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【13-029】外国企業による中国企業の買収(その11)

2013年12月17日

康 石

康 石(Kang Shi):
中国律師(中国弁護士)、米ニューヨーク州弁護士

上海国策律師事務所所属。1997年から日中間の投資案件を中心に扱ってきた。
2005年から4年間、ニューヨークで企業買収、証券発行、プライベート・エ クイティ・ファンドの設立と投資案件等の企業法務を経験した。
2009年からアジアに拠点を移し、中国との国際取引案件を取り扱っている。

(十一)労働問題

 中国では2008年の労働契約法の施行をはじめ、近時、労働者権利保護に関する立法が強化されてきています。従って、企業買収の際に、労働者との労働契約の解除の問題や対象会社の社会保険金納付不足問題などの労務リスクについて、十分に考慮する必要があります。

一、従業員を継続して雇用する場合

 買収に伴って、対象会社の従業員を継続して雇用する場合は、下記の三の給与水準の格差の問題以外に、それほど大きな問題は生じません。ただ、事業譲渡の方法をとる場合は、実質的には継続雇用であるにもかかわらず、形式的には、対象会社の方で一旦労働契約を解除した上で、買収者が新しい労働契約を締結することになります。この場合、対象会社は、解除時点までの勤続年数に該当する経済補償金を従業員に支払うことが一般的ですが、仮にかかる経済補償金を支払わなかったケースでは、買収者が将来当該従業員との労働契約を解除することにより経済補償金を支払う場合、対象会社における勤続年数を加算して勤務年数を計算しなければなりません (「最高人民法院の労働紛争事件の審理における法律適用の若干問題に関する解釈(四)」第5条)。このように、従来の勤続期間に関する従業員の経済補償金の取得権利は確保されていますが、上記規定を反対解釈して、従業員から経済補償金の支払を要求されたにも関わらず、対象会社は、経済補償金を支払わない選択肢があると解釈することはできず、経済補償金を払う義務があると解釈したほうが無難かと思います。買収者としては、かかる追加の経済補償金の負担を避けるために、事業譲渡の場合、対象会社から引き取る従業員に対して対象会社の方が経済補償金を支払うことを要求することが一般的です。

二、従業員を継続して雇用しない場合

 買収のシナジー効果を実現する方法の一つは、重複部門の人員削減によるコスト削減であることから、買収に伴い人員削減が行われることは珍しくありません。買収を実行する前に、対象会社に対して一定程度の人員削減を要求することも理論上ありえますが、実務上は、買収した後人員削減を行うことが一般的です。対象会社の角度から見れば、買収の確実性が担保されていない段階で、買収者の意図に従って人員削減に乗り出すにはハードルが高いことと、人員削減のコストを買収者に転化しようとすることが上記のような実務の主な理由でしょう。

 人員削減の方法には、個別的に協議により労働契約を解除する方法(「労働契約法」第36条)、客観的状況の重大な変更を理由にする使用者による一方的な契約解除(「労働契約法」第40条第3号)及び経済的理由による人員削減(いわゆるリストラ)(「労働契約法」第41条)等がありますが、労働契約法等による解除事由を具備しているかについては、慎重に検討する必要があります。但し、いずれの場合でも、使用者側の都合による労働契約の解除であるため、経済補償金の支払義務は発生します(「労働契約法」第46条)。また、違法解除と認定された場合は、経済補償金の2倍に相当する賠償金の支払義務も発生する可能性があるため(「労働契約法」第87条)、留意が必要です。

三、給与水準の格差の問題

 対象会社と買収会社が同じ業界の会社であっても、異なる賃金体制を実施していることがよくあります。持分買収の場合は、買収後異なる賃金体制を実施しても特段問題になりませんが、事業買収の場合、取引後、買収対象となる事業は買収会社の一つの部署になるため、同じ法人の中で、基本的に同じ労働に従事している従業員の間で、給与の格差が存在してしまうことになります。このような状態が「同一労働同一報酬」の原則(「労働法」第46条)に違反するおそれがあるかが問題となります。この点、中国法上、買収活動に伴う給与格差の存在を正面から認める規定がないため、給与格差の存在の経緯は合理的に説明できたとしても、形式的には法律違反になるリスクがあります。従って、現地の労働部門に事情を説明し、一定の期限までに段階的に給与格差の問題を解消することを前提に、過渡期間に限って給与格差の存在を認めてもらうなどの措置を取ることなどの対応策が考えられます。

四、社会保険金納付不足に伴うリスク

 中国法上、従業員の前年度の実際の給与をベースに各種の社会保険金及び住宅積立金を納付しなければなりません(ある特定の従業員の実際の給与が、地元の平均給与の3倍を超える場合は、3倍をベースにします)。但し、実務上、会社と従業員の社会保険金負担を減らす目的で、実際の給与をベースにせず、地元の最低賃金基準や平均賃金基準等をベースにする場合が多く見受けられます。また、一部の従業員に対してしか社会保険金を納付しない場合もあります。これらのやり方は、中国法に違反しており、不足分又は未納分について追加納付をする義務があるほか、当局が指定した所定期間内に追納をしない場合は滞納金や過料も発生します。また、従業員からも損害賠償を求められるリスクがあります。これらのリスクについて、買収前に訂正を求めるか、又は取引後の訂正義務と過去分について将来追納義務が発生した場合の補償責任等で対応することが一般的です。

五、その他

 他にも、対象会社の就業規則やその他の社内規則に現行法に抵触する部分がある場合は、取引の前提条件としてこれらの改定を求めないとしても、取引後のインティグレーションの一環として、かかる規則の改定作業を行う場合もあります。