第163号
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定点観測シリーズ 中国の宇宙開発動向(その11)

2020年4月28日 辻野 照久(元宇宙航空研究開発機構国際部参事)

2020年第1四半期の中国の宇宙活動状況

 今回は、定点観測シリーズの第11回目として、2020年1月1日から3月31日までの3か月間の中国の宇宙開発動向をお伝えする。

 この期間のロケット打上げ回数は、中国が7回(うち1回は打上げ失敗)、米国が8回、ロシアが4回、欧州が2回、日本・ニュージーランド(NZ)が各1回、イランが1回(打上げ失敗)で、世界計で24回となっている。表1に2020年第1四半期の世界各国のロケット打上げ回数を示す。

表1 2020年の世界のロケット打上げ回数(四半期別) ★は打上げ失敗(内数)
*米国の[]内はスペースX社の打上げ回数の内訳
期間 中国 米国* ロシア 欧州 日本 インド NZ イラン 世界計
1月-3月 7(★1) 8[5] 4 2 1 0 1 1(★1) 24(★2)

 中国は長征7型の派生型(静止衛星打上げ用)である長征7A型で文昌射場から3月16日に試験的な静止衛星の打上げを行ったが、失敗に終わった。失敗原因を調査中。

ロケット・衛星打上げ状況

 この期間に中国は7回の打上げ(うち1回は打上げ失敗)で自国衛星13機(うち1機は打上げ失敗)と外国衛星2機を打ち上げた。軌道に投入された中国衛星12機のうち、地球観測衛星は4機、通信放送衛星は3機、航行測位衛星は1機、技術試験衛星は4機である。

 打上げに失敗したのは、今回初打上げの長征7A型ロケット[1](文末の参考資料参照)で、中国空間技術研究院(CAST)が開発した技術試験衛星「新技術験証(Xinjishu Yanzheng:XY)6号」衛星の軌道投入に失敗した。

 表2に打上げに使われたロケットや軌道投入された衛星などの状況を示す。

表2 2020年1月1日から3月31日までの中国のロケット・人工衛星打上げ状況
衛星名

国際標識番号

打上げ年月日

打上げロケット

射場 衛星保有者 ミッション 軌道
Tongxin Jishu Shiyan 5 通信技術試験 2020-002A 2020/1/7 長征3B/G3 西昌 CAST 通信放送 GEO
Jilin 1
Kuanfu
吉林
寛幅
2020-003A 2020/1/15 長征2D(2) 太原 長光衛星
技術公司
地球観測 SSO
Tianqi 5 天啓 2020-003B 国電高科 通信放送
NuSat 7 2020-003C アルゼンチン 地球観測
NuSat 8 2020-003D
Yinhe 1 銀河 2020-004A 2020/1/21 快舟1A 酒泉 Galaxy Space 通信放送  
Xin Jishu Shiyan (XJS)C 新技術試験 2020-014A 2020/2/19 長征2D(2) 西昌 CAST 技術試験 LEO
XJS D 2020-014B
XJS E 2020-014C
XJS F 2020-014D
Beidou 3 G2Q 北斗 2020-017A 2020/3/9 長征3B/G3 西昌 国防部 航行測位 GEO
Xin Jishu Yanzheng 6 新技術験証 2020-F02 2020/3/16 長征7A 文昌 CAST 技術試験 打上げ失敗

Yaogan 30-06-01

遥感 2020-021A 2020/3/24 長征2C(3) 西昌 PLA 地球観測  

Yaogan 30-06-02

2020-021B

Yaogan 30-06-03

2020-021C
ロケット種別による2020年の中国の打上げ回数と衛星数、★は失敗(内訳)
ロケット種別 長征3B 長征2D 長征2C 長征7A 快舟1A
打上げ回数 2 2 1 1(★1) 1 7(★1)
衛星数 2 6 3 1(★1) 1 13(★1)

 1月17日に発表された「中国航天科技(CASC)活動青書(2019年)」では、CASCが2020年に40回以上のロケット打上げで60機の衛星(外国衛星も含む)の軌道投入を行う予定としている[2]。この他に中国航天科工集団有限公司(CASIC)や民間企業等の小型ロケット及び小型衛星が多数打ち上げられる見込みである。

宇宙ミッション1 地球観測分野

 第1四半期に打ち上げられた中国の地球観測衛星は4機で、内訳は遥感30号の6組目の3機1組衛星群と吉林省の長光衛星技術公司が開発したブロードバンド(寛幅)通信装置搭載の地球観測衛星「吉林寛幅(Jilin Kuanfu)」衛星1機である。同公司のサイトによれば、別称として「紅旗(Hongqi:HQ)9号」とも呼ばれている[3]。寛幅は「観測幅が広い」ことを意味する(通信衛星で用いられる「寛幅」はインターネット通信を行う周波数帯である「ブロードバンド」を意味するので、区別に注意)。同公司は2019年までにビデオ撮像など15機の「吉林」衛星を打ち上げており、今回の打上げで「吉林」衛星の累積数が16機となった[4]。観測ミッションも光学(O)・高分解能(HR)・ハイパースペクトラル(HS)・ビデオ(V)・寛幅(WB)の5種類となった。

