第167号
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新型コロナで試される中国スマートシティの実力

2020年8月06日 霍思伊 胥大偉/『中国新聞週刊』記者 吉田祥子/翻訳

新型コロナウイルス感染症の流行は中国のスマートシティ建設がまだ初期段階にあることを浮き彫りにした。

 4月に入ると、中国国内の操業再開と全世界の新型コロナウイルス感染状況の数字に加え、デジタルインフラが再び盛んに話題に上るようになった。4月17日、工業情報化部はデジタルインフラ建設推進専門家セミナーを特別に開催し、「5Gの建設ペースを加速し、スマートシティ分野でのデジタルインフラの利活用を模索すべきである」と提言した。最近の中央レベルにおける一連の動きは、「新型コロナの流行はビッグデータの持つ潜在力の大きさを再認識させた」というシグナルを発している。

 深圳市スマートシティ・ビッグデータ研究院の陳東平院長は、感染拡大防止に関するスマートシティの反応は「ワンテンポ遅かった」と苦言を呈した。

 武漢のロックダウンからすでに18日が経過した2月10日、国務院共同予防抑制メカニズム〔32部門が連携する新型コロナ対策機構〕の記者会見の場で、民政部基層政権建設・社区治理司の陳越良司長はまだこう訴えていた。「社区〔地域コミュニティー〕の新型コロナ対策に役立つソフトウェアを開発できないだろうか」

 この手のソフトウェアは技術的に難しいものではないが、感染症対策の初期は社区の係員が手作業で感染状況記録表を記入するのが精一杯だった。ビッグデータを活用した感染拡大防止の目玉は精度の高い感染封じ込めにあり、すなわち人々に対し細分化した対応を実現することだ。ところが、中国全体の初期の感染症対策を概観すると、旧態依然とした画一的な処理方法を採っていた。

 アリババグループ副総裁で技術畑出身の劉松氏は「ストレステスト」という言葉で新型コロナによって都市の「スマート化の実力」が検証されている状況を表現する。「これは否応なしに始まった大規模な社会実験。現在の結果を見ると、地域間格差がかなり大きく、長江デルタ地域と珠江デルタ地域がリードしています」

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デジタルインフラにおいて5Gは重要な役割を果たしている。

形だけのデータ共有

 新型コロナウイルス大流行の「震源地」となった武漢がロックダウンに至った大きな原因は、無症状病原体保有者に対する感染予防・制御が難しい点にあると言われている。

 現在、携帯電話が記録している位置情報や移動履歴は主に基地局を利用して測位され、これらのデータは三大通信キャリア〔中国移動・中国聯通・中国電信〕が掌握している。一方、患者〔有症状感染者〕および無症状病原体保有者のデータは衛生健康委員会と各医療機関が所持している。データが秘密情報である場合、公開権限は公安部門にあり、第三者が直接データにアクセスし公開するすべはない。

 類似の状況はさまざまな場面で見られ、各所に散在するデータを1つにまとめることができなければ、地理空間情報を活用した感染予防・制御の実現は極めて難しい。

 長江デルタ地域に位置する某市のビッグデータ局の担当者によると、2月中旬になってようやく各地で「健康コード〔健康評価アプリ〕」が相次いでリリースされたのは、決して地方政府の反応が遅かったせいではなく、当初、三大通信キャリアが地方政府に利用者の移動履歴データを提供せず、その後、工業情報化部の調整を経てやっと地方政府に一部の権限を許可したためだという。

 珠江デルタ地域の某一線都市の政府関係者は、省の通信管理局による調整の後、市の行政部門が一部の移動履歴データを取得したが、プライバシーへの配慮などさまざまな理由から、このデータが最終的に区レベルまで下りてくることはなかったと明かした。

 この政府職員は、「携帯電話の制御信号といった感染拡大防止の鍵となるデータを最初から全国規模で一体的に取り扱うことができたなら、末端レベルの対策がもっとうまくいったはずだし、誰が湖北省〔流行の中心地〕から来たかについても明確に把握できたのに」と話す。

 最近は外部からの感染者流入を厳格に防ぐことが北京・上海・広州などの大都市における感染拡大防止の重点になっている。だが、上海市経済・情報化委員会情報化推進処の裘薇処長は、「税関のデータは国レベルの管理下にあり、地方政府に提供されるインターフェースがなく、各旅客情報も航空会社自体が握っています」と指摘し、現段階では、依然として手作業でチェックして入境者情報を集めるほかないという。

