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【22-30】経済軽視、習政権基盤弱体化も 米国の半導体規制も打撃に

小岩井忠道(科学記者) 2022年11月04日

 3期目に入った習近平体制が経済問題を軽視して柔軟な政策対応を怠れば、政権基盤も早期に弱体化するリスクが高まるとする報告書を日本総合研究所の研究者が公表した。中国政府が早期に対応すべき課題として、新型コロナ、不動産市場、米中対立の三つを挙げている。この中で米国による対中半導体規制により中国の製造業全体に深刻な打撃がもたらされる可能性を指摘しているのが目を引く。

 10月28日に公表された日本総合研究所の報告書は、野木森稔、佐野淳也両主任研究員による「習新体制の経済問題軽視とその落とし穴―強固なトップダウン体制の確立がもたらす経済への副作用―」。10月22日に閉幕した中国共産党大会で了承された活動報告や、新しい最高指導部の顔ぶれなどから「経済問題への対応の優先順位を引き下げている」とみて、経済問題に焦点を当てた報告となっている。

 中国共産党大会で了承された活動報告では、外国の覇権主義や内政干渉などに反対するといった対外的な強硬姿勢が打ち出されているのが目を引く。一方、取り組むべき経済問題は特に示されていない。しかし、野木森氏らの報告書は、中国経済に与える悪影響が大きい様々な問題を中国政府が抱えていることを注視している。とりわけ早期に対応すべき課題として挙げているのが、新型コロナ、不動産市場、米中対立の三つだ。現在、中国経済は製造業、特に技術において米国に依存する部分が大きいとして、米中対立の激化に伴う影響を重視している。

半導体の自給率16.7%

 中でも詳しく書かれているのが、半導体。10月7日に発表された米国の対中輸出規制は、半導体を中心にさらに強化されている。先端半導体の製造に用いる装置などを中国に輸出する場合、米国企業は事前に米国政府の許可を得ることを義務付けられた。米国政府はすでに中国軍との関係を理由に、一部の中国半導体メーカーとの取引を禁止していたが、さらにその対象を大幅に拡大している。

 米政府の対中輸出規制強化によって、中国企業との取引を停止するという米国の半導体関連企業の発表が相次いでいる。また、米国人技術者が中国の半導体生産・開発へ関与することが禁じられたため、中国の半導体産業で働く米国人が退職を迫られているといった影響も出ている。報告書が重視しているのは、こうした様々な変化だ。

 中国の半導体自給率は2021年時点で16.7%にとどまっている。今後もさらに規制が強化されれば、中国の製造業全体に深刻な打撃がもたらされることになる。しかし、中国は米国との対立姿勢を崩してなく、規制強化を止めるよう譲歩や妥協に動く気配はほとんどない。米国との対立がエスカレートすれば、半導体取引制限が強化されることで、電子機器産業を中心に世界の工場としての機能が著しく毀損される可能性がある、と報告書は指摘している。

中国の半導体自給率

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(野木森稔、佐野淳也氏提供)

 10月7日に発表された米政府の対中輸出規制強化については国際通信社「ロイター」も、措置適用となれば米国の技術を利用する米国内外の企業による中国の主要工場および半導体設計業者への支援が強制的に打ち切りとなり、中国の半導体製造業が立ち行かなくなる可能性がある、と伝えていた。さらに10月27日には、先端半導体製造装置の対中輸出を制限する米国の新規制に足並みをそろえることで米政府は同盟国と近く合意する見通し、という米商務省高官の見解も続報として流している。

「米国による新たな半導体規制で、中国では先端半導体の製造能力拡大がかなり厳しい状況になっている。中国政府は報復措置などを考えているようだが、対米輸出規制などは自国への悪影響が伴うものが多く、やはり米国との対立の緩和に動かない限り、中国経済への悪影響はさらに拡大する恐れがある」。野木森稔主任研究員はこのように語っている。

