【21-22】技術力、リスク管理体制強化を 中国との対話も三菱総研提言
2021年09月15日 小岩井忠道(科学記者)
コロナ危機により米中対立が国際社会を巻き込んで拡大している。各国が中国に対する政策転換を迫られている中で、日本はどう対応すべきか。シンクタンク「三菱総合研究所」は8日、「日本経済・企業のサプライチェーン強靭化に向けた提言」を公表した。技術力強化などの具体策に加え、国際社会が中国に対して抱く懸念の緩和に努めることが中国にとってもメリットが大きい、と日中間の対話を通じて中国に継続的に働きかけていく努力を日本の企業・政府に求めている。
強まる対中国警戒感
トランプ政権時代に鮮明になった米国の対中強硬姿勢は、バイデン政権になってからも引き継がれている。米国単独ではなく同盟国と連携して対中包囲網構築を目指す姿勢に変わったものの、関税や投資規制など前政権を踏襲している政策も多い。今年2月には、レアアース・医薬品・蓄電池・半導体の4戦略物資について、サプライチェーンにおけるリスクを100日以内に特定し、対処方法を提言するよう求めた大統領令にバイデン大統領が署名している。6月には短期・中長期的なサプライチェーン強化策をまとめた調査報告書が公表された。さらに、半導体大手インテルがアリゾナ州に2兆円の投資する計画を明らかにするなど企業の新たな動きもみられる。
新型コロナ感染拡大をいち早く抑え込んだ中国の力が増したことで、米国以外の主要各国も対中政策・経済安全保障政策の転換を迫られる事態となっている。EU(欧州連合)は5月に公表したレポートの中で、中国を念頭に域外からの輸入依存度が高く、かつEU域内への代替生産が困難な分野を特定し、域内の技術力強化やサプライチェーンの多角化を進める方針を打ち出した。
地理的にも経済的にも中国と近く、米中の間で難しい立場に置かれている韓国も、今年5月の米韓首脳脳会議の直前に計4兆円規模の対米投資計画を発表するなど、中国への依存度を下げる動きがみられる。オーストラリアは、2020年12月に中国を念頭に海外からの投資の審査を厳格化する外資買収法改正案や、地方政府が外国と締結した協定を中央政府の判断の下で破棄できる法律を成立させた。実際に、今年4月にはビクトリア州政府が中国と独自に締結した「一帯一路」に関する協定破棄を発表している。
主要国の戦略物資輸入額に占める中国の割合
(三菱総研「日本経済・企業のサプライチェーン強靭化に向けた提言」から)
選択的デカップリング進行か
一方、中国政府もまた、内需拡大を進めて強大な国内市場を形成し、自律的な成長力を強化する取り組みなど国際情勢の変化に対応した動きをみせていることも三菱総研は詳しく紹介している。今年3月の第13期全国人民代表大会(全人代)第4回会議で採択された「第14次五カ年計画(2021~2025年)」で示された新しい方針がその一つ。国内市場と国際市場をうまく連結させ、国内外の「双循環」が互いに促進しあう新たな発展構造を形成することを目指すとしている。三菱総研は、需要に対する実質的な国内生産率が6%程度にとどまる半導体に関する技術力強化が、中国にとって大きな課題になっていることも指摘している。
国際社会の中国への対応には温度差がある。中国との経済的な結びつきの強さも影響しているとみられ、中国に対して国際社会で一致した対応をとることの難しい。こうした見通しも示したうえで三菱総研は、今後の国際情勢について、中長期的にサプライチェーンや技術の分断が「選択的に」進む可能性を指摘している。経済的に深い相互依存関係にある米中間で、経済面の全面的なデカップリング(分離)が進むことは考えにくいものの、戦略物資のサプライチェーン強靭化など、分野限定的に、米中間をまたぐ経済活動への制約が段階的に強まる「選択的デカップリング」が進行すると見込んでいる。
サプライチェーン強靭化迫られる日本
こうした国際状況の中で日本に求められている対応は何か。三菱総研が提言しているのは「サプライチェーン上のチョークポイント(弱み)の把握」、「リスク管理体制の強化」、「技術力の強化」という三つの対策。中国をはじめとする特定の「権威主義国」からの輸入に依存している品目の中で、特に蓄電池の材料となる酸化リチウムや半導体の材料であるシリコンなどは、資源の地理的偏在もあり日本での生産はそもそも難しい。中国からの供給が制約されれば日本の製造業全体に影響が及びかねず、経済安全保障上のチョークポイントとなる。