 CASCによる地球観測衛星の打上げ予定は、「高分(Gaofen:GF)5」の2号機、「資源(Ziyuan:ZY)3」シリーズの3号機などがある。

宇宙ミッション2 通信放送分野

 本期間に打ち上げられた中国の通信放送衛星は3機で、中国空間技術研究院(CAST)の技術試験衛星「通信技術試験(Tongxin Jishu Shiyan:TJS)5号」[5]、Galaxy Space社の「銀河(Yinhe:YH)1号」及び国電高科公司の「天啓(Tianqi:TQ)5号」[6]である。Galaxy Space社は銀河衛星を144機打ち上げる予定[7]

 第2四半期以降、インドネシアPSNS社の「PALAPA N1(Palapa Nasantora 1)」及びアジア太平洋衛星寛幅通信公司のブロードバンド通信衛星「Apstar 6D」を長征3Bロケットにより打ち上げる予定。

宇宙ミッション3 航行測位分野

 3月9日に国防部は航行測位衛星「北斗(Beidou:BD)」の静止衛星「北斗3 G2Q」を打ち上げた[8]。北斗衛星の2型と3型の累計は54機(うち51機が運用中)となった。4月以降にさらに1機の静止衛星を打ち上げ、これによって北斗3型衛星群が完成する予定。

宇宙ミッション4 有人宇宙活動分野

 中国宇宙ステーション(CSS)の最初のモジュールとなる「天和(Tianhe:TH)」の打上げは2021年に先送りされ、2020年の最初の打上げは低軌道打上げ用の長征5B型の初打上げによる次世代有人宇宙船の試験機(無人)となった。1月21日にロケットの出荷審査が完了し、海南島へ専用輸送船により搬送された。

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2020年2月、長征5Bロケットを文昌射場に搬送するトラックの列@海南島 ©CCTV

宇宙ミッション5 宇宙科学分野

 火星探査機「真容(Zhenrong:ZR)」は7月に長征5型ロケットにより打ち上げられる[9]。来年1月に火星に到着する予定である。3月10日に火星探査機の実機と地上のアンテナとの間で無線通信試験を行った[10]

「嫦娥4号」は3月18日に月での16日目の活動に入った。「玉兎2号」もこの時までに活動開始以来440日を経過し、月ローバの最長活動記録を更新し続けている[11]。走行距離は月の1日の昼間(地球の約15日間)の累計で約400m程度である。

 月サンプルリターンの「嫦娥(Chang'e:CE)5号」は12月に打ち上げる予定。

 天文観測衛星などの地球周回型の宇宙科学衛星はそれぞれ運用を継続している。

宇宙ミッション6 新技術実証分野

 本期間に打ち上げられた技術試験衛星は5機(うち1機は打上げ失敗)であった。

 軌道投入に成功した4機は「新技術試験衛星(Xin Jishu Shiyan Weixing:XJSW)」C,D,E,Fの同時打上げで、衛星の機能等は明らかではない。地上からの宇宙飛行物体観測により、高度約500km、軌道傾斜角35度の軌道に投入されたことが判明している[12]。なお、新技術試験衛星A及びBは2018年6月に打ち上げられた(定点観測(その5)参照)。衛星の製造はCAST傘下の東方紅衛星股份有限公司が受注した。

 打上げに失敗したのは「新技術験証(Xin Jishu Yanzheng)6号」で、これまでにない名称であるが6号機と称しているのが奇異であった。詳細な仕様は不明であるが、ロケットは静止トランスファ軌道に衛星を投入しようとしており、大型静止衛星の技術試験及び長征7Aロケットの性能評価が目的であったと考えられる。

 過去には、2012年に「新験(Xinyan:XY)1号」という衛星が打ち上げられており、CASTの組織的なプロジェクトではなく職員個人の研究活動として製作されたもので、打上げ前のフルネームが「新技術験証衛星」であったことから、今回の「XJS 6」と何らかの関係があると思われる。2015年9月にはミッション機器が全く異なる「新験2号」も打ち上げられていることから、1つの機能のシリーズではなく、日本の技術試験衛星(ETS)と同じように1機ごとに実証する技術が異なるシリーズであると考えられる。

国際協力の動向

 1月13日中国科学院(CAS)とフランス国立宇宙センター(CNES)の新たな枠組み協定が締結された[13]。両機関はこの協定の下で、中仏科学コミュニティのより緊密な連携を構築し、両国の科学技術開発を促進していく。