ゼロコロナ政策の影響長期に

 米中対立の激化とともに報告書が早期に解決すべき課題として挙げている新型コロナと、不動産市場についてはどうか。「着実に中国経済を蝕んでいる」と報告書が指摘しているのが「ゼロコロナ」政策への固執。中国最大の経済都市である上海市は、3月下旬から5月にかけて実施されたロックダウンで経済に大打撃を受けた。中国各地で新規感染者が発生すると活動規制が散発的に強化されており、経済の下押し要因となっている。今年3月に示された2022年の経済成長率目標はプラス5.5%前後であったが、これを達成するには10~12月期に前年同期比プラス12%程度の大幅な回復が必要。最終的には目標を大きく下回るプラス3%前後に着地すると見込まれる。再び大規模なロックダウンが実施されれば、景気の一時的な下押しにとどまらず、海外企業の「脱中国」を助長するなど、悪影響は中長期的な成長力の低下に及ぶ可能性がある、と報告書はみている。

中国の経済成長率の目標と実績(前年比)

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(野木森稔、佐野淳也氏提供)

不動産市況金融機関に波及も

 報告書が同じように深刻な状況にあるとみているのが不動産市場だ。コロナ禍での金融緩和などを背景に過熱気味であった不動産市場は、2021年以降、不動産向け融資規制が強化されたことで調整局面に転じた。住宅着工床面積は前年同月比マイナス50%近く減少するなど、調整による状況は深刻化しつつある。特に住宅価格の下落が深刻なのが地方都市。夏場には、地方投資を中心に不動産市場の悪化を受けて複数の不動産会社が資金不足に陥り、住宅建設の中止を余儀なくされるといった事態が急増した。住宅購入者が物件引き渡しの大幅な遅延に反発し、ローン支払いを拒否するケースが続出するといった社会問題にも発展している。

 不動産市場に顕在化しているこうした問題を解決するために弊害となっている、と報告書が指摘しているのが、2021年に示された「共同富裕」政策。国民全体が豊かになるとの考えから、政府が住宅価格をより手ごろな水準まで引き下げることを目指し、不動産価格の下落を許容しているためだ。価格下落は不動産関連企業の業績を悪化させ、これが一段の価格下落を招くという悪循環が生じている。思い切った規制緩和などで市場の活性化を図らなければ、いずれ不動産市況の低迷が金融機関の経営不安などに飛び火し、金融システム全体の問題に発展しかねない、と報告書は警告している。

 新型コロナ、不動産市場、米中対立という三つの課題が抱えるリスクが顕在化すれば、中国経済は機能不全に陥り、政権は政治的なパワーを失うことにもなりかねない。経済問題の重大さを認識せず、柔軟な政策対応を怠れば、習氏がせっかく得た強固な政権基盤も早期に弱体化するリスクが高まる、というのが報告書の厳しい見通しだ。

中国の住宅価格指数と着工床面積(前年同月比)

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(野木森稔、佐野淳也氏提供)

株式市場も厳しい反応

 報告書が最後に注意を促しているのが、株式市場の反応。新政権の指導部発表翌日の10月2日には、上海総合指数は前週末比マイナス2.0%となった。外国人投資家が多く取引している香港のハンセン中国企業株指数(H株)は同マイナス7.3%下落し、2008年11月以来の最大の下げ幅となった。これは、新政権の発足により、様々な産業への規制が強まることへの警戒を反映している。実際、2021年に突然実施されたハイテク産業や民間教育産業への締め付けは株価を大きく下落させる要因となった。こうした事例を挙げて中国の新指導部誕生に対する好意的な反応はみられない、と報告書は断じている。

 報告書は、日本の様々な企業に悪影響をもたらす可能性があることにも言及している。日本企業、日本政府は今後、どう対応すべきか。野木森氏に尋ねたところ、次のような答えが返ってきた。

「『ゼロコロナ』政策による活動規制の再発動や不動産市場調整の深刻化による景気悪化、さらに米中対立の激化によるサプライチェーンを通じた悪影響などのリスクに対し、日本企業は警戒を高める必要がある。他のアジアへの移転や取引先の変更なども、対中進出企業にとっての選択肢となる。日本政府は、そうした企業が経営判断をしやすくするため、リスクに対する情報提供に力を入れるべきだ。米国がどのような規制強化をする可能性があるのか、など」

関連サイト

日本総合研究所報告書「習新体制の経済問題軽視とその落とし穴―強固なトップダウン体制の確立がもたらす経済への副作用―

REUTERS社ニュース「対中半導体輸出規制に同盟国も足並み、近く合意へ=米高官

REUTERS社ニュース「米、半導体製造装置巡る対中輸出規制を大幅拡大へ

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