【22-36】日中で企業認証制度構築提言 デジタル産業共に発展目指し
小岩井忠道(科学記者) 2022年12月01日
日中両国は、デジタル産業の連携により経済成長と企業競争力を高め、高齢化や気候変動など国内・国際的課題でもそれぞれの強みを活かした協力が可能とする日中共同研究結果が公表された。今後、民間の友好団体を中心に対話と交流のメカニズムを構築することと、そのために必要な政府の対応として、企業認証の仕組みづくりを提言している。共同研究を主導した日本側研究者は、日中連携にはさまざまな制約要因がある中、連携の意義と余地が十分あることを強調した。
11月17日に共同研究結果を公表したのは、中国のシンクタンク中国信息通信研究院産業規画研究所と、日本の株式会社野村総合研究所。昨年6月から日中両国のデジタル社会とスマートシティ実現を推進するための共同研究を進めてきた。「デジタル活用による脱炭素・循環型社会の実現」「高齢化・地域活性化などの社会課題」という具体的なテーマに加え、個人情報保護、データ保護、データの権利関係、データ取引環境整備などデジタル社会の実現に必要なさまざまな制度・仕組みについて検討した。
お互いの優位性補完する意義
研究結果で強調されているのは、日中両国のデジタル産業が異なる領域でそれぞれ持つ優位性を補完し合い、協力をさらに進める意義。すでにさまざまな分野で連携が進む事例を列挙している。一方、最近の国際情勢や日中両国のデータセキュリティに関わる政策・制度の違いなどの影響で、ハイテク分野の連携に日中両国の企業が慎重姿勢をとらざるを得なくなっている現状からも目をそらしていない。
連携を制約するさまざまな要因がある現状を認めたうえで具体的に提言されているのが、民間の友好団体を中心として、対話と交流のメカニズム構築を促進するための企業認証という仕組みづくり。モデルとして、海外企業がデジタル産業分野に参入しやすくするため、シンガポール政府が海外企業の現地法人向けに導入した優遇制度を紹介している。申請企業に対して、技術面、財務面、ビジネス・オペレーション面を含めた総合的な評価を行う制度だ。技術水準、データ保護、財務の透明性、先進的で安全かつコンプライアンス遵守の運営方式などで信頼できる、と認定した企業に補助金を提供し、顧客獲得を支援する。シンガポールで成果を挙げているこうした仕組みを日中両国でも構築するよう提言している。
同時に産業連携を促進するためのデータ流通の枠組みが未整備という現状を踏まえ、当面はデータの越境移転を伴わない前提で、競合関係が形成されにくい分野から取り組みを始めることが現実的としている。
スマートシティなど進む提携
こうした提言が実行可能である根拠として共同研究が挙げているのが、スマート物流、スマート介護などですでに進んでいる協力の実績。デジタル社会のひとつとして日中ともに重視する「スマートシティ」を構成する重要分野だ。国内に巨大な消費者市場を持つ中国ではデジタル技術の社会実装が進み、アリババやテンセントのような巨大プラットフォーマーに加え、人工知能(AI)やクラウドコンピューティングなどデジタル技術応用分野の産業が急速に成長している。一方、日本が相対的な優位性を維持しているのが、要素技術を含むデジタル部品・設備などスマート製造分野。デジタル経済を支える中核的存在である両国のデジタル産業が、こうしたそれぞれの強みを生かして成果を挙げている連携事例を、九つのパターンに分類して示している。
(野村総合研究所提供)
成功例として挙げている一つが、中国で自動運転技術を提供する小馬智行とトヨタ自動車が2019年に始めた提携事例。自動運転・交通サービス分野で有力視されるスマート交通に取り組んだ例だ。自動運転タクシーとして利用されるトヨタの車両に、小馬智行が開発した第6世代L4自動運転システムを搭載し、2023年前半を目標に中国でビジネス展開を目指している。
介護コミュニティ共同開発も
日中共通の社会課題である高齢化への対応として、パナソニックが中国不動産投資会社の雅達国際と共同で開発した介護コミュニティの事例も紹介している。中国の高齢者向けに健康管理・生活サービスを提供するのが目的だ。すでに「パナソニック(松下)」の名がついたコミュニティが中国江蘇省宜興市で誕生している。そこではパナソニックの技術を活用し、居住者に対して安全・安心・快適な居住環境が提供されている。