また、輸入金額が小さくても、高精細の半導体製造に必要な高純度のフッ化水素のような重要品目もある。原料である無水フッ化水素のほぼ全量を中国からの輸入に依存しているからだ。日本メーカーが中国の合弁会社で製造し、日本に輸入しているが、その原料である蛍石の世界生産シェアは中国が63%を握る。中国からの原料供給が絞られれば、半導体製造に影響が出るほか、韓国や台湾への輸出競争力も低下する。
二つ目の「リスク管理体制の強化」とは何か。輸出管理、調達、研究開発、法務、人事、情報システムなど、自社事業が抱える経済安全保障上のリスクについて、迅速かつ総合的に把握し、経営として意思決定できる体制の構築を指す。同時に日本企業の情報収集・分析能力に限界がある現実も認め、政府・業界団体が協力して情報共有・分析を行い、個別の企業では足りない部分を補完することが求められていることも三菱総研は指摘している。
三つ目の対策「技術力の強化」の重要性として強調されているのは、「守り」だけでなく「攻め」の性格を持つこと。他国が必要とするコア技術を有することで他国にとって自国が経済安全保障面で重要な存在になるためだ。日本の主要な輸出品のひとつで、中国の輸入量の31%を日本が占める半導体製造装置を例に挙げ、世界的に進む半導体の微細加工に不可欠な技術を持つ優位性を指摘している。
中国の半導体関連製品調達先
(三菱総研「日本経済・企業のサプライチェーン強靭化に向けた提言」から)
国際秩序の形成発展にも貢献を
こうしたサプライチェーン強靭化の具体策に加え、三菱総研はルールに基づいた国際秩序の形成・発展に日本が果たす役割が大きいことも強調している。G7(先進7カ国)、インド太平洋地域諸国や国際機関との協調に加え、日本独自の対中国対応として「国際社会が中国に対して抱く懸念の緩和に努めることが、中国にとってもメリットが大きいということを日中間の対話を通じて継続的に働きかけていくことも重要」と提言している。
日本の努力が実を結んだ例として挙げたのが、日本が議長国を務めた2019年6月のG20(主要20カ国・地域)大阪サミット。「インフラの開放性」や「債務持続可能性」などを重視する「質の高いインフラ建設原則」の合意を実現した。当時、受け入れ国の財政状況に配慮せずインフラなど重要施設建設のため多額の融資を行う中国に対する各国の懸念が高まっていた中での合意だった。今年3月の第13期全国人民代表大会(全人代)第4回会議で採択された第14次五カ年計画に「一帯一路」共同建設の質の高い発展を促すことが明記されるなど、G20大阪サミットの合意が中国の国際援助基準への歩み寄りにつながった、と三菱総研は評価している。
今回の提言に先立って三菱総研は、米中対立が日本企業に及ぼす影響や、顕在化したサプライチェーンに関わるリスクに関して日本企業にアンケートを実施している。今年8月に実施した調査(有効回答数1,106)によると、海外と取引のある638社のうち、「総じてマイナスの影響」があると回答した割合が27%あり、「総じてプラスの影響」の4%を大きく上回った。さらに米中関係が一段と悪化した場合について尋ねた問いに対する答えでは、「プラスとマイナスが同程度」とする回答割合が減少し、「総じてマイナスの影響」が一段と増加する結果となっている。マイナス影響の中身については、貿易への制約を危惧する声が多く、「米国の輸出規制により中国企業との取引に制約」が47%、「中国の輸出規制により中国からの調達に制約」が27%となったほか、「事業環境の先行きが展望しにくくなる」という不透明感の強さへの懸念も22%という結果が出ている。
米中対立による自社事業へのマイナスの影響の具体的内容
(三菱総研「日本経済・企業のサプライチェーン強靭化に向けた提言」から)
関連サイト
三菱総合研究所「日本経済・企業のサプライチェーン強靭化に向けた提言 -ポストコロナの国際情勢変化を踏まえて (mri.co.jp)」
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