冠状病毒(コロナウィルス)の影響

 中国の宇宙活動では冠状病毒「COVID-19」による感染症流行の影響で目立ったものは報じられていない。治療支援や感染防止などでの宇宙関係者の活動状況として、国家航天局(CNSA)は武漢市や陝西省でCASC傘下の企業が緊急に病院を建設したと伝えた[14]。またCASICが運営する航天基金は、湖北省の宇宙病院に50万元(約800万円)を寄付した[15]。3月以降、流行の中心となっている欧州では、欧州宇宙機関(ESA)が全職員にテレワークを命じたり、宇宙科学衛星の運用を一時停止したり、ギアナ宇宙センターで感染者が発見されて欧州及びロシアの作業員が帰国したりといった影響が出ている。3月下旬に感染者数が中国を越えた米国では、NASAやスペースX社などの従事員の中から感染者が出ている。欧州とロシアが共同で開発中の火星探査機「ExoMars 2020」は、開発作業の遅れに加えてこの感染症の影響もあって、打上げを2022年に先送りし、探査機名も「ExoMars 2022」と変更された。

以上

参考資料 新系列長征ロケット(長征5・6・7・8)の比較表
ロケット名 長征5 長征5B 長征6 長征7 長征7A 長征8
全長 62m 53.7m 29.2m 53.1m 61.1m 50.3m
第1段 H-5-1 / 2 × YF-77 K-3-0 / YF-100 K-3-1 / 2 × YF-100 K-3-1 / 2 × YF-100
補助ブースタ 4 × K-3-1 / YF-100 なし 4 × K-2-1 / YF-100 2 ×不明
第2段 H-5-2 / 2 × YF-75D なし K-2-2 / YF-115 K-3-2(3.25m)
/ YF-115
K-3-2 (3.0m) / YF-115 H-18 / 2 × YF-75
第3段 なし なし ? / 4 × YF-85 なし H-18 / 2 × YF-75 なし
主な用途

超大型静止衛星
月火星探査機

CSSモジュール
新型有人宇宙船

小型衛星 物資輸送船
(天舟)
大型静止衛星 中型静止衛星
(商業打上げ)
射場 文昌 文昌 太原 文昌 文昌 文昌
軌道種類 GTO LEO LEO/SSO LEO GTO GTO/SSO
投入能力 13t 23t 1.5t/1.08t 10t 6t 2.5t/4.5t
打上げ数 3(★1) 0 3 1 1(★1) 0
初号機打上げ年月 2016年11月 2020年予定 2015年9月 2016年6月 2020年3月 2020年予定
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・次回の有人宇宙船「神舟12号」は長征2Fで酒泉から2021年頃打上げ。

・2020年打上げの次世代有人宇宙船は試験機で、無人飛行。

・長征8型ロケットの1段目は、米国のFalcon 9と同様にYF-100エンジンの動力と脚による1段機体の着陸を行う可能性がある。そのためYF-100エンジンの改造も必要となる。

(長征11、快舟1など小型衛星打上げ用ロケットについては定点観測(その9)参照)

[1] 2020年3月16日Gunter's Space Page、CZ-7

[2] 2020年1月17日CASC、《中国航天科技活动蓝皮书(2019年)》发布

[3] 2020年1月15日長光衛星技術公司、全球首颗亚米级超大幅宽光学遥感卫星 "红旗一号-H9"成功发射

[4] 2020年1月15日Gunter's Space Page、Jilin-1 Wideband-01

[5] 2020年1月9日Gunter's Space Page、TJS 2, 5 ?

[6] 2020年1月15日Gunter's Space Page、Tianqi 1, 2, 3, 4A, 4B, 5

[7] 2020年2月17日Gunter's Space Page、Yinhe 1

[8] 2020年3月9日Gunter's Space Page、BD-3 G

[9] 2020年2月1日CASC)、中国将于7月实施首次火星探测任务

[10] 2020年3月11日CASC、我国完成首次火星探测任务无线联试

[11] 2020年3月20日中国工業新聞網(CINN)、嫦娥四号再次唤醒"复工" 玉兔二号实现"双四百"突破

[12] 2020年3月22日参照N2YO

[13] 2020年1月13日Space Watch、France's CNES Signs Space Cooperation Agreement With Chinese  Academy of Sciences

[14] 2020年2月3日CNSA、航天科技集团全力支援疫情前线

[15] 2020年2月4日澎湃、中国航天基金会向湖北航天医院捐款50万元

定点観測シリーズバックナンバー:

2016年10月12日 「 定点観測シリーズ 中国の宇宙開発動向(その1)

2017年04月21日 「 定点観測シリーズ 中国の宇宙開発動向(その2)

2017年10月26日 「 定点観測シリーズ 中国の宇宙開発動向(その3)

2018年04月13日 「 定点観測シリーズ 中国の宇宙開発動向(その4)

2018年10月18日 「 定点観測シリーズ 中国の宇宙開発動向(その5)

2019年01月10日 「 定点観測シリーズ 中国の宇宙開発動向(その6)

2019年04月15日 「 定点観測シリーズ 中国の宇宙開発動向(その7)

2019年07月17日 「 定点観測シリーズ 中国の宇宙開発動向(その8)

2019年10月16日 「 定点観測シリーズ 中国の宇宙開発動向(その9)

2020年01月21日 「 定点観測シリーズ 中国の宇宙開発動向(その10)