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第133回中国研究会「米中「最先端技術競争」の構造を読み解く」(2020年8月28日開催)

「米中「最先端技術競争」の構造を読み解く」

開催日時: 2020年8月28日(金)15:00~16:00

言   語: 日本語

開催方法: WEBセミナー(Zoom利用)

講   師: 倉澤 治雄: 科学ジャーナリスト

講演資料:「 第133回中国研究会講演資料」( PDFファイル 5.29MB )

講演詳報:「 第133回中国研究会講演詳報」( PDFファイル 3.08MB )

YouTube[JST Channel]:「第133回中国研究会動画

「日本は米中両国つなぎとめる役割を 倉澤治雄氏が中国の科学技術力詳述」

小岩井忠道(中国総合研究・さくらサイエンスセンター)

 新型コロナウイルスのため半年以上中断していた科学技術振興機構(JST)中国総合研究・さくらサイエンスセンター主催の研究会が8月28日、中国の科学技術動向を追い続けている科学ジャーナリスト、倉澤治雄氏を講師に迎え、ビデオ会議方式で開催された。倉澤氏は「基礎研究の蓄積に乏しい」など中国の科学技術政策が抱える課題も指摘しつつ、原子力、宇宙、デジタル技術分野を中心に中国の科学技術力がいかに短期間で急発展したかを詳細に紹介した。激しさを増す米中対立を、中国の科学技術力に対する米国の強い危機感から発した「米中新冷戦」と表現し、両国を何とか落ち着かせる役割を日本が担うべきだ、と提言した。

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ビデオ会議方式による研究会で講演する倉澤治雄氏

 倉澤氏がまず強調したのは、科学技術への理解なく国際情勢を読むことは不可能な時代になっている、という現状認識。「中国の科学技術力を偏見なくフラットに評価することが必要だ」として、さまざまなデータを紹介した。日本、中国、米国の研究費総額、科学技術予算、研究者数、論文総数が2000年以降どのように推移してきたかを示すグラフを用い、2018年に論文数で中国が米国を追い抜いたのをはじめ、科学技術予算、研究者数、論文総数の3指標で中国が米国、日本をしのいでいる現状を示した。

毎年800万人の研究者予備軍

 強調された一つが、大学生の数。「大学卒業生は約800万人。これだけの研究者予備軍が輩出する国は中国以外にない」。倉澤氏はこのように語り、さらに海外への留学生も年々増え続け、2017年には60万人を超す留学生が海外で学び、帰国する留学生の数も50万人近くに上る現状にも注意を促した。

 さらにそれぞれの分野で被引用数がトップ1%に入る重要論文数の国別ランキングと、こうした重要論文の著者数を比較した国別ランキングのいずれにおいても中国が米国に次ぎ2位に位置するグラフも示した。こうしたデータから倉澤氏は以下のような事実を読み取る。「中国は少なくとも量的には、米国を凌駕しつつある」、「質的には米国が中国を依然リードしているものの、中国が猛追している」、「中国の発展のスピードは、科学史上前例を見ないスピードで拡大している」。一方、「中国の科学技術は産業に直結する工学に偏っている」、「基礎研究、特に医学・ライフサイエンス分野では欧米に劣後している」実態も指摘した。

研究開発最優先企業ファーウェイ

 中国の変化が最も顕著だとして倉澤氏が特に詳しく紹介したのは、デジタル技術が中国社会に浸透する速さと、こうした変化を主導したファーウェイをはじめとする中国新興企業の目覚ましい躍進ぶり。特に2019年に3度にわたって訪問した深圳に本社を構えるファーウェイの独特な企業経営の様子が詳しく紹介された。年間の研究開発費は150憶ドル(2兆円)。国際特許出願数は、約5,400件で世界一。社員19万4,000人のうち9万6,000人が技術者。日本の対中国輸出総額のうち、ファーウェイ1社が日本企業から調達した額が約6%を占める...。1987年にできたばかりの小さな会社が今や5G(第5世代移動通信システム)で圧倒的な技術力を誇る巨大企業に急成長した様子を示すさまざまな数字を倉澤氏は列挙した。

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任正非ファーウェイCEO(倉澤治雄氏講演資料から)

 ファーウェイは、中国との対決姿勢を強めるトランプ米大統領の最大の標的企業となっている。米中対立が世界に与える影響の大きさを認める一方、倉澤氏は日本人の多くが意外と感じるかもしれないいくつかの事実を紹介した。氏自身がインタビューしたファーウェイCEO(最高経営責任者)の任正非氏は社員の選挙で選ばれている。「選挙という制度のない中国では希有な例」と倉澤氏は評価した。社員株主制をとっているのも中国のみならず世界の巨大企業では珍しい経営法。「任CEOの持ち分も1%ちょっとか1%を切るくらいしかない」。こうした特異な社風を持つ企業であることを倉澤氏は強調した。