 情報共有の方法も立ち遅れている。例えば、空港から政府部門へ、さらに各街道〔末端の行政単位〕へと、入境者情報がウィーチャット〔微信〕のさまざまなグループの間でやり取りされ、効率が悪いだけでなく、このようにずさんな共有方法ではデータのセキュリティーリスクも増加してしまう。

 実際のところ、今回の感染症流行で浮き彫りになった最も明確な課題は、地方と中央のデータ共有において、まだまだデータの流通が進んでいないという点だ。

 データ共有について、これまでに国は一連の文書を発表している。例えば、2017年5月に国務院が公布した「政務情報システム統合共有実施方案」では、機密データ以外はすべて差し出して共有しなければならないと明確に打ち出した。その後、スマートシティ建設に熱心な一部の地方政府が続々と自発的に「データ集約・共有合戦」の火蓋を切った。

 しかし、地方が中央にデータの開示を求める場合、前述の文書が政策上の根拠を示しているにもかかわらず、「一事一申請」〔情報公開申請は1回につき1項目のみ〕しかできず、効率が悪すぎて、系統化された情報共有メカニズムが形成されない。

 裘薇処長は学歴認証サービスを例に挙げ、「教育部は地方政府に対し2つのユーザーアカウントしか払い出しておらず、このプラットフォームから実行可能な学歴検索数は1日当たり1桁台です」と述べ、共有は形だけで、その方法や手順、効率はどれも話にならないと批判する。

「他部門にデータの使用権限を付与する際の国レベルで定めた明確な基準がないと、ひとたびデータが共有されて拡散し、情報漏洩を引き起こしたときに、最終的に誰が責任を負うのか、ということを各部門が懸念しているのです」

 だが問題は、現在率先して采配を振る中央の部門がないことであり、情報化推進分野において、国は権限を一身に集中させた主管部門をもう10年近く置かず、職能を国家発展改革委員会や工業情報化部などに分散させている。

 地方の状況も中央と似たり寄ったりだ。一線都市のビッグデータ局の多くの担当者が「デジタル政府と情報化推進の取り組みについて、いったい誰が主管するのか、ずっとはっきりしない」と訴えている。

「シティブレイン」も道半ば

 中央と地方のデータ共有にはまだ障害が存在しているにもかかわらず、スマートシティの発展が比較的進んでいる浙江省・広東省・上海市などでは、省や市の異部門間のデータがおおむね横断的に流通している。

 なぜ浙江省は数日のうちに健康コードを打ち出し、省全体に普及させることができたのか。健康コードの開発に携わったアリババグループの劉松副総裁は「浙江省では昨年すでに全省統一のビッグデータプラットフォームが完成し、省内の20以上の委員会・弁公室・庁・局を横断してデータが完全に流通していたからです」と答えた。

 深圳市でも、完全なデータ共有メカニズムがすでに構築されており、市政府の74の部門および11の区級政府内のあらゆるデータが相互運用されている。毎年、深圳市政府はデータ共有に対する審査もおこない、業績評価制度を取り入れている。現時点で、深圳市のビッグデータプラットフォームで共有されるデータは1日当たり1,800万件近くに達する。

 劉松副総裁によると、新型コロナの流行は次の点を再認識させたという。第1に、スマートシティの建設においては都市のデータプラットフォームの完全性と全面性が極めて重要であり、データは本当の意味で集約・流通・公開を実現する必要がある。第2に、端末へのリーチ〔到達度〕も非常に重要であり、すなわち、ビッグデータの管理制御には当事者に情報が行き届くという前提が必要である。

 すべての人の携帯電話にアリペイ〔支付宝〕やウィーチャットがインストールされるようになってからは、健康コードなどの感染症予防プラットフォームをこの2つのアプリと連結することによって、最大の範囲で一般市民への情報のアウトリーチが実現可能となった。

 劉松副総裁は、新型コロナ流行下のスマートシティの性能を「1+2」、すなわちビッグデータプラットフォーム+市民端末と公務員端末へのリーチに分け、市民のモバイル端末の普及に加え、公務員端末へのリーチが、今回の感染症対応において浙江省が一歩先んじたもう1つの要因であり、その背後にある本質は、ネットワーク思考がすでに省政府の日常的な運用のなかに浸透しているということだとみている。

