【20-30】エイズ、結核、マラリアの死者数も急増 新型コロナ三大感染症に波及深刻
2020年11月13日 小岩井 忠道(中国総合研究・さくらサイエンスセンター)
新型コロナウイルス感染拡大による影響は、世界の三大感染症といわれるエイズ、結核、マラリアの死者数増加も招いているという実態が、國井修グローバルファンド戦略投資効果局長によって明らかにされた。ロックダウン(都市封鎖)により、必要な医薬品が届かなかったり、遅れたりするなど新型コロナ対策のあおりを受けて、エイズ、結核、マラリアの診断・治療にも深刻な影響が出ていることによる。新型コロナによる直接的な死者は世界で120万人を超すが、今年のエイズ、結核、マラリアの死者数は昨年より140万人以上、増えると推定される。新型コロナウイルスに対しては肺炎、インフルエンザも含めたさまざまな感染症と合わせた総合的な対策が必要、と國井氏は提言している。
國井修グローバルファンド戦略投資効果局長(日本記者クラブ)
國井氏は、自治医科大学生時代から国際的な活動にかかわり、これまで医療活動を行った国は110を超す。2006年からは国連児童基金(ユニセフ)でニューヨーク本部、ミャンマー勤務の後、内戦中のソマリアでは子どもの死亡低減のための保健・栄養・水衛生事業を統括した。2013年2月から勤めるグローバルファンド(The Global Fund to Fight AIDS, Tuberculosis and Malaria=世界エイズ・結核・マラリア対策基金)は、低・中所得国のエイズ・結核・マラリア対策のために資金を提供する機関として、2002年にスイスに設立された。官民協力の機関として、各国の政府や民間の財団、企業などから資金を調達し、低・中所得国の予防、治療、感染者支援、保健システム強化に資金を提供している。
一時帰国中の國井氏は9日、日本記者クラブで記者会見し、新型コロナウイルスとエイズ・結核・マラリア感染対策との国際的協働戦略が必要であることをさまざまな観点から説明した。まず強調したのが、欧州で起きている新型コロナウイルス感染拡大第二波のすさまじさ。勤務するスイスでは、國井氏の居住地もロックダウンとなり、国の一日当たりの感染者数は人口当たりで比較すると日本の80倍で、死者数も60倍に上る。5月に現地で経験した感染第一波の時も連日、急増する死者数に驚いたが、欧州の現在の状況は「第一波が小さく見えるほど」激しいという。
スイス新型コロナウイルス感染者数推移
(國井修氏記者会見資料から)
インド、南アフリカ、インドネシア、ペルーの感染者数、死者数の推移を表すグラフも示し、欧州以外の地域でも死者数が増えている現状に注意を促した。エイズの致死率は60%と高いものの感染してから症状が悪化するまでの速度はゆっくりしている。一方、新型コロナウイルスは致死率が1%以下とエイズとは比較にならないほど低いにもかかわらず、急に発症、悪化し、数日で亡くなる人もいる。こうした特徴が新型コロナに対する恐怖と関心を集めている、と國井氏は指摘した。
グローバルファンドは、既に100以上の国に対して支援活動を行っている。従来の三大感染症に加えて、新型コロナ対策として診断・治療薬の調達・供給も実施している。結核・エイズ用に調達・分配していた安価な検査機を新型コロナにも使えるようにして供給するなど、迅速な取り組みが特徴だ。各国に供与済みの資金の一部を新型コロナ対策に振り向けることを、各国からの要請があればわずか3日で承認するといった柔軟な対応も行っている。
これらの新型コロナ対策支援国で、現在、感染拡大のためロックダウンを実施している国が70%以上に上る。ロックダウンの実施によって各地で生じているのが、エイズ、結核、マラリアに感染しても診断されないために報告数が減るという状況。グローバルファンドから送られてくる診断・治療薬が届かなかったり、到着が遅れたりしたことで、診断能力が低下したことによる。國井氏は、フィリピンで結核感染の報告数が今年1月から減り始め、8月には5分の1まで急減しているグラフを示し、結核になっても診断されないために報告数が減り、さらに感染が分かっているのに治療薬がないなど、低・中所得国のエイズ、結核、マラリア対策にも深刻な影響が出ている現実に注意を促した。
(國井修氏記者会見資料から)
実際に世界全体でどのような影響が出ているのか。國井氏は、ここ10数年間でエイズ、結核、マラリアによる死者数は年々減り続けているにもかかわらず、今年はエイズ、結核は昨年に比べそれぞれ50万人以上、マラリアも30万人以上という死者数の増加が見込まれる、と指摘している。氏が示したグラフから、エイズと結核は10年前、マラリアは20年前の死者数に戻ってしまうことが分かる。
世界の新型コロナの感染者数は5,000万人を超えているが、2億人を超すマラリアの年間感染者数に比べるとだいぶ少ない。120万人を超えた死者数も昨年1年間の結核の死者数約140万人より少ない。日本国内でみても死者数で比較すると新型コロナが1,800人を超えたのに対し、結核は約2,000人、インフルエンザは約1万人、肺炎は約9万人とさらに上回る。國井氏は、こうした世界の状況を紹介した上で、今後、新型コロナウイルスに対してはエイズ、結核、マラリアをはじめとするさまざまな感染症と合わせた総合的な対策が必要であることを強調した。手洗い、マスク、社会的距離、ハイリスク集団対策といった新型コロナ対策でも効果があるとされる対策が、他の感染症の感染も減らせることも指摘している。さらに感染者数の増減で一喜一憂せず、重症者・死者数をいかに最小にするかに重点を置く対策の必要も強調した。
エイズ、結核、マラリアのうち年間の死者数が最も多い結核は、世界保健機関(WHO)のGlobal Tuberculosis Report 2020によると世界の2019年の新規感染者は約1,000万人に上る。新型コロナ感染者の倍多い。最も多いのはインドの264万人、次いでインドネシア85万人、中国83万人、フィリピン60万人、パキスタン57万人、ナイジェリア44万人、バングラデシュ36万人、南アフリカ36万人となっている。これらアジア、アフリカの上位8カ国で全感染者の3分の2を占める。
2019年の結核新規患者年間10万人以上の国
(Global Tuberculosis Report 2020, WHOから)
関連サイト
日本記者クラブ会見リポート「『新型コロナウイルス』 世界の現状、三大感染症への影響、国際協力 國井 修・世界エイズ・結核・マラリア対策基金(グローバルファンド)戦略投資効果局長」
同「YouTube会見動画」
The Global Fund to Fight AIDS, Tuberculosis and Malariaホームページ
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