 ファーウェイが国際的な企業を目指してきたことにも倉澤氏は注意を促した。氏自身が聞いた限りでは社員の2割は外国人。サイバーセキュリティの最高責任者は、英国政府で最高情報セキュリティ責任者を務めた経歴を持つ英国人。「良い人材は外国からどんどん採用する」ファーウェイの明確な経営姿勢にも高い評価を明らかにした。

 倉澤氏は、ファーウェイのほか、中国を代表する企業の一つになっているテンセント、ドローンで有名なDJI、自動車とIT部品で躍進目覚ましいBYDなどが本社を構える深圳を訪れた際に撮った多くの写真も紹介した。写真で紹介されたこれらの企業がいかに先を見据えた挑戦的なテーマに挑んでいるかも、わかりやすく説明した。

 中国に端を発し、世界中の大きな被害を引き起こしている新型コロナウイルス感染症対策については、「人口14憶人もの国で一応感染拡大を抑え込んだ」と評価し、その理由として政府だけでなく、アリババやテンセントといった企業がデジタル技術を総動員して対応した事実を紹介している。

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有力企業が集まる深圳の風景。右端にみえる車の模型はDJI社が今、狙っている月面自動車の模型(倉澤治雄氏講演資料から)

宇宙、原子力でも世界をリード

 中国の科学技術力はデジタル技術など一部が突出しているのではなく、幅広い分野にわたる。こうした実態を説明するため倉澤氏は、宇宙、原子力という開発の歴史が長い巨大技術分野でも、中国が多くの人材と資金を投じて、今や世界をリードするまでに至っている現状を詳しく紹介した。初めて月の裏側に無人探査機を着陸させたことや、世界一となった衛星打ち上げ数などの実績を挙げ「宇宙開発はロシアを超えた」という評価を示している。原子力についても、すでに世界第3位の稼働中原発を保有している現実と、計画中が300基以上あることを紹介し「2030年には世界一の原発大国になる」との見通しを示した。フランス、米国の炉を改良したEPRとAP1000という改良型原発をフランスと米国に先んじて稼働させたほか、高速炉、トリウム炉、高温ガス炉、進行波炉といった新型炉の開発にも力を入れている現状にも注意を促した。

技術の標準化、規格化巡る争い

 中国だけでなく世界各国に大きな影響を及ぼしつつある米中対立については、倉澤氏の見方も厳しい。「中国政府は21世紀の経済的な圧倒的シェアを得るために、官僚や企業に対し、米国の経済的リーダーシップの基礎である知的財産を、あらゆる必要な手段を用いて取得するよう指示してきた」。中国に対する敵対心をあらわにした2018年10月のペンス米副大統領の演説の要点をまず示したうえで、米中対立が世界にもたらす影響の大きさを列挙した。

 第一に挙げたのは、「デカップリング(分離)とサプライチェーンの分断」。さらに世界の企業に対して、「企業活動における『安全保障』『デュアルユース』『輸出管理』『セキュリティ』などへのさらなる配慮」が求められる。通信インフラ、プラットフォーム、技術規格の分断によって、技術の標準化、規格化をどこが主導するかの争いがすでに始まっている。こうした米中対立がもたらした現況を米国の有力シンクタンク「戦略国際問題研究所(CSIS)が「グローバル・テクノロジーの終焉」と表現した言葉を紹介し、「米中対立がもたらすものは世界にとって良いわけはない。日本は両国の分断をあおらず、何とか落ち着かせ、つなぎとめる役割を果たす必要がある」と提言した。

 中国の科学技術あるいは科学技術政策の課題はないのか。オンラインで寄せられた質問に対し、倉澤氏は次のように答えた。「国の政策に合う工学などの発展は速かった。ただし、科学技術や自然科学には真理の探究といった理想が必要。しかし、中国の科学技術政策からは一向に聞こえてこない。高い理想を持つ研究者が輩出することを願っている」

 さらに日本が抱える問題については、大学院に進学する学生がどんどん減っている現状に対する強い危機感を示した。「博士課程の大学院生が学費を払いながら研究をしているのは、OECD(経済協力開発機構)諸国のうちで日本くらいだと聞いている。大学院生を増やし、若い研究者をどのように育成し優遇するかは、大学、文部科学省、財務省だけでなく産業界も含めて真剣に考えるべきだ」と訴えた。

(写真 CRSC編集部)

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倉澤治雄

倉澤治雄(くらさわ はるお)氏 :科学ジャーナリスト

<略歴>

1952年千葉県生まれ。
東京大学教養学部基礎科学科卒業。フランス国立ボルドー大学第三課程博士号取得(物理化学専攻)。
1980年、日本テレビ入社。科学技術、警察、司法、防衛、国際問題などを担当。北京支局長、経済部長、政治部長、メディア戦略局次長、報道局解説主幹などを歴任。
2012年、国立研究開発法人科学技術振興機構中国総合研究センター・フェロー
2017年、科学ジャーナリストとして独立。
著書に『中国、科学技術覇権への野望~宇宙・原発・ファーウェイ』(中公新書ラクレ)、『原発爆発』(高文研)など多数。