 さらに同氏は、新型コロナ流行前にアリババのスマートモバイルオフィスシステム「釘釘〔ディントーク〕」をベースに構築された「浙政釘」が浙江省でリリースされており、省政府、省に下属する委員会・弁公室・庁・局などの機関、省内の11の地級市および90の区・県の公職者をカバーし、90%以上の公務員に対し「パームトップオフィス」を実現していたと説明する。

 新型コロナウイルス感染症の発生初期に、「感染症ネットワーク直接報告システム」が機能しなかったことが各方面から注目された。だが、前出の深圳市スマートシティ・ビッグデータ研究院・陳東平院長はもう1つの問題を提起している。――なぜ全国の「インターネット世論監視システム」も感染症流行について反応しなかったのか。

 これは、政府指導部または政府のシステム運用のなかで、公衆衛生事件を引き起こす可能性があるこのようなセンシティブデータに対し、警戒心が失われていたことを説明するものだと陳東平院長は指摘し、次のように主張する。

「中国のスマートシティ建設にとって最大の問題は、システムとメカニズムが構築されているにもかかわらず、効果を発揮していないことです」。政府の行動論理・思考方式・政策決定プロセスにおいて、ビッグデータ思考が欠如しているため、スマートシステムを活用して指導や政策決定をすることを優先的に思いつかないのである。

 スマートシティとは何か。陳東平院長は、スマートシステムを都市の運用論理と本当に結合させるには、きらびやかなハイテク展示プラットフォームに変えるだけ、もしくは特定分野で局部的な「小スマート化」を実現するだけであってはならないと考えている。実際、これまで各地で大々的に宣伝されていた「シティブレイン」〔都市のビッグデータを人工知能で管理・運用するシステム〕も感染症流行により実効性が試されたが、思うような結果が得られていない。

 アリババは、2016年に「シティブレイン」というコンセプトを打ち出してから2019年末までに、世界の11の都市にこのシステムを配置している。2018年より華為・百度・京東・騰訊などのメガテック企業も相次いで参入した。

 アリババ公式サイトでは、「シティブレイン」の機能について、リアルタイムでフルスケールの都市データ資源を活用して都市の公共資源を大域的に最適化し、都市の運用上の欠陥を即時に修正し、都市のガバナンスモデル・サービスモデル・産業発展という三重のブレークスルーを実現するものだと説明している。

 しかし、深圳市竜岡区ビッグデータセンターの楽文忠主任は、全国各地の「シティブレイン」は目下のところデータを可視化しただけで、本当に都市の「ブレイン」になるまでにはまだ長い道のりがあると指摘する。

 楽文忠主任によると、理想的な状態では「シティブレイン」は3つのセンターになるべきだという。すなわち、(1)都市のガバナンスと管理を担う都市指揮センター、(2)あらゆる行政サービス窓口の業務データを都市ごとに集約し、全業務プロセスを1つの画面上に可視化することで、行政サービスを最適化する公共行政サービスセンター、(3)政策決定センターである。

 陳東平院長は、都市のガバナンス体系の現代化とは技術の現代化だけでなく、より重要なのは人の現代化だと考えている。新しいデジタル化時代において、感染症予防にはデータを十分に活用した徹底的なチェックと3D地図を正確に用いた指揮が求められるべきだが、一部の指導者の思考はいまだに工業化時代の「人海戦術」に留まっている。

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2019年8月29日、新疆ウイグル自治区ウルムチ市にて、5G通信共用鉄塔の屋外アンテナを点検する電力会社の保守点検作業員。写真/視覚中国

スマートシティの進化の過程

 裘薇処長は、スマートシティに対する現在の政府各部門の理解はまだ情報化に限定されており、情報化システムを構築しさえすれば問題を解決できると思い込んでいるが、問題を解決するためにどのデータを集めればよいのかについて、よく分かっていないと指摘する。

 オフラインで解決しなかった多くの問題を単純にオンラインに移行すれば事足りるというものではないとして、裘薇処長は「それは行政業務の電子化にすぎず、スマートシティとは言えない」と断言する。

 このような意識面での立ち遅れは、中国という文脈におけるスマートシティ独特の発展路線と関係している。長期にわたり、スマートシティに対する地方政府の理解は「情報化」に限定され、デジタル政府や電子行政などの概念と混同していた。実際、第1世代のスマートシティの建設には確かに情報化の論理が存在する。

