバッタ大繁殖の脅威、三峡ダム崩落の恐れ、ペストの発生という新たな危機がのしかかっていることも付け加えた。

広範な機微技術の管理強化

 次に杉田氏が詳しく紹介したのは、米中新冷戦の最前線で起きている米国の新しい動きと日本への影響。2018年8月にできた国防授権法2019によって、広範な機微技術管理の強化策が盛り込まれていることに注意を促した。国防省に対し予算権限を与えているのがこの法律の特徴だとしている。過去9年間で最大規模の7,160億ドルという国防予算の下でAI(人工知能)、量子技術、超音速、宇宙、 サイバー、指向性エネルギーといった最先端技術の研究開発推進が図られた。これらエマージング技術(将来、実用化が期待される先端技術)の輸出管理も強化された。サイバーセキュリティに関する中小企業・大学向け支援の強化と、中国企業のZTE、ファーウェイを標的に、通信関連製品などの政府調達・使用を制限する措置もこの法律の下で実施された。

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(杉田定大日中経済協会専務理事講演資料から)

 一方、動画投稿アプリ「TikTok」の開発運営企業「バイトダンス」と対話アプリ「WeChat」を運営するテンセントとの取引を45日以内に禁止するという大統領令は、国際緊急経済権限法(IEEPA)」が根拠となっている。こうした中国製アプリに対する攻撃の対象がアリババやウェイボーなどに拡大すると「日本を含む世界経済に大きな影響が出る可能性があり、要注視」と杉田氏は指摘している。

 米国は「サイバーセキュリティ国家戦略」によってつくられた「脆弱性情報データベース(National Vulnerability Database:NVD)を持つ。企業が新製品市場投入の際にその製品のセキュリティ脆弱性を認め、修正や機能追加を行う修正ソフトであるパッチ開発などの完了結果を開示情報として登録するデータベースだ。「このデータベースへのアクセスが日本企業は不可能になる可能性が高い。自動走行などエマージング技術を米企業と共同で開発しようとした場合、セキュリティクリアランス制度がない日本の企業は、日本はサイバーセキュリティが弱いので付き合えないと言われてしまう可能性がある」と杉田氏は注意喚起した。

中国も輸出管理法で反撃

 中国側も、輸出管理法案(注)の下で信頼できないとみなされる外国企業、団体、個人のブラックリスト案づくりの検討が進む。米国による中国企業への規制・制裁に対抗するものとして、2019年6月以来作成が検討されてきたものが、いよいよ具体化する。米国を念頭に「一部の外国が市場のルールに反して中国企業を差別して封鎖するなど中国の安全と利益に危害を与えていると主張し、具体的には反ダンピング法や国家安全法など国内法を根拠に中国企業に損害を与えたり、中国に安全保障上の脅威を与えるなどを想定している」と杉田氏は、この法案の狙いを解説した。同時に「対象が米国企業に限定されないところに注視する必要がある」と杉田氏は日本企業に注意を呼び掛けている。

(注:10月17日、中国人民代表大会常務委員会で可決、成立した。12月1日施行)

 一方米国側には、米国にとって貿易を行うには好ましくない相手と判断した米国外の個人・団体などを「エンティティリスト」に載せるという制裁手段がある。中国企業を「エンティティリスト」に載せた米国に従って、日本企業がこれらの中国企業との取引を制限すると、中国側の制裁を受けることもあり得るということだ。「日本企業が『踏み絵』『股裂き』局面に直面する可能性が出てきた」と、中国とともに米国からの影響についての備えも必要となっていることを指摘した。

 米中双方から厳しい対応を求められる可能性が高い米中新冷戦時代に日本企業が生き残る戦略は何か。米国の動きに対しては、まず「セキュリティクリアランス」に対応することを杉田氏は呼びかけている。セキュリティクリアランスとは、米国の重要な機密情報が漏洩するのを防ぐため、機密情報を悪用しない人物であることを国が証明する信用資格制度を指す。資格者は政府関係者だけでなく民間企業にもいる。英国、フランス、スペイン、イタリア、オーストラリア、ニュージーランド、カナダ、韓国には資格を持つ人たちがいるが、日本の民間企業にはいない。

ASEAN諸国との協力も重要に

 今後、日中協力はどのように変わるのか。「米国が輸出管理を強める機微技術に該当しない分野を探して進めていくことが大事」と杉田氏は指摘している。具体的な分野としては、電気自動車向け次世代充電規格、燃料電池車、省エネ環境分野、医療介護分野などのほか、自動走行国際標準化に向けた協力がすでに動き始めていることを紹介した。米中関係が厳しい中、日本は米国の同盟国であることを基本にしつつ、社会が認める日中協力をコツコツやり、先端技術に関しては米中両国の折り合いがつけば世界の標準づくりでも協力することを提言した。例えば医療介護分野で、中国人が日本で治療を受けられるような協力を積極的に進めることや、ミドルパワー、特に東南アジア諸国連合(ASEAN)諸国との協力の重要性も強調している。

 杉田氏は、日本政府がすでに一定の対応を始めたことも紹介している。新型コロナウイルス感染拡大で露呈したサプライチェー分断のリスクを軽減する事業が今年度から始まっていることだ。国内を対象にした「サプライチェーン対策のための国内投資促進事業費補助金」と、国外を対象にした「海外サプライチェーン多元化等支援事業」が今年度から動き出している。「海外サプライチェーン多元化等支援事業」では、ASEAN諸国などで製造拠点を多元化することを目標とする設備導入や実証試験など支援する。2020年度の補正予算として、「海外サプライチェーン多元化等支援事業」に235億円、「サプライチェーン対策のための国内投資促進事業費補助金」には2,200億円がついた。

(写真 CRSC編集部)

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杉田 定大

杉田 定大(すぎた さだひろ)氏  一般財団法人日中経済協会 専務理事

<略歴>

1980年 通商産業省入省、大臣秘書官補佐、在マレーシア大使館参事官、初代新規産業課長(ベンチャー振興、PFI 担当)、アジア大洋州課長、貿易経済協力局総務課長、知的財産戦略本部参事官、中国経済産業局長、大臣官房審議官など歴任。2010年より早稲田大学客員教授。主にベンチャー経営論、知財経営論、アジア政策などを担当。2016年4月から東京工業大学特任教授、同年6月より一般財団法人日中経済協会専務理事に就任。