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【23-07】低所得・貧困層救済策スタート 広州市と民間団体、企業協働で

小岩井忠道(科学記者) 2023年01月26日

 総人口は前年比85万人減の14億1,175万人で61年ぶりの人口減少。国内総生産(GDP)の前年比は3.0%増と、政府目標の5.5%前後と2021年の実績8.4%をいずれも大きく下回る―。中国国家統計局が二つの衝撃的数字を公表した翌18日、日本のシンクタン研究者が「中国の今を映し出している」とみる地方政府と民間企業が一体となった低所得・貧困層救済の新しい動きを評価するレポートを公表した。

「三次分配と保険(中国)」と題するレポートを公表した片山ゆきニッセイ基礎研究所保険研究部主任研究員は、高齢社会に突入した中国の動向、特に共同富裕政策や保険市場の動きなどの調査、研究を続けている。「三次分配」とは、先に豊かになった人が取り残された人を支え、共に豊かになる富の再分配法として北京大学の経済学者、厲以寧教授が1994年に初めて提唱したといわれる。市場を通じて個人や集団に分配される「一次分配」、いったん分配された資源を政府が必要度に応じて税制や社会保障を通じて再び分配し直す「再分配」、これに企業や個人による慈善活動や寄付などの「三次分配」を組み合わせることで格差是正が可能とする考え方だ。

集まった寄付金600万元

 片山氏は、急激に発展したことで政府の厳しい規制の標的にもなっているIT(情報技術)企業をはじめとする大企業や高所得の個人が資産や富を社会に還元する動きが2019年の夏以降に相次いだことに注目したレポートを同年9月、公表済み。今回、紹介しているのは、北京、上海、深圳とともに1級都市に指定されている広州市で昨年11月に始まった新たな形態の慈善活動キャンペーンだ。

 広州市民生局や商工会の認可を受けたキャンペーンに参加しているのは、広州市慈善会、テンセントホールディングス傘下の騰訊基金会、WeChatpay、微保(テンセント傘下の保険代理販売会社)、太平洋保険会社などの企業や団体。参加団体の一つである香江社会救助基金会(香江集団が出資して設立)が100万元(約2,000万円)を寄付したのをはじめ、昨年末時点で総額600万元(約1億2,000万円)の寄付が集まっている。提供されるのは生活保護受給者、低所得者向けに広州市が認定し、2020年に募集が始まった「穂歳健康保険」という医療保険。広州市医療保障局が運営に関わり、国有系最大手生保の中国人寿、大手民間生保の太平洋人寿など大手保険会社4社が引き受け社となっている。

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(片山ゆきニッセイ基礎研究所主任研究員提供)

対象者の保険料負担1元

 本来の年間保険料は、180元(約3,600円)だが、対象者は保険料1元(約20円)を支払うだけで、残りの保険料分はキャンペーンの資金から拠出する。加入に際して年齢、職業、既往症さらに都市戸籍か農村戸籍かといった条件も問われない。保険市場で販売される一般的な医療保険とは異なり、公的医療保険と民間保険の中間に存在する保険として補充医療保険に位置付けられている。入院での治療費や特殊疾病の通院治療費、入院での薬代、検査費用などを対象としており、給付額は100万元(約2,000万円)までと高額。ただし、自己負担が必要となる免責金額も1.6万元(約32万円)、通院での薬の種類によっては4.5万元(約90万円)とこちらも低所得者にとっては高額だ。それでも、これまで諦めていた大きな手術や長期入院などが「穂歳健康保険」のおかげで可能になるという利点はある、と片山氏は評価する。

 さらに片山氏が注目するのは、集まった企業が資金やそれぞれ本業で得意とする技術を持ち寄り、業態の垣根を超えて1つの活動に取り組む運営形態だ。スマホ上での通知の送信や、広州市認定の対象者かどうかの確認、加入や給付の手続きはWeChat上で完了するようテンセント側が整備し、そのプロセスの確認は微保が担当する。応募する側は、新たなアプリのダウンロードや煩雑な手続きは不要でWeChatのミニプログラム上で速やかに手続きが可能。スマホから応募し、広州市の生活保護対象者など本人と認証されれば179元の額面の電子クーポンが配布される。対象者はこの電子クーポンと自己負担分の1元をWeChat上で決済し、加入することができる。一方、寄付する側も、WeChatのミニプログラムからテンセントの寄付プラットフォームにアクセスすれば簡単に寄付をすることができる。

広がるセーフティネット裾野

 このキャンペーンの恩恵を受ける広州市民は約6万人とされているが、2022年末の加入者は約2万5,000人となっている。広州市で始まった新しい低所得者支援策により、どのような実効が期待できるのか。片山氏は次のように語っている。

「テンセントといったメガプラットフォーマーによる寄付・慈善活動は、地域や対象者、時期を限定し、ピンポイントでの救済が可能。また、複数の企業が協働すること、ITを活用することで、対象者にとってよりアクセスしやすく、その効果についても透明性が高い取り組みにもなっている。メガプラットフォーマーという'先に豊かになった'企業が、取り残されている人々のリスクをカバーする活動は、共同富裕実現のみならず、セーフティネットの裾野の広がりにも寄与している」

 18日の中国国家統計局の発表であらためて深刻さが明白になったのが、中国の急速な少子高齢化だ。片山氏は、中国の少子高齢化によって中国社会で民間保険の役割が高まると指摘する報告書を2021年7月に発表している。現行の年金制度は、負担、受給の両面において格差を生みやすく、地域格差も大きい。民間保険は理財を訴求した短期の養老保険が主流となっている。こうした実態を指摘したうえで「より中長期で保険の本来の役割を発揮できる保険商品や、いざという時の医療保険などの需要が高まり、さらに今後は介護保険商品の販売も増えていくと考えられる」との見通しを明らかにしていた。

 さらに2021年9月には、アリババグループ創業者、馬雲氏やテンセント董事会首席兼CEO、馬化騰氏ら高所得者による医療、教育、貧困支援などを目的とする多額の寄付行為が相次いでいる実態を紹介したうえで、政府の対応も併せて必要とされていると指摘する報告書も発表している。企業、個人の寄付という「三次分配」は、対象者や事業、地域を限定することで、政府の手が届かない対象や分野に、よりきめ細やかな支援が可能という長所を持つ。一方、市場を通じて個人や集団に分配された資源の一部を税金や社会保険料などの形で政府が徴収し、これらをいったんプールした上で一定の規準や必要度に基づいてさまざまな個人や集団に再分配する役割を持つ政府の「再分配機能」を強化することも求められている、という指摘だ。この根拠として片山氏は、所得格差を表す指標である「ジニ係数」が中国で2015年から上昇(格差拡大を意味する)に転じ、2019年時点で0.465という「格差が過度に大きい」(0.4~0.5)範囲内の値を示していることを挙げていた。

関連サイト

ニッセイ基礎研究所レポート 三次分配と保険(中国)

ニッセイ基礎研究所レポート '富(とみ)'の分配-中国における三次分配の台頭

ニッセイ基礎研究所レポート 年金の地域間格差(中国)

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