 劉松副総裁によると、10年前に中国の第1世代スマートシティが採用したのはやはり情報化システムであり、開発したスマート医療やスマート交通などの応用システムは従来のIBMミニコンピュータとオラクルデータベースの上に構築されたものだ。こうした従来型モデルでは、各システムは垂直非統合型で、データ流通はない。

 ここ2~3年はクラウドコンピューティング・5G・AIが技術開発競争の最前線となり、スマートシティは第2世代に入った。新たなスマートシティの重要な特徴はAI・5G・IoT〔モノのインターネット〕およびビッグデータ・クラウドコンピューティングの応用である。

 劉松副総裁は、「現在は端末とビッグデータプラットフォームがあるので、それに加えてアリババの技術でサポートすれば、最短でわずか十数時間、最長でも48~72時間で感染予防アプリをリリースできます」と強調する。このアプリは、スマート交通やスマート都市管理のような10年前に開発された単一機能のスマートシティアプリとはまったく次元が違うという。

 一方、中国工程院院士で深圳大学スマートシティ研究院院長の郭仁忠氏は、「多くの都市のスマートシティ実行計画にある数々のスマート事業は、極めて先進的な建設理念を掲げながら、この部門はこのシステムを担当し、あの部門はあのシステムを担当するというように、極めて旧式な業務形態を採用しています。しかし、スマートシティの建設は決していくつかの情報システムの寄せ集めではありません」と指摘する。

 このことから露見する重大な問題は、中国のスマートシティ建設は、都市レベルで持続可能な国家主導のトップダウン設計と全体計画が欠如しており、相変わらず各都市がそれぞれのやり方で進めているということだ。新型コロナの感染が拡大するなかで、この欠点は一段と浮き彫りになった。

 さらに、感染症の流行は、既存のスマートシティの枠組みでは細分化した緊急対応管理をサポートしきれないということも明らかにした。流行の初期において、都市内の人の移動履歴は大部分が監視カメラの映像または診断確定患者の記憶を調べたもので、即時かつ正確に診断確定前の患者との接触者を徹底的にチェックするのはまだかなり難しい状況だった。

 細分化した管理はさらに細分化したデータを要求するとして、劉松副総裁は、「データは各団地、配車サービスの各車両、各個人レベルに細かく分ける必要があります」と指摘する。

 データは横断的に流通する必要があるだけでなく、ミクロの物理的世界まで「落とし込む」必要もあり、「シティブレイン」にとってデータの「落とし込み」は本当にスマート化を実現できるかどうかの基礎だという。

 感染症の流行は、スマートシティの建設には「ハードウェアを買うだけ」ではいけないと私たちに警告しているが、その一方で、ソフト面の不足を補完するにはデジタルインフラと切り離せないことも意識するよう求めている。

 2月下旬以降、中央政府は立て続けに意見を発表し、明確なシグナルを出し始めた。2月21日、党中央政治局会議は、5Gネットワークやインダストリアルインターネットなどの発展を加速する方針を打ち出した。3月4日、党中央政治局常務委員会会議は、5Gネットワークやデータセンターなどの新型インフラの建設ペースを加速することを改めて強調した。

 こうした背景のもとで、「新型インフラ」という概念が再び大きく取り上げられ、5Gやクラウドコンピューティングなどの関連株が相次いでストップ高となった。中央政府のねらいは明らかで、「新型インフラ」を新型コロナの影響下にある中国のマクロ経済をテコ入れするための最初の支点にしようというものだ。

 恒大研究院〔恒大集団設立の科学研究機関〕の任沢平氏は、「新型インフラ」の要点は「新」にあるとして、スマートシティはその「新」を代表するものの1つであると同時に、5GやAIなどの技術を実用化する最大の応用シーンでもあり、将来的に数兆元の投資を呼び込むだろうとの認識を示す。

 アメリカの市場調査会社IDC〔International Data Corporation〕は、2023年までにスマートシティの応用シーンの3分の1が5Gの影響を受け、一線都市と二線都市の70%が5G技術を使用すると予測する。それゆえ、2020年はスマートシティにとってその実力が明らかになるまでの極めて大きな「助走期間」〔原文は「ウインドウ期」、感染後ウイルスが検出可能になるまでの期間〕となるだろう。


※本稿は『月刊中国ニュース』2020年8月号(Vol.102)より転載したものである。