パナソニックの現地ウェブサイトによると、雅達・松下社区と名付けられたコミュニティは、理想の老後都市として構築され、「パナソニックスマートヘルスシティ」のコンセプトのもと、空気・光・水といった生活必需品から、パナソニックの空間制御技術を応用した「安全・安心・快適」な住環境を提供している。約30ヘクタールの土地に建てられた総戸数1,170の住居には、パナソニック製品が充実しており、住む人に質の高い生活を提供することができるとされている。
こうした日中企業の連携が進む背景には、中国側の公的な支援もある。北京市経済・情報化局は2020年に「北京市第14次五カ年計画期間のスマートシティ発展行動綱要(一般向け意見募集稿)」を発表している。そこには「2025年に北京を世界新型スマートシティのモデル都市にする」という発展目標が掲げられた。同じ2020年の4月には中央政府の工業情報化部がデジタルインフラ建設推進専門家セミナーを開催し、「5Gの建設ペースを加速し、スマートシティ分野でのデジタルインフラの利活用を模索すべきだ」と提言した、といった動きが伝えられている。
日中連携に制約要因も
一方、中国と米国の関係は政治、経済両面で厳しさを増しているのが現状。10月7日に発表された米国の対中輸出規制は、特に半導体に対する規制が強まった結果、中国の製造業全体に深刻な打撃がもたらされる可能性がある、との指摘も聞かれる。
こうした米国の中国に対する厳しい対応や、その他の国々にみられる中国に対する警戒心の高まりは日本にも大きな影響を与えている。今年5月には、経済安全保障推進法が成立、交付された。国民の生存や経済活動に大きな影響があり安定供給を確保する必要があるとする特定重要物質の指定や、安全保障上機微な発明の特許の公開や流出を防止する規制などが盛り込まれている。11月には、同法に基づき安定供給を図る特定重要物質として半導体、重要鉱物、工作機械・産業用ロボット、航空機部品、抗菌性物質製剤など11品目を年内に指定する方針が公表された。
中国信息通信研究院産業規画研究所と野村総合研究所の共同研究結果も、こうした現状から目をそらしてはいない。「現下の国際情勢の影響、日中両国のデータセキュリティなどに関する政策・制度の違いなどのいくつかの不確定要素が連携の制約要因となる影響で、ハイテク分野などの連携では、日中両国の企業が慎重姿勢をとる傾向がある」と、厳しい捉え方をしている。
連携実現に重要な信頼の醸成
日中両研究機関による今回の提言の狙いなどについて、日本側で共同研究を主導した野村総合研究所の李智慧未来創発センターエキスパートコンサルタントに尋ねてみた。
李智慧 野村総合研究所未来創発センターエキスパートコンサルタント
(野村総合研究所提供)
―共同研究を始めたきっかけは?
李智慧氏 中国信息通信研究院は中国の情報通信技術(ICT)分野のトップクラスの研究機関で、デジタル社会資本を研究するのに最適なパートナーと判断したためです。
―今回の提言で最も強調されたいのは?
李氏 円滑な連携を実現するためには、相互連携に向けた信頼の醸成が重要。今後日中間でシンガポールなどの制度や仕組みを参考に、信頼を醸成するための企業向けのトラスト環境整備、データ流通のあり方などを継続的に検討していくことです。日中デジタル産業は相互補完性があり、今まで日中企業間で九つの連携スキームで協力を推進してきました。確かに現下の国際情勢の影響、日中のデータセキュリティに関する政策・制度の違いなど、いくつかの不確定要素が日中連携の制約要因とならざるを得ない状況です。しかし、社会課題の解決などの分野を中心に日中連携の余地はあります。
―この提言が実行される可能性の見通し、あるいは期待は?
李氏 まずは、日本と中国の民間の友好団体を中心に、対話と交流を通じ、取り組んでいくことが必要と思います。
関連サイト
野村総合研究所 お知らせ「野村総合研究所、中国信息通信研究院と行った共同研究の成果を公表」
同「野村総合研究所、中国信息通信研究院と「デジタル社会資本と スマートシティの国際共同研究」プロジェクトを開始」
小马智行「小马智行获得丰田4亿美元投资,加速无人驾驶研发与应用」
松下电器(中国)有限公司(Panasonic)「雅达·松下养老社区」
内閣府「経済安全保障推進法」
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